――空からペンが降って来た――
いや、空からペンが降るなんて事はありえないのだが、それしか表現のしようがない。
物理法則はどうなっているのかと首を傾げたくなるほど、ペンは彼らの前にゆっくりと落ちてきて。
三人は顔を見合わせる。
「これは……不審物として処理するべきなのか?」
地面に落ちているペンを不思議そうに眺め、ドイツが呟いた。
その横で日本も首をかしげる。
「落し物でしたら、交番に届けないといけませんね」
とはいえ、あまりにも怪しすぎたため、二人ともそれに手を出そうとしない。
だが、空気を読む事のできないイタリアが活き活きとペンに手を伸ばした。
慌てて制止しようとするが1歩遅く、すでに彼の手の中にペンはあった。
「落し物だったら、落とした人探しているよ。探してあげよう♪」
もっともな意見に、二人は大きく頷く。
しかし、まだそのペンには疑問が残る。そのペンが落ちてきた時の不思議な現象。
それは日本も感じていたのだろう。ドイツの顔をちらりと見て、首をかしげる。
やはり、危険物かもしれないと思いなおし、ドイツはペンを取り上げようと手を伸ばし。
「可愛い女の子だったら、お近づきになる絶好のチャンスだし。
もし男でも、姉妹がいないかと聞けば……よーし、俺頑張るよ」
やはりイタリアはイタリアだった。
肩肘を張っていた自分が情けなく感じ、ドイツは苦笑を浮かべ。
「了解だ。俺も手伝ってやる」
「ヴェ〜ほんと? あ、でも女の子だったらくどくの俺からだからね」
へらへらと笑うイタリアの頭をがしりと掴み、鋭い瞳でにらみつけた。
「ただし、俺はその馬鹿な行動を抑える役目として参加させてもらおう」
「それでは、私は適度な所でお二人を止める役目ということで」
じゃれあう二人の側で、穏やかな笑みを浮かべる日本。
誰かか噴出し、それから和やかな笑いに包まれ……
ここに、にわかの『ペンの落とし主を探す部隊』が結成されたのだった。
「ってことで、まずはG20のみんな〜、可愛い女の子知り合いにいない?
それかこのペンの持ち主」
会議室に入っての第一声がそれだったので、ドイツはとりあえずイタリアにジャーマン・スープレックスをかましてみた。
床に倒れこんだイタリアにあっけに取られている一同の前にでて、日本は軽く咳払いをし。
「えーと、話すと長く……はなりませんね。
このペンが落ちていましたので、持ち主を探している所なんですが」
差し出したペンにわらわらと皆が寄って来て。
「ん? このペン……」
最初に反応したのはフランスだった。
まずはじっくり観察し、それから日本の手からペンを奪い取り、やや興奮気味にそのペンを弄り回していた。
気味悪いものをみたかのように、イギリスは後ずさりし、
「とうとうペンにまで発情しやがったが。さすがは愛の国というだけあるぜ」
「車に発情できるお前にいわれたくねぇよ!
じゃなくて、このペン、MANGA用に作られた専用のペンじゃねぇか。これを落とすとはもったいない」
日本漫画消費大国第二位となっているフランスにとっては、このペンはステータスの一つになっているのだろうか。
ペンに危機感を抱き、ドイツは手からペンを急いで取り上げた。
しゅんと肩を落とすフランスの肩を軽く叩き、
「今度、日本製のペンを差し上げますから、今回はこの辺で。
それで……他にはこのペンの持ち主を知っている方は?」
次々とそのペンを覗き込んでいくが、大体は首を横に振るだけ。時折……
「ちょっ、待てっ! 食うんじゃねぇ! 畜生!」
オーストラリアの抱きかかえたコアラにペンをかじられそうになって、
どうにかトルコが止めてはみたものの、コアラの意外に鋭い爪に傷だらけになったり。
「あはは、ペンなんか食べても美味しくないのにねぇ」
やはりクマ二郎さんに食われそうになり、必死に止めるカナダを和やかに微笑んでみているロシアがいたり。
「シナティちゃん、持っていくのやめるある〜そもそもその手じゃペンはつかえな……」
「意外に器用なんだぜ」
そのペンを使って妙に上手いイラストを書いてみせるシナティちゃんに一同は関心してみたりと、ペンの危機は何度か訪れもしたが。
結局は誰もがそのペンの持ち主を知らなかった。
肩を落とす日本に、アメリカは気楽な笑みを浮かべ、背中を強く叩いた。
「HAHAHAHA! そんな簡単に見つかったら面白くないんだぞ。真のボスは最後にばばーんと登場するもんなんだぞ」
「ボスではありませんけれど……慰めの言葉として受け取っておきます」
「よし、それじゃ、次いこうか」
持ち主探しが楽しくなったのか、テンションの高くなったイタリアは、大きく手を振ってその会議室を後にした。
その後を頭を抱えたドイツが続き、それから一礼し、あとに続く日本。
残された一同は、そのペンの話を楽しそうに話し始め。
――結局、その日もG20の話し合いは進めることができなかったのは、小さなお話だろう。
「んじゃ、次は……あれ?」
会議室を出た所で、イタリアは首を傾げた。
廊下で騒いでいる人物を見つけたから。
女の子に迫ってナイフを突き立てられている男と、それを呆れた表情で見ている男二人。
朗らかな笑顔で眺める巨乳と……
完全に第三者として、お菓子をつまみながら、眺める男女。
猫にまみれてうたた寝する男。
そして、そわそわと落ち着かない顔で会議室のドアを見つめるメガネの少女。
「まったく……ここでも騒ぎを起こしているのか」
大きなため息をつき、争ってる二人に目をやった。
「あ、気にしないでください。
俺はベラルーシちゃんと愛を確かめ合ってるだけですから」
「このバカをどうにかしろ」
振りかざしたナイフを軽々と避け、リトアニアが更なる追撃をかけ……負けじとベラルーシが首筋を狙ってナイフを走らせる。
なかなか高レベルな戦いだったので、巻き込まれても困るから、取りあえず二人は放って置くことにした。
「それで皆さんはこんな所でどうなさったんですか?」
「私たちはロシアさんを待っているんです」
「ロシアさんを待ってないと、また恐ろしい事に」
小柄な男が身を震わせると、隣に座っていたメガネの男の顔が青ざめた。
しかし、何故か巨乳の女性は嬉しそうに笑い。
「ロシアちゃん寂しがり屋だからね。
待ってもらってると、嬉しそうな顔するのよ。
だから、エストニア君もリトアニア君もラトビアちゃんもああ言いながらもちゃんと待っててくれて」
ウクライナの言葉に、かすかにバルト三国達は頬を赤らめ、顔を逸らした。
「同じく。老師を待ってるよ。
老師も寂しがり屋だから」
くすくすと笑みを零す台湾と。
「俺としてはマジ面倒くさいんだけど、仕方ないって感じ?」
顔をそらし、やはり素直になれない香港。
どこも同じようなもの何だなと思いながら、日本は残りの二人に目を向け。
「わ、私はフランスにい……フランスさんに用事があるだけですから!」
ずれそうになる眼鏡を治しながら、叫ぶかのように言い放つモナコの姿に、日本の頬が自然と緩んだ。
「テンプレツンデレGJです。
……それは置いといてギリシャさんは?」
視線を向けられ、眠たそうな瞳をぼんやりと開けた。会議室のドアをちらりと見て。
「トルコに文句があるから……待ってる」
それだけ呟くと、再び猫にまみれてまどろみ始めた。
結局は皆、誰かを待っているわけで。
「みんな仲いいねぇ〜」
「……まあ、そうだな。……そうだ。このペンに見覚えがあるものはいるか?」
忘れかけていた本題を皆に投げかける。
ドイツの手の中にあるペンを各自覗き込み、誰もが首を横に振る。
ここまで尋ねてもヒント一つ得られる事無く、ドイツは大きなため息をつき。
逆に謎の深まるペンの正体に、イタリアは瞳を輝かせたのだった。
「それでは、ヨーロッパの奴らにでも聞くとする……ん?」
次の行き先へと向かう途中、小さい女の子を囲む一同が視界に入ってきて、思わず足を止めた。
横ポニーテールの気の強そうな少女が困ったかのように太い眉をひそめていた。
その少女を取り囲むのは人のよさそうな僧衣を身にまとった男と、温和な笑みをたたえた眼鏡姿の青年。
二人とも身をかがめ、少女と同じ視線にし、柔らかな笑みを浮かべていた。
「だから〜あたしは迷子なんかじゃないってば! セボルガ君とこ遊びに行こうと」
「タシデレ〜セボルガ君の家はこちらではありませんよ。安心してください。私達が連れて行って……」
「話聞いてるの? 迷子じゃないって!」
親切で言っているのだから、あまり強くはいえない。でも、妙な押しの強さに困惑し、ため息を一つついた。
「何やってるんだ? チベット、タイ」
微笑みの青年二人に囲まれてはどうしようもないと感じ、思わずドイツは助け舟を出した。
彼の言葉に瞳を輝かせ、ドイツに手を大きく振ってくる。
「助かった。おっちゃん。このおにーさんたち説得してよ」
「……おっちゃん……」
少女の何気ない一言に傷ついたのか、表情を曇らし、地面にしゃがみこむドイツ。
「あー、このおっちゃんの事は放って置いていいから。
でどうかしたの? 君見たことない顔だね。将来すっごい美人さんになりそうだな。あ、今もすっごくチャーミングだけど」
出会って早々くどきモードに突入したイタリアに、日本は苦笑を浮かべ、もう一人の眼鏡の青年……タイに視線を向けた。
「あな〜お久しぶりです。えっと、私達はこの子が迷子みたいなので案内を」
「だから! 何度言ったらわかるの! あたしは迷子なんかじゃないって」
「あーはい、迷子なのではないのですね。えーと……お初にお目にかかりますが、貴女は何方ですか?」
ここは大人の対応をした方がこじれない判断したのだろう。日本はいつもの丁寧な口調で少女に話しかける。
少女は大きく胸をはり、自信満々な瞳で彼らを眺めた。
「あたしの名はワイ公国よ。小さい国だからって馬鹿にしないで」
大国と対峙しても、気後れしない気の強さ。
あっけに取られる一同を見回し、更に大きく胸を張り。
「……くくっ、いいねぇ。その気の強さ」
彼らの背後……いや、上からその声は聞こえた。
空を見上げる。大きな木の枝の上、その声の持ち主はいた。
アオザイを身にまとった少し気の強そうな美女が楽しそうに彼らを眺めている。
「ベトナムさんだ〜いつ見てもその神秘的な微笑が素敵……ヴェ!」
すぐさま口説きに入るイタリアに向かって飛び降りてきて、彼は身を縮めた。
だが、彼女は突撃する事も無く、軽やかな動きで地面に着地する。
頭を抱えて防御するイタリアをちらりと見つめ、小さく嘲笑し。
「男ならば、女を腕を広げて抱きとめるぐらいしなさい。情けないねぇ」
子供をあやすかのようにイタリアの頭をぽんと叩く。
女性の前で恥をさらしてしまったせいか、イタリアもドイツと同じように地面にしゃがみこんだまま動こうとしない。
誰よりも男らしく、それでいて魅惑的な態度に、他の男達は言葉を失い。
「素敵だな。君。ねえ、あたしとお友達になってよ」
「ああ、歓迎だよ。お嬢ちゃん。じゃ、うちにおいで。美味しいコーヒー入れてあげる」
機嫌よさそうなベトナムは少女が差し伸べた手をとり、微笑を向ける。
少女も楽しそうに微笑んで歩み始め……後姿が遠くなり。
「ドイツさん、イタリア君……そろそろ復活してくれませんか?」
いつの間にかタイとチベットに慰められている二人を見下ろしながら、日本はため息をついたのだった。
「あら、いらっしゃい。丁度お茶会していたところだから、イタちゃんもどう?」
ヨーロッパの皆の意見も聞こうと、オーストリアの家に訪れた途端、鼻をくすぐったのは甘い香りだった。
室内に入ると、サロンにお茶を並べ、ヨーロッパの各国がお茶を嗜んでいる。
「ん、イタリアですか。どうなさいましたか?」
紅茶のカップを傾け、ちらりと視線を向けたのはオーストリア。
「えっと、このペンの持ち主を探しに来たんですけど……何でみんな集まってるの?」
「今、G20やってるやん。だからな、私達もたまには集まろうかって」
「それで、オーストリア様から会場を貸していただいたので、こうしてお茶会を」
和やかな女の子の微笑みに、イタリアもつられて笑い。
さりげなくベルギーとリヒテンシュタインの隣に位置し、腰に手を回し……
「何をしてるのである」
「バカ弟、何やってんだ」
背後から聞こえてきた二つの声に、イタリアは肩を震わせた。
怖々と振り返り、予想通りの顔ぶれに乾いた笑みを浮かべた。
「あはは、兄ちゃんにスイス、冗談だって。だから、そんな怖い顔しないで」
じわじわと二人に迫られているイタリアは置いとく事にして、ドイツは残りのメンバーに視線を向けた。
「で、このペンに見覚えある者はいるか?」
差し出したペンに一同は視線を向け。
「持ち主探しならば、ヴェストのトコの犬達にやらせたらわかるんじゃねーか?」
珍しく的確な意見を述べたプロイセンに、枢軸三人は目を丸くした。
反射的に、日本は窓の外を眺め。
「明日は嵐ですかね」
「嵐なんか来たら、麦駄目になるし。プロイセン、マジしっかりと考えてから、発言するべきだし」
言われたくない人物にそんな事をいわれ、プロイセンは眉を潜めた。
だが、ポーランドに言っても無駄なのはわかっているから、不服そうに黙り込むだけ。
そんな兄の姿が不憫に思えたのか、咳払いをし。
「あー、犬達は後で挑戦するとして、他に見覚えのあるもの……くっ」
眉間にしわの寄っていたドイツの顔が一瞬だけ緩んだ。
何事かと彼の姿を確認し……その場にいた者達は納得した。
足元にふかふかの物体がすり寄っていたから。
「ん?ウサギ、勝手についてきたんか。留守番してろいうたのに」
不機嫌そうなオランダが、足元のうさぎを回収しようと手を延ばし。
それよりも早く、ドイツがうさぎを抱き抱えて
眉間にはしわを寄せたまま。
いや、先ほどより深く見える。
「なんだこのうさぎは!
足にすりついたら、毛がつくだろうが。
毛がつかんようブラッシングしてやるから、ブラシよこせ」
険しい表情のまま、オランダを睨みつけた。
戸惑いながらも、懐からうさぎ用のブラシを取り出し。
「まったく、こんな毛並みがよくて。ブラシ好きなんだな。
ほら、首もブラシを……」
丁寧にブラッシングし続けるドイツに、皆は呆れた笑いを浮かべた。
「相変わらず、動物好きやなぁ〜」
「ヴェ〜そうだね。
ドイツの気が済むまで、やらせてあげてよ」
スペインの言葉に、イタリアすらも呆れた様子で返事をし……再び、さりげなく女の子の側に位置し、お茶をし始めたのは流石というべきか。
こうして、小一時間、ドイツのブラッシングは続いたのだった。
「少々時間を使ってしまいましたが……次は北欧の皆さんの所にでも聞きにいくとしますか」
日本の言葉に、ドイツは少し気まずそうな顔をしながらも、大きく頷き。
「ヴェ……俺はあんまり行きたくないな」
珍しく乗り気ではないイタリアに、二人は目を丸くした。
「どうしたんだ? 変なものを拾い食いしたとか」
すぐさま、イタリアの額に手を当て、熱を確認する。しかし、熱はなさそうだ。
「具合は悪くないよ。ただ……北欧じゃ、女の子はいないから……って! やめて頚動脈は落ちるよぉぉっ」
馬鹿馬鹿しい発言に、ドイツが首を絞めかけ、イタリアは涙を流して抵抗する。
そんな微笑ましい光景に、日本は一つため息をつき、空を眺めた。
まだ日は高いから、もう少しじゃれていても大丈夫だろうと考え、木陰に座り込み……
「北欧の皆〜このペンに見覚え……ヴェ〜♪」
テンションの低かったイタリアの鳴き声が一オクターブ高くなったので、何事かと部屋の中を覗き込んだ。
中には北欧の5人と……褐色の肌をした女の子が手を振っているのを確認した。
最初は目の錯覚だろうと思い、目を擦る。だが、それは消えそうに無い。
「ヴェ〜なんでセーちゃんがここにいるの? まあいいや。折角会えたんだから、運命に感謝してお茶でも」
「紅茶ならば、シー君がイギリスの野郎からパチってきたですよ。えへん。
だからとっとと座るです」
それとなくセーシェルに歩み寄るイタリアの前に、元気なシーランドが割り込んできた。
天然なのか、それとも故意なのかはわからないが、紅茶の缶を振り回し、三人を席へ促した。
仕方なしに席に座り……もちろん、さり気無くイタリアをセーシェルから離しておくことは忘れない。
目の前で湯気を立てる紅茶を手に取り、一口。心地よい香りが鼻をくすぐる。
大きく息を吐き……そこでやっとここにいるはずも無い人物達に気がついた。
「ところで、何で北欧のとこにセーシェルやエジプト、キューバまでいるんだ?」
そう、ドイツの言葉通り、この北欧の地にかかわりの少ない3人が来ていた。
3人は顔を見合わせ、首をかしげ。
「イギリスの愚痴をエジプトさんと話していたら、デンマークさんに拉致られました」
セーシェルの言葉に、大きく頷くエジプト。
この様子だと、愚痴るというよりは、エジプトが一方的に愚痴られていたのだろう。
それに付き合えるエジプトは随分と穏やかなのだと思い……、
不意にイタリアがこの男にボコられていた時の事を思い出し、ドイツは苦笑を浮かべた。
「そんで、その拉致られている途中で俺が通りかかって、ついでに拉致られたってわけだ。
たく、カナダにアイスを届けにいく途中だったのによぉ」
そうはいいながらも、キューバの表情は明るい。このお茶会に参加できたのは悪い事ではなかったのだろう。
「ほら、茶会は人数多いほうが楽しいですし」
手際よくアイスを人数分とりわけ、席においていくフィンランド。
アイスの飾りに使われているのはサルミアッキだろうか。
それを気にせず、口に放り込んでいく北欧の者たち。さすがというべきだろう。
「それに女の子いた方が楽しいっぺ」
豪快に笑い声を上げ、セーシェルの肩を抱き寄せようとし……手にフォークが突き刺さった。
「フォーク落としたから、新しいのとってくれる? ノルウェー」
「次はナイフにしとけ。そっちの方が効率がえ」
何食わぬ顔で新しいフォークを要望するアイスランドと、妙に研がれた食卓ナイフを手渡すノルウェー。
中々なコンビネーションだが、フォークを突き立てられた本人は得に気にせず、アイスのおかわりを求めるべく、アイスカップに手を伸ばしていた。
「……で、何のようだ?」
あまりに朗らか(?)な空気に本来の目的を忘れかけていたが、スウェーデンの発言で日本は我に返った。
「えっと、このペンの持ち主を……あれ? ドイツさ……」
ペンを持っているはずのドイツの姿が見えない事に気がつき、日本は辺りを見回した。
部屋の片隅に座り込む巨体。その手元を覗き込み……一同は苦笑を浮かべるしかできなかった。
「相変わらずいい毛並みをしているな。鼻の艶も中々……」
しかめっ面で花たまごを撫で回す大男。
本来ならばあまりに異様な光景なのだが……彼らにとってはいつもの光景。
更に本日二回目ともなると突っ込む気も起きない。
台所にたったフィンランドの後姿を見つつ、ムイックのローストが食べ終わる頃までに終わるといいなと思いながら、
イタリアと日本は冷めかけの紅茶を傾けたのだった。
「結局は持ち主いなかったね」
日が沈みかけた空を眺め、イタリアが大きなため息をつく。
結構な人数にペンの持ち主を尋ねたのに、ヒントすら得られなかった。
「まあしょうがないだろ。これは警察にでも任せ……ん?」
肩を落とす彼らの前に、二つの人影が現れた。
今まで誰もいなかったはずなのに。
一人は中肉中背の男。特に特徴も無いといえば無いのだが……見たこともないのにどこか懐かしい顔。
もう一人はまだ幼い少女。姿形などいろいろな表現はできるはずなのに、何故か『蒼い』としか表現できない少女。
男の方が彼らの前に歩みよってきた。人のよさそうな笑みを浮かべ。
「ああ、俺のペン拾ってくれたのは君達なんだ」
心地よい声に、ドイツの肩の力が抜けた。
初対面のはずなのに、警戒心をも失くす空気を出す男。
疑う事をせず、ドイツは手にしていたペンを男に手渡す。
男は嬉しそうにそのペンを眺め……笑みを深くした。
「皆に会ってきたみたいだね。よかった。これでまた皆の事かけるよ」
「皆って……? えーと、誰? 誰なの? 俺、知らないのに知っている気がして」
「私も一緒です。アナタはひどく懐かしい感じがするんですよ」
不可思議な想いに、イタリアと日本は戸惑うばかり。
だが、男は笑うだけ。彼らの問いに答えることはない。
その代わりに蒼い少女が1歩前に出てきた。
彼らの顔を見回し……優しい笑みを浮かべた。
その微笑みは幼いのに母性に溢れていて。
懐から何かを取り出す。
年代物の懐中時計。カチカチと秒針が心地よい音を立てて動き続ける。
針があらわすのは11時54分。現在の時間とは違う。
何の時間なのか、問おうと3人は同時に顔を上げ。視界が光に閉ざされた。
目の前に映画のように流れくる映像。『イタリアは絵が上手いな』
『うん、僕絵が好きだから。早くみんなに会って、絵とか歌見せてあげたいな』
『もうさようならだから安心しろ……』
『ど……どういう事?』それは幼い頃の記憶。
『あいつはもういないんだ。もう……』
『え? その冗談つまんないよ。ねぇ、冗談だよね。冗談だっていってよ! フランス兄ちゃん!』それは大事な者との永遠の別れ。
「え、何これ……なんでこんなの……」
目の前の映像に言葉を失う。ぼろぼろと涙を零すイタリアを見ていられなくて、視線を逸らし。『……何で俺の為に国民を……民を守るために民を……』
少しだけ若いドイツが苦悩している映像。視線の先には強固な牢獄があり。それは一人で背負うには辛い記憶。
「……やめてくれ。あれは……」
肩を震わせ、瞳が陰る。忘れられない記憶が深く胸をえぐり。
地面に雫が落ちる。『全て……無くなって……しまいましたか……』
荒廃した街を見つめ、虚脱感に襲われた日本が膝をつき……折れた日本刀に黒い雨が降り注ぐ。それは悲しい過去。
「あれは……あれは……」
崩れ落ちそうになる膝をどうにか支え、その光景を静かに見つめる。
頬を伝う雫に気づく事もなく。次々と流れる光景。それはこの世界の過去。そして現在。
それがどのくらい続いたのかわからない。長いのか短いのか。
ただ、重すぎる映像は彼らの心を深く捉え。
「……これでも私には少しの記憶。悲しい事も辛い事もたくさんある。
たくさん傷つけられた。たくさん私を壊された。
でも……貴方達が好きだから……愛してるから」
彼らを包み込むのは、蒼い少女の腕。
涙を零す彼らの頬に軽くキスをし、
「もっと私の思い出を作って欲しいの。だから」
「俺が記憶する。愛すべき君達を」
少女は慈悲に満ちた微笑を浮かべ、一つ頷く。
男は子どものような無垢な笑みで、ペンを宙に振りかざし。
世界が蒼に包まれた。
「ふぇ? えーと」
目の前に広がるのは蒼。蒼い空。
鼻をくすぐる草の香り。顔を動かすと、横にいたのはドイツ。反対側には日本。
二人とも眠りについていて……何故か涙が頬を伝っていた。
何が起こったかと考えたが、どうしても思い出せない。
泣いた事による微かな疲労。しかし、それ以上に身体を包み込む温かな感触。
「ま、いっか。二人とも寝てるし、俺ももう一度寝ようと」
大きく背伸びをし、大地の感触を思う存分味わう。
彼を包み込む優しい太陽。彼を支える力強い大地。
「いつもドイツがエコだーって煩いけれど」
イタリアは大きく呼吸をする。微かに草の香りがする空気をたくさん取り込み。
「この気持ちよさを守れるならばそれもいいかもな」
目をつぶる。瞳の奥で見知らぬ蒼い少女が微笑んだ気がして。
「……また会おうね。今度はもっと君の事、気にかけるから。俺も大好きだよ」
見知らぬ少女に愛の言葉を囁き。イタリアは再び、心地よい夢の中へと旅立った。
書き下ろし。
5000ヒット記念兼SS50作突破記念です。
全キャラを出す事に命かけました。
ここまで来た事、皆様に感謝いたします。
追記
拍手返しとして、少々追加してみた。
ついでにワイちゃん追加。
……ごめん。完全にベトナムさんの事忘れてた。
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