薄いガラスに何かにぶつかる澄んだ音。
鼻をくすぐる草の香り。
そんなものが自分の家にあったかなと、ぼんやりとした頭で考え。

昨晩は日本の家に来襲した事を思い出した。酒の勢いで。
かなり迷惑そうな顔をしつつも、しっかりと対応してくれる日本はさすがというべきか。
それどころか、逆さにした箒に手拭いをかけた奇妙なアートや、ぶぶづけという食事まで出してくれた。
それで、そのまま日本の家で泥酔し……

心地よい畳の香りに、再び眠りに誘われながら寝返りを打つ。
腕に触れるふんわりとした感触と甘い香り。その触れたものを抱き寄せる。
温かく柔らかく、抱き枕としては最高だ。

近寄ってくる足音に気がつきもしたが、まだ眠気には勝てそうに無い。
どうせ日本なのだから、空気を読んで放っておいてくれることだろ。
もう一度、その抱き枕を強く抱きしめ、
「フランスさん、今日はお盆で忙しいので、できればもうお帰りくださると……
…………え?」
驚愕の声。
全裸に薔薇ぐらい見慣れているだろうに、何をそんな驚いているのか。
「えっと、あっと、昨晩はお楽しみだったみたいですね」
卑下た笑いとともに言ったならば様になっただろう。
しかし、日本の声は硬く、ほぼ棒読みだった。
あの日本がこんなに驚く事があったのかと、重い瞼をどうにか開け、

自分の腕の中で安らかな寝息を立てている少女。
微かに癖のある短い金髪。長い睫。少し日焼けしている健康的な肌。
決して華奢ではなく、程よく筋肉のついた腕。でも、女らしい丸さをもつ身体。
そんな少女が自分の腕に抱かれ、安らかな寝息を立てていたのだ。
その上、全裸。
もちろん、彼も全裸。いや、股間にはかろうじて薔薇はあったが。

「ちょっと待て! 何で女の子がここに! 
っつか、こんな可愛い子側にいて、気がつかないでぐっすり寝てただなんて
お兄さんちょっと自信なくなる……
じゃなくて! あああ、日本、そんな蔑んだ瞳で去っていかないで! 
もっと蔑んで! 下駄で蹴って。放置プレイもいいけどハァハァハァ」
派手に混乱したフランスが日本の着物の裾を握り締め、懇願した。
振り払うわけもいかず、困った顔を見せる日本。
その光景に、何故か背後に熱海の海岸が見えた気がする。

「お宮……じゃなくて、フランスさん、言い訳はどうでもいいです。
人の家で女の子連れ込んで、お楽しみなさったのはさすがフランスさんです。ええ、愛の人です。
私には理解し難いので、どうぞ離れて……荷物まとめてお帰りください。
で、しばらく顔見せないでくださいね」
丁寧な言葉の中に、毒がたっぷりと含まれている。
あまりに慇懃無礼な態度に、ぞくりと快楽が走る。
いつもは無難な対応をしてくれる人物が、こんな冷たい態度をしてくれる。
その温度差にフランスの魂が揺さぶられた。
いっそここまで蔑まれたら、もっと蔑んで欲しい。とことん蔑んで欲しい。
「ああ、日本いい……その冷たい瞳が最高。ハァハァハァ」
「ちょ、何でそんなきらきらした目になってるん……アレ?」
擦り寄ってくるフランスを振り払い、眠り続ける少女の顔をまじまじと見た。
さりげなく、露になった肌に肌布団をかけてあげるのも忘れない。
どこかで見たことのある顔。

「もしかしてこの方、ジャンヌたん……もとい、ジャンヌ・ダルクさんではありませんか?」
フランスの家に行った時、大切そうに飾られた色あせた絵画を目にして事がある。
りりしい笑顔の少女と幸せそうに微笑むフランス。
寄り添ってはいるが、身体のどこにも触れておらず、近くて遠い絵画だなと思った記憶がある。
その時に、その少女の事を尋ねたら寂しげに少女の名を教えてくれた。
そこで寝ている少女は、その絵画の少女にそっくりなのだ。

「……ジャンヌ?」

すーっと表情が一変した。へらへらとした笑顔から真面目な顔に。
眠り続ける少女の顔に見入る。忘れもしない、忘れられない、忘れたくない少女の顔。

「……ジャンヌ」

愛おしい彼女の名を呟いた。さらりと揺れる髪に触れる。
懐かしい感触。触れても消えない幻。
艶やかな唇を指でなぞり、顔を近づけ、
「すみません。えっと、台湾さんあたりに女物の服借りてきます。お邪魔しました!」
顔を赤らめ、慌てて部屋を後にする日本。

 

 

 

寸止めで顔を止め、去った日本をちらりと見る。
「……キスなんてするわけねーだろ。純な奴だな」
「……口付けくれないんですか?」
耳元で聞こえた声に凍りつく。
首をゆっくりと動かし……頬を赤らめ、まっすぐに自分を見つめている少女。
しばしの沈黙。
「うわぁっ!」
焦り顔で、彼女から離れる。鼓動が煩いほどに早い。
離れた途端に、今の姿を思い出す。股間に薔薇だけ。妙な恥ずかしさに顔が火照った。
何かで身体を隠そうとしたが、肌布団は彼女の魅惑の肢体を隠している。
仕方なしに、近くにあった座布団で身体、特に前を隠し。

「あー、情けねぇ……」
無様な姿に、肩を落とした。
再会は、薔薇の花束持って、おしゃれな服着て、満面の笑みでと思っていたのに。
酔った醜態の姿。薔薇は股間に装備し、おしゃれな服は裸の王様状態。
笑みどころか情けなさに泣きそうになっている顔。

「すまんな。こんな男で」
「そんなフランスさんも好きです」
彼女のまっすぐな言葉に、彼の顔が再び赤面した。
肌布団を身体にまとい、彼の側に寄ってくる。1歩近づけば、彼は1歩後ずさり。
いつものフランスを知っている者がみたら、病気かと思うだろう。
慌てる姿はとても滑稽で。
「近づくな! ちょっと待ってろ! 服を着てくるって! 
ああ服はここに来る前にもう薔薇装備済みで!」
混乱する彼が愛おしくて。
「逃げないでください。久しぶりの再会なんですよ。それとも……私の事、嫌いですか?」
意地悪な質問だろう。口ごもり、まっすぐに瞳を見て
「……愛してる」
ずっと伝えたかった言葉を口にしたら、少しだけ冷静になった。

彼女に近寄る。頬に触れる。遠慮がちに触れる手が震え。
「もっと触れてくれませんか?」
「コレが限界だよ。触れられるわけねーだろ。お前は聖女で」
言葉が途切れた。彼の首に回される腕。近づく瞳。吐息が顔にかかり、唇が重なる。
短く軽い口付け。なのに、触れられた唇が熱い。

 

 

 

「…すまん」
聖なる者に触れてしまった罪悪感に、謝罪の言葉しかでてこない。
そんな彼に、彼女の表情が曇り、
「何で。もういいじゃないですか。折角会えたのに。
昔のように触れられないまま、さようならはイヤです」
もう一度、彼女の柔らかな手が彼の頬に触れた。
びくりと肩を震わせ、唇が動く。何か言葉を発しようとしているのだが、言葉にならない。

彼女の身体が彼に触れる。ぴったりとくっつく肌。柔らかな胸が彼の胸板に挟まれ、形を変える。
肌布団が身体からはらりと落ちる。白い肩が露になった。
左肩に残る傷跡。それは彼女である証。あの戦いの中にいた印。
抱きしめたいが、抱きしめられない心の葛藤。
震える腕がやっと彼女の肩に回る。
軽い音を立て、彼女が畳に横たわった。

「……いいのか?」
「許可なんていりません……」
返事はそれだけ。二人は重なり合う。白い肌に遠慮しがちに触れる。
頬を染め、可愛らしい反応を見せる彼女に、思わず彼まで頬が赤くなった。
まるで女を全く知らない少年のように、戸惑いながら彼女の身体を撫で、

襖の向こうで数人の気配。何やら話し合っているらしい。かすかに襖が開き、
「視姦プレイ? もう、お兄さん人気者だから困っちゃう」
いつもと変わらぬ、ふざけた声に肩の力が抜けたのか、
襖をぶち倒し、一同がなだれ込んできた。
彼女の身体の上から降り、肌布団を肩にかけてやると、
気まずそうに視線を泳がせる一同の前にしゃがみこんだ。
「だからやめましょうっていったじゃないですか! 
私は止めましたよ。私は皆さんに無理やり連れてこられただけで」
「こんな美味しい場面、覗かないと男じゃないんだぜ!」
「韓国、台湾はgirlだ」
「全く、若い奴らあるよ」
賑やかに騒ぐ、亜細亜の若者三人組に、一人離れてため息をつく中国。
そして、更にその後ろでにこやかな笑みを浮かべている日本がいた。
ただし、あまりにもにこやかな笑みすぎて、恐ろしい笑みだが。
「本当に、フランスさんは愛の人だったんですね。人んちでそこまで。
まあ、今日は目をつぶってあげますけれど」
赤面するジャンヌに優しく微笑むと、ワンピースを手渡した。
ついでにへらへらと笑うフランスにも、服を投げつける。
肌布団を巻きつけたジャンヌを立たせ、台湾に別室へと連れて行ってもらい、一同も部屋を後にする。
一人残されたフランスは、大きくため息をつき、投げつけられた服を広げ、再び硬直した。

 

 

 

 


『ぶはははははははははっ!!』

部屋の中に大爆笑の声が響き渡った。
あるものは彼を指差し、あるものは腹を抱え、あるものは笑いすぎて呼吸困難を起こしており。
ジャンヌでさえ、視線を逸らし、肩を震わせていた。

仕方が無いことだろう。
美意識の強いはずのフランスのあの格好を目にしたのだから。
だぼだぼの蛍光ピンクのTシャツに、大きく書かれた似非ものの某夢の国のネズミ。
その上に大きく『中の人はいません』の文字。
更に真っ蒼な半ズボン(サスペンダー付)。露になった脛毛がとてもチャーミングである。
「……あんなのよく持ってたあるな」
「面白かったのでつい衝動買いを。使う機会があってよかったです」
呆れ顔の中国に、満足しきった日本が答えた。
「日本、お前なぁ」
すごんではみても、その格好なのだから迫力はない。
更に笑いを誘う結果となり、再び部屋に笑い声が響き渡った。

 

小一時間後、笑い疲れてぐったりとした一同はどうにか呼吸を整え、車座になった。
ただし、誰もがフランスから視線を逸らしているが。
「で、ジャンヌがここにいた理由はわからないあるか?」
「ええ。天でいつものように過ごしていて……目の前に緑色の馬が現れてそれに連れられて。
そうしたら良い香りがする煙の中に…」
「greenのHorse? それはずいぶんとdreadfulな話だな」
「緑の馬? 煙……もしかして」
縁側に並べてある野菜でつくったモノを眺める。
今日はお盆。先祖の精霊を迎えるため、朝イチできゅうりの馬となすの牛を作った。
そのきゅうりの馬に乗って、精霊達は帰ってくるといわれていたのだが。
「手違いでジャンヌさんを? それともサービスですかね」
首をかしげる日本の背中を韓国がバンバンと叩いた。
「細かい事は気にしないんだぜ! 折角の面白いイベントだから、楽しまなきゃそんだぜ」
窓の外から聞こえてくる祭囃子の音。お盆の時期に行われる盆踊りが今宵行われるのだ。
「そうですね。そのために私たちも日本さんのおうちに来たんですもの。
あ、ジャンヌさんは私が浴衣着付けてあげます。
フラン……ふふっ、ふ、フランスさんはお願いします」
できる限り目に入らないようにしていたのだが、名前を出すと同時に視界に入ってしまい、
再び噴出してしまう。
笑いすぎてもう腹筋が痛い。
その場から逃げるように、ジャンヌの背中を押し、隣の部屋へと消えていった。


「さて、フランスさんの着付けですか。あまり面白みもありませんが」
ため息混じりに箪笥の中を探り、一式の浴衣を取り出した。
質素ではあるが、決して地味ではなく、まさに粋というものだろう。
「そーいうのがあるんだったら、さっさと出せ! 絶対この服嫌がらせだろ。俺に恨みでも…」
「恨みが無いと言い切れますか?」
にぃーっこりと微笑む日本に、フランスは言葉を失った。
日本には確かに色々やった。無茶な事もやった記憶はある。
「……あー、すみません。ごめんなさい。この服貸してくれただけでも嬉しいです」
涙をだくだくと流すフランスに、日本は勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。

 


「つまらない男性の着付けは置いときまして……ジャンヌさんは着替えられたでしょうかね」
耳を澄ませば、和やかな女性の会話が聞こえる。

「ちょっ、何ですかこの鎧は! 締め付けないでくださ…やっ」
「そんな声出さないでください。気が抜けますよ。帯はしっかりと締めないと型崩れしますから」
「なるほど、これならば刃物は通りませんね」
「どんな敵と戦う気ですか。じゃ次はお化粧です」
「化粧はいりません。戦う時にそんなものは」
「あーもう、だから戦うわけじゃなくて! もーいいです。勝手にやりますから。紅さしますよ」
「……んっ、あんまり美味しくないです」
「舐めないでくださいーーっ!!」

楽しそうな女性二人の声に、男達は生唾を飲み込んだ。
「……これは覗けということだよな」
フランスの言葉に、一同は頷いて。
襖を開けようと手を伸ばし。

「お待たせしました。出来上がりですってアレ?」
勢いよく開いた襖に吹っ飛ばされたフランスを、不思議そうに眺める台湾。
「何転がっているんですか? それ、この国の礼儀の一つですか?」
手を差し伸べられ、フランスは手をとり……かけて、動きが止まった。
するりとした肢体を覆い隠すさわり心地のよさそうな生地。
全体に和風にアレンジされたユリの花が描かれ、赤い帯が程よいアクセントになり、全体を引き立てる。
短い髪にも、アイリスの髪飾りをあしらえており、青いビーズが動くたびに神秘的な色で光った。
露出もくびれも少ないのに、何故か思わず目を奪われる。
自然な化粧を施された顔。唇にさされた紅が目を引き。

「どうかしましたか? あ、もしかしてやっぱり変ですか。
台湾さん、やっぱり私にこんな綺麗な服は似合わな……」
「似合ってる。こう華のように……あーもう畜生!」
いつもは自然と出てくる誉め言葉が出てこない。
取って返そうとするジャンヌの手をしっかりとつかみ、視線を逸らして頭をがりがりとかく。
まるで思春期真っ盛りのような反応のフランスと、いまいち現状がつかめていないジャンヌ。
滅多に見られぬ光景に、見守る者たちは生暖かい目を向けていた。
そんな視線に気がついたのか、フランスの顔が赤く染まる。
目線を落とし、うつむいた状態でジャンヌの手を引っ張り、外へと向かう。
もう祭囃子は賑やかな温核を奏でていた。
広場に続く道には人々の群れ。この中にまぎれてしまえば、あの視線からは逃れられる。
足早にその群れの中へと紛れ込み。

「若いっていいですねぇ」
にこやかに手を振って見送った日本がぽつりと呟いた。

 

「ちょっ、い、痛いです。フランスさんってば」
人ごみの中を黙々と歩いていた彼の耳に、少女の声がやっと届いた。
慌てて振り返り、手を離す。
今、気がついたが、ずっと彼女の手を強く握り締めていたわけで。
途端に顔が熱くなる。
手どころか、女を何人も抱いたこともあるくせに、彼女といると青臭い感情が溢れてくる。
まともに彼女の顔も見れそうに無い。

「すまない。あーっと……その」
言い訳でも愛の言葉でも馬鹿な台詞でもいい。何か口にしないといけないと思う。
しかし、中々言葉にできなかった。
二人の間に沈黙の時が流れ。

あまりにも動きの無い彼女に気がつき、ちらりと見る。そして苦笑。
彼女はきらきらとした目で屋台を見つめていた。視線の先にはわたあめ。
彼の袂を握り、数回軽く引っ張ると首をかしげた。
「あの雲みたいなのなんですか? わっ、皆あの雲食べてますよ」
年頃の少女らしい輝いた瞳。あの戦いの中では決して見られなかった自然な笑顔。
そんな姿に肩の力が抜けた。力が入りすぎて、こんなにぎくしゃくして。

「よっしゃ、お兄さんが祭りの楽しみ方を伝授してやる。ついて来い」
もう一度、彼女の手を握り締め、満面の笑みを向ける。
「あ、はい、フランスさん」
「ちっちっち、今日はフランスと聖女じゃなくて、一般人の……そうだな。
お兄さんの事はフランシスとでも呼んでくれや」
フランスによくある名前を出してみる。
不思議そうに彼の顔をじっと見つめ、
「フランスさん何を言って……んっ」
素早く唇を奪う。顔を赤らめる彼女に、彼はにっと笑いを浮かべた
「俺はフランシスだ。これから間違えたら唇奪うからな。じゃ、行くぞ! ジャンヌちゃん!」
いつもの調子で駆け出すフランスに、戸惑いながらも、楽しそうな笑みを浮かべるジャンヌ。
そして、二人のお祭りは始まった。


「ふぁ、この雲甘いです。ふわふわで甘くて」
「どれ。ん、確かに甘いな」
ほっぺについたわたあめを唇で拭って、彼女を赤面させてみたり。

「チョコバナナチョコバナナハァハァハァ」
「……フラン……フランシスさん、ちょっと視線が卑猥です」
チョコバナナを食べる彼女に興奮し、軽く頬をつねられたり。

「あの子がいいです」
「よっしゃーまかせておけ! 可愛い子を釣るのは得意だ」
「……可愛い子を……ですか」
金魚すくいで、思わずいつもの調子で馬鹿を言ってしまい、少し冷めた瞳で見られてみたり。

「………………」
「………………」
型抜きに、二人とも思わず無言で集中してみたり。


「次はあそこに……つっ」
はしゃいでいた彼女の動きが止まった。眉を潜め、足元を見つめていた。
下駄の鼻緒に滲む赤。歩きすぎて靴擦れをおこしたのだろう。
「ジャンヌ、足……」
「いいえ、大丈夫です。気にしないでください」
強がりの笑み。昔見た笑顔。あの時に、その笑みに隠された本音を理解できていれば。
「たくっ、今日は聖女でもなんでもねぇ。普通の女の子なんだから、もう少し俺に頼れ」
痛みに健気に耐える彼女を抱きかかえた。
最初は何が起こったかわからない顔。そしてすぐに現状を把握した。
「ちょっ、フランスさん! 離して……んっ」
唇を重ねる。両頬、おでこにもキスを落とし、
「フランシス……だろ。じゃ、おとなしくしてろな」
周りの視線や野次など気にせず、彼は優雅に彼女を抱きかかえ、人ごみを避け、歩いていった。


神社の境内に彼女を下ろした。
祭りの喧騒ははるか遠く。虫が鳴く音と、木々がこすれる音が響く。
「あー、もうこんなになるまで我慢しやがって」
下駄を脱がし、傷跡に眉をしかめた。
しゅんと肩を落とす彼女の頬にキスをする。
「そんな顔すんな。俺は怒っているわけじゃ……あ、いや、ここは怒っているという事にしておくか」

傷を負った足に唇を落とし、舌を這わせる。
ぴくりと反応を見せる彼女を、上目で見つめ、更に指先をしゃぶる。
「や……んっ、そんな汚い…ふぁ……ん」
唇をかみ締め、声を押さえようとしている彼女がとても愛おしい。
「我慢すんな。もっと可愛い声聞かせてくれ」
裾から見え隠れする健康的な足を指でなぞりあげる。
身もだえする彼女の首元に吸い付く。虫刺されのような赤い痕がぽつりと残った。

「あの、そんな所は怪我してな……ひゃっ」
「いいんだよ。おまじない。痛みが無くなるおまじないだ」
何度目かの唇へのキス。
何度キスをしても、何度でも顔を赤らめ、恥らってくれる。それが嬉しくて何度も唇を奪う。
硬く閉じる唇を舌で割って入り、逃げる彼女の柔らかな舌を絡め、吸い上げる。
慣れていないはずだから、一度唇を離し、深呼吸させ、また唇を重ねた。
唇を重ねたまま、腿を撫でる手を徐々に腰、そしてその上まで移動させていき……動きが止まった。
あるはずのものが無かったから。

「えーと、もしかして下つけてない?」
和服の下には下着をつけないという噂は聞いたことがある。
でも、それはいわゆる都市伝説だと日本に窘められた事があった。
「ふぇ? 下って……下着ですか? 
台湾さんが『ユカタ』の場合はつけないといわれたので……間違っていましたか?」
「いや、間違っていない。個人的にはばっちこい! 
つか、ノーパンノーブラであんなにはしゃいでたのか」
「しきたりならば仕方がないと。少し恥ずかしかったですけれど……」
ちらりと彼の顔を見て、すぐに視線を逸らす。
「でも、何かあったらフランス…フランシスさんが守ってくれますよね。
今日は国と戦士ではなく、普通の男女なんですから」
今度は彼女から唇を合わせてきた。本当に唇を重ねるだけのキス。
「……名前、間違えてしまいましたから」
すぐに唇は離れ、照れた笑みを浮かべる。


押さえつけていた最後の感情が音を立てて崩れる。強く彼女の身体を強く抱きしめ、
「ちくしょう! もっとロマンティックにお兄さんの色気を味あわせてやろうと思ってたのに!
完全に俺の完敗だ」
荒々しく口内を蹂躙する。何度目のキスだろうとか、
まだキスしかしてねぇのに、何でこんなガキみたいに興奮してるんだろうなとか思いながらも、
動きはとまりそうにない。

唇から、首筋、胸元を通り、柔らかな膨らみへとたどり着いた。
昔は鉄の鎧で押しつぶされていた胸。今は薄い布に押しつぶされている。
襟元を開き、白い胸を解放する。手にぴったりと収まる乳房。
少し動かせば、手の中で自由に形を変える。
触るたびに胸の突起が熱を帯びているのがわかった。
つんと立った突起を口に含み、転がす。
ほんのりしょっぱいのは、先ほどまではしゃいでいたせいだろう。
谷間に顔を埋め、一呼吸。彼の吐息が敏感になった肌に刺激となり、小さな甘い声を上げた。

「全く、可愛いすぎだ。卑怯なぐらい」
ため息交じりの言葉に、彼女は照れた笑みを浮かべてみせる。
浴衣をめくりあげ、蜜をこぼす秘所を月灯りにさらす。
青白い光の中、蜜を溢れさす淡いピンクの花。それは何かに似ていて。
「牡丹……か」
日本の家で見た美しい花を思い出した。
花弁についた雫を指で拭う。
「…ふぁ……ん…」
甘い蜜と共に溢れ出す声。濡れた花弁を掻き分け、指を進入させた。
熱さが指を伝い、頭へと叩きつけられる。引き抜こうとしても、指を強く締め付ける感触。

「……もう我慢できない。入れるぞ」
気のきいた台詞すら思いつかないほど、彼女の身体に夢中になっている。
何世紀も会えず、恋焦がれていた少女に触れられる幸福感。
浴衣の隙間から熱くたぎったモノを取り出し、横たわる彼女に口付けをしながら、
ゆっくりと中へと進入させた。
痛みに耐える姿を見たくないから、静かに。唇から絶え間なく快楽を注ぎ込み。
硬い蕾を無理に開かせるのは容易いことではない。
できる限り、自ら開かせるよう、全身を使い快楽という水を与えていく。
結合部が濡れた音を立てる。
「…あぅ…フランスさん、フランスさぁん……」
痛みに耐え、腕を伸ばし、彼の抱擁を求める少女を優しく受け止めた。
まだ満開には程遠いが、徐々に蕾は開きつつある。


「フランシスだって……ま、もういいや」
腰を動かしたい欲望をどうにか押さえつけ、彼女を膝の上に誘う。
階段の上では彼女の身体に負担がかかるから。
強く抱き合い、しばらく動きを止める。耳元にかかる彼女の吐息がくすぐったい。

「そういえば……ここって神社なんだよな。日本の神が住む家のようなもん。
確か『イザナギ』とか『イザナミ』とかが住んでるらしいぞ。
こんなとこでヤるだなんて……俺らなんて背徳者なんだろ」
本殿へと続く石段の途中に腰掛け、神に見せ付けるよう身体を合わせる。
頭に最期の声が蘇る。神に助けを求め、神に見捨てられ、それでもなお……

「もう神なんかにお前をやるもんか」
瞳に宿る冷たい光。彼女の奥深くに押し付け、刺激を求めた。
彼女の腰を抑え、強く奥深くまで。壁に当たったら身体を抱き上げ、摩擦による感触を味わう。
一度二度は理性があった。彼女の表情を見る余裕があったから。
膝の上で舞い踊るしなやかな裸体。
引き締まった身体に、揺れるたびに形を変える胸。
薄い金色の髪をなびかせ、甘い声をかすかにあげる。
「フランスさんフランスさんっ! やぁ…お願いしますっ! ぎゅっと…ぁ…捕まえておいてくださ…ふぁ」
「もう離さねぇ。お前は俺のもんだ」
重なり合う肌。絡み合う腕。響き渡る声。
聖域で淫靡な事を行う背徳感に、限界を知らぬ男女の享楽的な感情が高まり。

「――いくぞっ!!」
「怖い怖い…フランスさぁんっ!!」
背中に回る腕。襲い来る快楽の恐怖に、彼の肌に爪が食い込む。
小さく身体を震わせ、逆に甘い声は聖域に響き渡り。
奥深く、聖女と呼ばれた少女の中に穢れを放つ。
頭に聖女を汚してしまったという罪悪感が生まれもしたが。

「……罰あてるんだったら直接来い。あいつを裏切った神の元に無理やり案内させてやるから」

視線の先の荘厳なる佇まいを睨みつける。
恨む相手は違うとわかってはいる。大きくため息を一つ。
震える彼女の身体を抱きしめると、肩の力が抜けた。
柔らかな身体を自分の上に横たわらせる。青白い月の光が彼らを包み込み……

 

「何やってんだ? ジャンヌ」
乱れた浴衣の胸元を隠しつつ、本殿に向けて祈りを捧げている少女に声をかけた。
しばらく祈りを捧げた後、振り返って早足で駆け寄ってきた。石段に座り込んだ彼に寄り添って座る。
「いえ、この神様にお詫びを。おうちでこんな事しちゃいましたし」
「真面目過ぎだ。もう少しお兄さんみたいに気楽に考えなきゃダメだぞ」
おちゃらけて唇を重ねようとし、彼女に鼻をつままれた。
「フランスさんが気楽過ぎなだけです。もう少し真面目になってください」
子供を叱るような表情。だが、すぐに笑みに変わり、二人顔を見合わせ笑い始めた。
お返しとばかりに、彼女のほっぺを軽くつまみ、子猫のじゃれあいのように肌を重ね、唇を重ね。

「……そういえば、これからどうしましょうか」
彼女の言葉に、彼の視線が泳いだ。
乱れた浴衣を直せる者はいない。
そもそも着付けも日本と台湾にやってもらったのだから、元の構造など覚えてもいない。
胸元は大きくはだけ、帯はくずくず。大事な所をどうにか隠すぐらいにしか役に立っていない状況だ。
さすがにこの状況で街中を歩くわけもいかない。
かといって、替えの服があるわけでもないし。

「さて、どうすっかな……ん?」
月が一瞬陰った。空を見上げる。降ってきそうな星空。そして本当に何かが降って来た。
ひらひらと風になびく布のようなもの。それらは彼らの前に丁度着地した。
淡い色をしたシンプルな服が二着。男物と女物の服。
身体に合わせてみると、測ったかのように二人にぴったりだった。
「あーと、これは天の恵みって奴だよな。よし、これ着て帰るか。
……ジャンヌ、着替えさせてやろうか? ハァハァハァ……ぐっ」
「結構です。一人で着替えられますから」
息を荒くし、迫ってきたフランスを押しのけ、彼女は木陰に隠れ、着替えをはじめた。
「ぶー、裸ごときじゃ恥ずかしがるような仲じゃねぇだろ。もっと凄いことをぐはっ」
彼の頭に女物の下駄がクリーンヒットし、境内に軽快な音が響き渡る。
倒れこむフランス。慌てて駆け寄り抱き起こすジャンヌ。
でも、それは倒れたふりで、膝枕に鼻の下を伸ばす彼。すぐに気がついて、もう一度石畳に落とし。

――楽しそうにじゃれあう二人を見ていたのは青白い月と……そして――

 

「今頃はお楽しみの頃ですかね」
金魚すくいに夢中になっている韓国と香港を見守りながら、日本はぽつりと呟いた。
くじで当てた巨大キティちゃんに頬ずりしている中国を、蔑んだ瞳で見ていた台湾が首をかしげる。
「なんの事ですか?」
「いえ、何でもないです。若いって素晴らしいですね」
その『若い』が韓国と香港を指していると判断したのだろう。
深くは気にせず、二人の金魚すくい対決に目を向けた。
途中、思い出したかのように台湾は日本に耳打ちする。少々頬を赤らめて。
「そういえば、ジャンヌさん、日本さんに言われたとおり、下着をつけさせなかったですけれど……
本当によかったんですか」
「GJ」
指を立て、一言だけ。それだけで、台湾は満面の笑みを浮かべ、再び金魚すくい対決を見学……
いや、生き生きと乱入し始めた。
わいわいと騒ぐ一同から少し離れ、空を見上げる。月明かりが気持ちよい。
「やっぱりお祭りはいいですねぇ」

 


――楽しい時はあっという間に過ぎるものだ。
今日は送り盆の日。彼女との別れの日だ。
慌しく準備する日本をぼんやりと眺める。彼女の手をぎゅっと握り締めて。
「……このまま、ここに……いや、なんでもねぇ」
その言葉を口にしてしまったら、彼女と過ごした数日が意味をなくしてしまう。

「また……会いに来ますよ。寂しがりやのフランスさんに会いに」
彼女から唇を合わせてきた。軽いキス。それで十分。
「そうだな。これ以上は来年の楽しみという事で」
お返しに手をとり、甲に唇を落とす。
「さて、そろそろお時間のようです。お迎えが見えました」
日本の言葉に空を見上げる。黄昏てきた空に牛が舞い降りてきた。
紫の光を放つ牛。きっとそれが彼女のお迎えなのだろう。
「ちぇ、んじゃまたな。ジャンヌ」
腰をつかみ、抱き抱えて牛の上に乗せる。ひらひらと手を振り、
「はい。また会いましょう」
背中に乗せられたジャンヌも笑顔で答える。
牛はひずめで地面を蹴り上げ、ゆっくりとゆっくりと空へと舞い上がり、光の中に消えていった。
あまりにもあっさりとした別れの仕方。
何か言葉をかけようと、日本は彼の顔を見て……言葉を飲み込んだ。
何の迷いも後悔みないさっぱりとした顔。
ゆっくりと首を横に振り、一緒に空を見上げる。
しばらく彼女が消えていった空を見つめ、静かな笑みを浮かべ、日本に背を向けた。
手を振り、歩き出す。
「じゃあな。ありがとな」
短い言葉に込めたたくさんの感謝の気持ち。
それだけで、日本には十分。
積み上げたオガラに火をつける。立ち上る煙が空に舞い踊る。
「……さてさて、お世話になったお母様とお父様にお礼しないといけませんね。
あの二人の機嫌を損ねると大変ですし」
大きく背伸びをし、夏の行事であるお盆は終わりを告げた。


――そして――
「あの時はお騒がせしました。……え? フランスさんがそんな事を。まあ、予想はしていましたが。
本当にすみません。お父様とお母様にはご迷惑を……
……えーと、彼らを見てムラムラきた……ですか。それならばお二人で。
私は参加しませんよ。身体の方はもうがたがたで。
乱れた浴衣で街を闊歩させても良かったのかって……あの服はお二人のご好意だったんですか。
だーかーら、私はお二人と遊ぶ体力は。
あー、そんな泣かないでください、黄泉国に家出してやるって……
お父様も睨まないでください。うわっ、桃やら葡萄投げないでくださ……痛いです。
わかりましたよ。今夜だけですからね。
手加減してくださいよ」

ある神社の前で日本は、誰かと話をしているかのように呟き、本殿の中へと入っていった。
布ずれの音。吐息、甘い声が境内に響き……

次の日、ひどくやつれた日本が本殿から出てきたのは些細な話だろう。



初出 2009/08/02
フランス×ジャンヌもの。
笑わせるフラジャンを目指してみたのだけれども……




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