手紙を手にし、可愛らしい少女が小さなため息をついた。
華麗なドレスを身にまとい、王族ならではの優雅な動き。
しかし、表情には年相応の幼さ。
もう一度、手紙に目を通し。
「なーなー、ヤドヴィガ、何見てるん?
そんな事より、俺とあそぶし」
気楽な口調で独りの少年が背後から彼女に抱きついてきた。
少女特有の柔らかさに目を細め、彼は手にしていた手紙をちらりと見た。
「また、嫌な知らせなんか? まーったくあの貴族どもヤドヴィガを便利な道具扱いしやがって」
頬を膨らまし、不快感を表現する。こういうところは彼女よりも幼くみえもするが。
少女は身体の向きを変え、彼を優しく抱きしめてあげた。
「仕方がありませんよ。全ては貴方……愛するポーランドを守る為。
わたくしもその為ならば、この身どうなったって」
「いやだし! ヤドヴィガは絶対に幸せにならんとダメだし。じゃないと俺も幸せじゃないんよ」
真っ直ぐに見据える瞳に、彼女の肩から力が抜けた。
口元を隠し、くすくすと笑って見せると、彼の顔にも笑みが浮かんだ。
「やっぱヤドヴィガは笑顔が一番かわいいし。よし、そんじゃ今日も遊ぶしー」
彼女の手をしっかりと掴み、部屋の外へと連れ出そうとする……
が、ドアの前である人物と鉢合わせしてしまった。
生真面目そうな年を召した女性。手には沢山の書物を抱えていた。
するどい瞳で二人をぎらりと睨みつけ。
「……ヤドヴィガ様、午後は法律の勉強です。すみやかにお戻りください。それと今日は……」
「却下するし。今は俺と遊ぶって俺が決めたし」
言葉半ばで女性へ体当たりをして道を作り出し、戸惑う少女の手を引っ張る。
バランスを崩し、倒れこむ女性に一瞬心配そうな表情を浮かべたが、
特に怪我が無い事を確認すると、安堵のため息をつく。
「ごめんなさい。ちゃんと後でお勉強しますから」
手を引っ張られながらも、しっかりと謝罪をし、そのまま彼につれられて城の外へと連れられていった。

――実に年相応の少女らしい笑みを浮かべて――

「全く……ポーランド様は仕方ありませんね。いっつもマイペースで」
「まぁ、しょうがない。
あの王女……いや王にはもう少しだけ『少女としての幸せ』を感じてもらいたいからな」
女性の背後から聞こえてきた声に、不可解そうな表情を浮かべ、振り返り……表情が固まった。
すぐさま、その人物に頭を下げ。
「ああ、いいよ。今回は非公式で彼女の顔を見に来ただけだ。そんな畏まらなくても」
気楽に笑う年壮の男。その身に纏う物はかなり質の良いものであるのは明らかだった。
窓から見える草原を駆けていく二人。
窓辺の椅子に腰掛け、男は少しだけ寂しそうに笑った。
「王族に生まれたから、国同士のいざこざに巻き込まれて……
あんな幼い少女が『王』で、その為にこんなおじさんと結婚する羽目になぁ」
そのような世の中だとはわかっている。だからこそ。
「せめて……今だけは」
風に乗って聞こえてくる笑い声に頬を緩め、席を立つ。
そして、軽く手を振るだけでその城を後にし。

 

「マジあり得ないんだけど!」
ポーランドの悲痛な声が響き渡った。
それはリトアニアと同盟を組むための結婚の話だった。
もちろん、ポーランドの王であるヤドヴィガとリトアニアの大公ヨガイラの結婚だ。
人見知りの激しいポーランドにとっては、見知らぬ男が入り込んでくる事が耐えられないのだろう。
涙を浮かべ、ヤドヴィガへと抱きついた。
頭を撫でてくれる優しい彼女の手。この手があればそれでいいと思っていたのに。
けれど気がついてしまった。必死に笑みを浮かべているが、彼女の手が微かに震えていた事に。
当たり前だ。
まだ幼い彼女が一つの国を支え、そして国の為に見知らぬ者と結婚せざるおえないのだ。
その負担はかなり大きいものだろう。
「……ヤドヴィガ」
「大丈夫。大丈夫。わたくしがいるから。貴方は守ります。どんな事になったって」
頭を撫でながら健気に言い放つ彼女。
途端に彼の心に何か熱いモノが上がってきた。彼女の幸せを守りたい。だから。
「リトアニアの一団が到着したようです!」
駆け込んできた家臣の言葉に、ポーランドは素早く反応した。
彼女から離れると、慌てて駆け出し。
一瞬は城の外に逃げ出してしまおうとも考えた。だが、ここで彼女に恥をかかせるわけにいかない。
王座に座る。大きく息を吸い込み、真っ直ぐにリトアニアと呼ばれる者を見据えた。
逃げ出したい衝動をどうにか押さえつけ、口上を述べる。
意外にまともな事を言ったためか、家臣達からはどよめきが起きた。
途中、ちらりと幼き王に視線を向ける。
あっけに取られた表情から、安堵のため息。
それでもまだ表情は硬く。

――お前は笑顔の方が魅力的なんよ――

言いたい台詞を飲み込んで、しばし沈黙し。
不意に頭の中に思い浮かんだ言葉。気がつかれないように小さく笑みを浮かべ。
リトアニアの顔をじっと見つめる。迷いも無く、その言葉を口にする。

「ちんこ見せろし」

呆然とする一同。もう一度、彼女の顔をちらりと見て、ウインク一つ。
そのウインクがどういう意味だったのか、すぐに理解できた彼女は小さく肩を震わせた。
今度は恐れの震えではなく、笑いを必死にこらえる為におこった震え。

――うん、やっぱ笑顔かわいいし――


ポーランドは満足げに微笑み、混乱し始めたリトアニア一団を放ってその場を後にした。
後で家臣にぐちぐちいわれるだろうが、いつもの通り聞き流せば良い。
頬を撫でる風。これからこの世界はどんどん変わっていく事だろう。
たくさんの戦いが起こるだろう。
だが、今はそんな些細な事はどうでもいい。
今は――
「今年は麦、たくさんできるといいし」
心配するのはそれだけで十分。
彼女の事は心から信頼しているから。きっと幸せになってくれる。
ポーランドは大きく深呼吸し……
背後から聞こえてくる家臣たちの足音から逃げる準備をし始めたのだった。






書き下ろし
3巻発売記念、第二段。
ポーを慰める女王(実質は王らしい)が可愛かったのでつい。

ちなみに蛇足的な話もついでに書いてみた。
かなり蛇足なので、覚悟してどーぞ。


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