それは、良く晴れた朝だった。
朝食後のコーヒータイム。
それが彼にとって安らぎの一つ。
カップを傾ければ、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
香りを思う存分楽しみ、コーヒーを口に。
いつもの習慣の新聞に目を通す。今年は暑い日が続いているのか。
ここ数ヶ月、まともな雨が降っていない気がする。
そうなると、庭の木々に水をあげないといけないなと考え……
廊下で騒がしい足音。
どうせプロイセンだろう。またバカな事をやったのか。
カップを置き、注意しようと咳払いをし。
「大変ですっ!
私子供できちゃいました!」
ドアを激しく開け、入ってきたのはハンガリー。
「……ハンガリー、エイプリルフールはもう終わりましたよ」
バカげた事を言うハンガリーに、カレンダーを指差し、冷静に返事をする。
こんな形をしているが、一応「国」ではあるのだから、妊娠なんかできようがない。
……残念ながら。
きっと、冗談のつもりだったのだろうと、優しい笑顔で彼女の方を見て……
思わずカップを床に投げつけた。意味も無く。
彼女の腕に抱かれているのは、可愛らしい乳飲み子。
濃い茶の髪。翡翠のようなくりっとした瞳。桃色にそまった頬。
紅葉のような手をきゅっと握り締める。
カップの割れた音に反応したのか、びくりと体をふるわせ、顔を歪める。
顔をくしゅくしゃにし、大きな瞳に涙をため始めた。
「あ、え? やだ泣かないで」
腕の中でふにふにと動く物体に戸惑いを覚えながらも、
泣き始める動作をどうにか抑えようとしたが。
乳児の子育て経験のないハンガリーにとっては、どうやれば泣きやむかなんてわからない。
「ふぇ……ふぇええええ〜!」
まるでマイクを使っているような大声に、オーストリアは反射的に耳を塞いだ。
だが、ハンガリーはそうもいかない。両腕には騒ぎの元凶を抱いてるのだから。
「泣かないでよぉ
オーストリアさん、助けてくださ〜い」
こちらも泣きそうな表情になってしまった。
この声から彼女を救うには……
「ハンガリー、貴女の為ならばこの身どうなっても構わない」
「え?なんですかー」
格好良い台詞をはいても、当の本人には届かない。
だって、彼の手で彼女の耳を塞いでいるから。
彼女の耳は守れても、自分の耳は守れない。
あまりの泣き声に頭がくらくらとしてきて、意識が朦朧としてくる。
――彼女を守るために、この身が滅びるならば本望か。
意識を手放してしまおうと思った時だった。
「……何やってるんだ?」
怪訝そうなドイツが部屋へと入ってきた。後ろには耳をふさぐプロイセンもいた。
「何って。この賑やかな音楽で、頭がどうにかなってしまいそうで」
「オーストリアさんもハンガリーさんもダメだよ。ほら、その子貸して」
プロイセンの後ろからひょこっと顔を出したイタリアが、ハンガリーから乳児を預かる。
泣き叫ぶ乳児を優しく左右に揺らす。早すぎもせず、遅すぎもせず、丁度良いペースで。
澄んだ声で子守唄を口ずさむ。
声が徐々に小さくなり、目が虚ろになってきた。
瞼が閉じていき、やがて規則的な寝息を立て始めた。
先ほどまでてこずっていた乳児を、あっという間に眠りにつかせたイタリアに
惜しみない賞賛の拍手を送るオーストリアとハンガリー。
だが、イタリアは唇に人差し指を当てる。『静かに』といっているのだろう。
眠りについた乳児をソファーの上におろす。
落ちぬよう、クッションで支え、床にもソファーを置き、もしもの時に備える。
「手際いいが、お前、隠し子の一人や二人いるんじゃないのか?」
ドイツの言葉に微笑を浮かべるだけで、言葉を返そうとしない。
彼にとっては珍しく冗談のつもりだったのだが、無言の肯定のような返事をされては、
かける言葉が見つからない。
気まずそうに目を逸らし、
「冗談だよ。まだ子供はいないよ。女の子の扱いならば任せておいて。
にしても……この子どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ。それはコッチが聞きた…!」
興奮し、声が大きくなりつつあったオーストリアの口をドイツがふさいだ。
抱きかかえていたハンガリーに視線をやり、説明を求める。
彼女は乳児とオーストリアの顔を交互に見やり、
「……朝、起きたら枕元でこの子が寝ていたんです。で、混乱しちゃってここに……」
泣きそうな彼女の肩を軽く抱き寄せ、額にキスを落とす。
オーストリアとハンガリーのいちゃつきはいつもの事と、ドイツは視線を外す。
視線を外した場所で、いつの間にかプロイセンがソファーの前に座り込み、
乳児の頬を突っついていた。
ふにふにとした感触が気持ちよいのだろう。突っついたり、軽く引っ張ってみたりと、
まるで玩具を与えられた子供のようだ。
「プロイセン、ダメだよ。折角寝てくれてたのに」
「イタちゃんも触ってみろ。マシュマロみたいで気持ちいいぜ」
注意されたにもかかわらず、プロイセンは顔を突っつく。
乳児は眉を潜める。力の抜けていた手に力が入り、口を歪ませ、
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇぇぇん!」
本日二度目の大爆発。
原因となったプロイセンは耳をふさぎ、不快そうに眉を潜めた。
「うっせーなぁ……ったく、これくらいの事で泣くんじゃねぇ」
「お馬鹿さんが! 寝た子を起こしたのは誰ですか!」
慌ててイタリアが抱き上げる。先ほどと同じように身体を優しくゆすり、歌を歌い……
しかし、中々泣きやむ気配はない。
「あれ? もしかして……おなかすいたのかな?」
「おなかすいたといわれても、子供用のミルクなんてここには…」
戸惑うオーストリアに、プロイセンはにやにやとした笑みを浮かべた。
何か考えがあるのだろうと、彼の方に視線をやる。彼は咳払いをし、
「ここにあるじゃねーか。子供の飯である立派なおっぱいが」
さりげなくハンガリーの胸を叩き……あっという間にフライパンの餌食になった。
「バカ! 出るわけないでしょう!」
鉄の香りが漂うフライパンを手にし、肩で息をする。
……正直な所、胸がじんじんと熱い気がしていたのだが、
さすがにそんな事ありえないと必死に否定してみる。
しかし……
「ふぁぁぁぁ! びぇぇぇぇぇええ」
火がついたように泣き続ける乳児を見ていると、あまりにも可愛そうでしかたがない。
「……ちょっと、ドイツさんとイタちゃん、後ろ向いててくださいますか?」
彼らが後ろ向くのを確認する前に、ドレスのリボンを外し、胸をはだける。
形の良い乳房が服から零れ落ちた。
そこまでやっておいて、イタリアに乳児を預けたままだったことに気がつく。
「イタちゃん、その子いい?」
「あ、うん……」
視線が胸に釘付けになりそうになったが、ドイツの手によって強制的に向きを変えさせられた。
手にずっしりとくる重さ。でも心地よい温かさ。
泣き続ける乳児の口に乳首を当て……
「……んっ」
口に含まれる感触に少しだけ甘い声を漏らす。
力強く吸い上げる乳児に、生命の強さを感じ、心の奥が熱くなった。
愛おしい。腕の中の子供が愛おしい。
熱い思いが胸を占め……何か変な感触に首をかしげた。
口を動かし、必死に吸う乳児。何もでないはずなのに。
吸われていないもう片方の胸を見る。乳首からじんわりと白い液体が流れ始めていた。
それにオーストリアも気がついたのか、指先ですくって口に含む。ほんのりと甘い液体。
「……これは母乳……ですか? まさか……」
「ほら、俺の言葉が正しいじゃねーぐはっ」
復活しかけたプロイセンを足で思いっきり踏みつけた。
再び沈黙したプロイセンをドイツが引きずる。
気まずい沈黙。乳首を吸う音が部屋に響く。
エロティックな行為ではないとわかっている。わかってはいるが。
「あー……その乳児の捜索願が出ていないか確認してくる」
「俺も行く。それじゃ、オーストリアさん、ハンガリーさん、何かあったら言ってね」
そそくさと部屋を出て行く二人……いや、引きずられているプロイセンを入れれば三人か。
少し前かがみになっていたのは見なかった事にしよう。
小さな手をぎゅっと握り締め、口を動かす乳児。それを優しい眼差しで見つめるハンガリー。
その光景はまるで絵画のように美しく……少しだけ情欲を誘った。
「……私もミルクの味を教えてくださいますよね」
乳首に口付けをし、見上げるオーストリアに苦笑を浮かべる。
「もう……それは夜になってからです。たくさん飲んでくださいね」
唇を重ねた。口の中に甘い味が広がる。
これが自分の母乳の味なんだなと思うと、少し頬が熱くなった。
そんな大人の世界が広がっていることなど知らず、
乳児は目の前のご飯を食す事に夢中だった。
「ああ、もう。ダメですったら。んっ」
くすくすと笑い声を上げるハンガリーにのしかかるオーストリア。
傍らでは乳児が気持ちよさそうに寝息を立てている。
甘い雰囲気になっても、乳児のせいで止めざる終えなかった。
やっと夜になり、ぐっすりと眠ってくれたので、今度はと彼女の身体に手を伸ばしてきた。
首筋に唇を落とし、手を服の中へと忍び込ませる。
ほんのりとミルクの香りが漂う。
先ほどのミルクの味を思い出し、胸をはだけさせる。
乳首を口に含むと、ぴくりと反応してくれる。
「や、ミルクはこの子の……うぅん…」
「あなたの胸は私のものだったんです。しばらくの間、あの子に貸してあげているだけで」
子供のような嫉妬をしてみせる彼に苦笑する。
今日一日は乳児に付きっ切りだったからしょうがないだろう。
胸に吸い付く彼の頭を優しく抱いてやる。
「甘えっ子さんですね」
肌を重ねるのは気持ちよい。足を絡め、腕を絡め、お互いの温度を確認する。
「ん、甘くて美味しいですよ。これは確かに夢中になりますね」
口の中に広がる甘さをじっくりと味わい……不意にほっぺを何か柔らかいものによって押された。
「あー、だぁ〜」
横を見れば、彼のほっぺを手で押しのけようとしている乳児の姿。
頬を膨らませ、乳の所有権を主張しているのか。
「え、あ、もう起きちゃったの? もしかして一緒に寝たいのかな?」
「ちゃ〜うだぁ〜」
ぱちぱちと手を叩く。その姿は性欲より母性を優先させる行為であった。
「ごめんなさい。今日はこのまま寝ましょう。ね」
申し訳なさそうに謝る彼女に、一つ大きなため息をつく。
乳児と争う気は更々ない。それに、こんな光景を見せ付けられては、
元気になったモノも萎んでしまったし。
二人を抱き寄せた。彼女との間に乳児を置くようにし、腕で包み込んだ。
「全く……しばらく貸しておくだけですよ」
乳児の瞳を見つめ、呟いてみるが、当の本人はそんな事理解できていないだろう。
大きなあくびを一つ。うつらうつらと舟をこぎ……
――子供の寝顔には睡眠作用でもあるのか――
そんな事を考えているうちに、三人とも深い眠りについたのだった。
「へぇ、その赤ん坊が噂の……」
アメリカが興味深々で、ハンガリーの腕の中の乳児を覗き込んでいた。
その後ろで、各国も連なって覗いている。
――あれから数日。乳児の保護者も見つからず、いまだにオーストリアの家に滞在していた。
そして、世界会議の日。ハンガリーを一人家においていくこともできず、
乳児をつれて会議に参加したのだ。
すでにみんなの関心は乳児に向いており、会議の事などすっかり忘れているようだ。
「あーもう可愛いぞ。あいつにもこんな可愛い時代があったのになぁ。
どうしてあんなになっちまったんだか」
「俺んとこの子分は未だにめっちゃ可愛いで。やっぱ育児ってーのは重要やな」
昔の事を思い出し、少々ブルーが入ったイギリスに、止めを刺すようにスペインがさらりと答える。
悪気はないのだろうが、その言葉に涙目になるイギリス。
ぷるぷると震えるイギリスの顔に何か柔らかいものが触れた。
精一杯手を伸ばし、無垢な笑みを浮かべる乳児のものだ。
「お〜、こんな小さくても慰めようとしてくれるなんて、なんて可愛らしい少女。
大きくなったらお兄さんがお嫁さんにして……ぐっ」
乳児すらも口説こうとするフランスの頭に、ライフルの銃口が当たる。
固まったまま後ろを見ると、目の据わったスイスの姿があった。
「こんな幼い子供まで毒牙にかけようとするのだったら、容赦しなくてもいいであるな」
「ダメだよ。こんな小さい子に血の臭いを覚えさせちゃ。
……殺るんだったら別室行こうよ。僕も手伝うよ」
二大恐怖にフランスが凍りつく。首根っこつかまれたまま、スイスに引きずられていくフランス。
その後ろをにこにことついていくロシア。手にはしっかりと水道管を抱えたままで。
「……馬鹿だ。ま、あんな野郎いない方がいいがな」
口では憎まれ口をいいつつも、乳児の顔を見た途端、顔の筋肉が緩み、
珍しく素直な笑顔を見せるロマーノ。
そんな兄の姿に、つられて笑みを浮かべるイタリア。
「たく、可愛いじゃねーか。俺にも貸してみろや」
トルコは乳児を半分奪い取るようにしてから、腕の中に収めた。
はらはらと見守るオーストリアとハンガリー。しかし心配は無用だった。
妙に手馴れた様子で乳児を抱きかかえ、あやす。
「……トルコなのに……なんで」
「馬鹿野郎が。この俺を誰だとおもってるんでぃ。てめぇを育ててやったんは誰だと思ってるんだ」
トルコの言葉に、ギリシャは沈黙した。
気に食わないが、現に自分を育ててくれたのはトルコなのだ。
「うーあ? あぁ〜あーあ」
「ちょっ! てめぇ俺の仮面とんな!」
乳児の手がトルコの仮面に触れる。楽しそうに仮面をいじる乳児を止められそうにもない。
諦めて仮面を玩具にされるトルコの姿に、エジプトが珍しく笑みを浮かべていた。
「ほら、トルコさんに仮面返してあげてね。代わりにクマ五郎さん貸してあげるから」
「貸ストカ、オレノイシハ無視……耳ヒッパルナ」
ふかふかのクマ二郎さんの感触が気に入ったのか、トルコの仮面を放り投げる。
ぎりぎりでギリシャの猫がそれをキャッチした。
トルコが安堵のため息をつき、猫から仮面を取り返そうと手を伸ばし、
「みゃ?」
トルコの手を引っかき、部屋の外へと逃げていった。
「ちくしょう! キューバ、ちょっとこいつ抱っこしてろぃ! まてぇぇ!!」
近場にいたキューバに乳児を預け、慌てて駆け出す。
急に渡されたキューバは、少々戸惑い気味に乳児を抱きかかえる。
無意識にタバコに手を伸ばしかけ、乳児の笑顔にそれをどうにか抑えた。
恐る恐る乳児の顔を見る。子供受けする顔ではないから、
泣かれてしまうかと心配だったのだろう。
しかし、クマ二郎さんを抱っこし、ご機嫌らしい乳児は、
キューバにも満面の笑みを向けてくれた。
「…クマ可愛いか。そうか」
「うーだ〜あぅ〜」
ほっと安堵のため息をつく。
クマ二郎さんの耳をしゃぶったり、手をひっぱったり、尻尾にかじりつく姿に一同は和みを覚え……
「ふぇ? う〜」
急に不機嫌そうな顔になる。小さく声をあげ、肩を震わす。
慌ててあやそうとするが、どうしていいか戸惑うキューバを尻目に、
とうとう乳児は大声で泣き出した。
「おい、俺何もやってねーぞ」
「あっと、そろそろご飯の時間みたいですね。お隣の部屋借ります」
時計を確認し、キューバから乳児を受け取った。
みんなに一礼すると、隣の部屋へと向かい……
「あの、私たちもご一緒してよろしいですか?」
遠慮がちにリヒテンシュタインが声をかけた。その後ろで、
他の女性陣も期待した目で見ていた。
子供はできないと分かってはいても、心の奥に潜んでいた母性本能がくすぐられたのだろう。
ハンガリーはにっこりと微笑むと、大きく頷いた。
そして、女性陣は隣の一室へと消えていく。
……数人の野郎どもがそっと後をついていった事に気がつかずに。
服のリボンを外し、胸をはだける。
乳首を泣き叫ぶ乳児の唇に触れさせれば、必死に吸い付く。
最初は泣き顔だったのが、やがて安らいだ表情となり、静かにすい続ける。
「……赤ちゃんって可愛いっすね」
机に頬杖をつき、授乳する姿をうっとりとした表情で見つめるセーシェル。
おなかが一杯になったのか、口を離し、満足そうに笑う。
育児になれたのか、食後のケアも忘れない。軽く背中を叩き、ゲップをさせる。
「手馴れてるなぁ。ハンガリーはんがママで幸せさんやな」
「あいっ!」
ベルギーの言葉に手を上げてお返事をする。
あまりに可愛い仕草に一同の顔に笑みが浮かんだ。
「そうねぇ。あ、ハンガリーちゃん、私にもだっこさせてくれる?」
「いいですよ」
ウクライナが乳児を抱き上げる。
腕にかかる気持ちよい重さ。胸の奥に熱い物がこみ上げる。心が安らぐ。
恐々覗き込んできたベラルーシ。まるで得体の知らないものに触れるように、
指先で乳児の頬を突っつき、
「ベラルーシちゃんも抱っこしてみる? はい」
突然渡され、戸惑うが、腕の中で警戒心もなく笑う姿に、肩の力が抜けた。
きゅっと指をつかんで離さない乳児。
「……私が何かやるかもしれないのに……お気楽な奴」
ベラルーシにしては珍しく自然な笑みが浮かぶ。それにつられ、乳児も笑いだす。
女性陣の間に和やかな空気が流れ始め……
不意にベラルーシの瞳がきらりと光った。ドアの方を凝視し、乳児をリヒテンシュタインに手渡す。
突然預けられたため、少々慌てるが、それよりもベラルーシの行動が気になるのか、
ドアの方を見て、
「……畜生が」
素早い動きでナイフを投げつける。それはドアの隙間から覗いていた者たちの眉間に……
「そんなナイフぐらいよけられるしー」
飛んできたナイフを華麗に受け止め、にやついた笑みを浮かべるポーランド。
その後ろでは、目が座った状態のリトアニアが息を荒くしていた。
「ベラルーシちゃんと赤ちゃんだなんてものすごい光景。
はぁはぁはぁ、俺と子育て……いや、子作りしよう!」
今にも襲い掛かってきそうなリトアニア。
というか、すでに周りの光景など目に入らない様子で、ベラルーシに突撃しようとしていた。
ベラルーシは一つため息をつき、スカートの下に収納されていたナイフを取り出し、構え、
「ゴメンなさい! ゴメンなさい!」
涙目でリトアニアの首筋にすずらん(らしきもの)を突き刺す。
その途端、身体の力が抜けたかのように床に倒れこんだ。
「やっぱすずらんは効くしー。本当ならばピンクなら最高なんだし」
満足げに頷くポーランドの横で、冷静にリトアニアの身体を背負うエストニア。
大きく一礼し、
「お邪魔しました。それではごゆっくり。
……そしてご馳走様でした」
素早い動きで立ち去るバルト三国+ポーランドにあっけにとられ……しばらくたった後、
「って、もしかして授乳も覗かれていた!!」
叫ぶハンガリー。声にびくりと乳児が反応し、瞳に涙を浮かべ
「ふにゃぁぁぁっ」
元気に泣き出す乳児。慌てる女性陣。
窓の外では強い太陽が辺りを照らし……今日もなんとなく平和みたいです。
「この子がハンガリーとオーストリアの子供ですか?」
「おおっ、可愛いんだぜ!」
妙にハイテンションのシーランドと韓国に囲まれ、
そそくさとハンガリーのスカートの影に隠れる幼女。
ちょこんと顔をだし、頭を下げる姿が非常に可愛らしく、更に二人のテンションが上がった。
逃げ惑う少女を二人が追い掛け回す。
――あれ以来、オーストリアの家に客人が来ることが多くなった。
ほぼ毎日のようにやってくる客人に、少々辟易しながらも、悪くはなかった。
可愛らしい娘を自慢できるのだから。
「すみません。韓国さんってば妙にテンションが上がってしまって……あ、これ手土産です」
来訪時のマナーはしっかりと心得ている日本が手土産を手渡す。
ちらりと来訪者を見る。亜細亜組が8人と2匹。北欧組が6人と2匹。で、ここに3人と3匹。
もし、ドイツとプロイセンが来ても予備はある。
韓国とデンマーク辺りが人の倍は食べるとしても、十分に足りる。動物用のおやつも持ってきた。
「かーしゃまぁ〜」
ぺてぺてとハンガリーに駆け寄ろうとする少女の前に立ちふさがっていたのは、
丁度ハンガリーに手土産のサルミアッキを渡そうとしていたスウェーデンだった。
背は高い、顔は怖いで、子供には好かれる事はない。
自覚はしている。だからどけてあげようと右によける。だが、少女も同じ方向に避けた。
仕方なしに反対によければ、少女も反対に移動する。
親切のつもりなのだが、どうも裏目に出てしまう。泣きそうな少女をスウェーデンは抱き上げ、
「んっ。任せる」
子供受けしそうなフィンランドの前に降ろす。
「えっと……な、泣かないでください。
ね、スーさんああ見えて怖い人じゃない……と思うんですけれど」
少し自信なさげなフィンランド。
自分で言っておいて、何となく気分が落ち込んだのは気のせいだろうか。
慰めになってない慰めに、少女の瞳に涙が更に浮かび、
「あな〜大丈夫ですよ」
「タシデレ〜お嬢さんのお名前はなんていうんですか?」
亜細亜の癒し系コンビ、微笑みの青年タイと、温和なチベットが少女の前にしゃがみこんだ。
人懐っこい二人の笑みに、少女の涙が消えていく。少女の顔にも笑顔が浮かんできて
「あたちのなまえはね、チェィラゴムでしゅ」
「チェィラゴム? 変わった名前だべ。どういう意味なんだんずな?」
ノルウェーの言葉に、ハンガリーとオーストリアは顔を見合わせ、照れた笑みを浮かべる。
「えっと、特に名前は考えていなかったんですが……
私の家の風習で、子供を呼ぶ際に、名前の変わりに『CSILLAGOM』って呼ぶんですよ。
意味合いは『星』なんですけれど……この子、自分の名前だと思っちゃったらしくて」
「よーし、こどもは外行って遊ぶべぎだ。出っと。行くぞ」
テンションの上がりまくったデンマークが少女を小脇に抱え、部屋を出て行った。
その後を苦労人のフィンランドが追いかける。
「じゃ、外でお茶会にしましょうか」
「あ、それいいですね。私もお手伝いします。特製のお茶いれますよ」
「……まあ、荷物運びぐらいなら、あたいでも」
ハンガリーの提案に、台湾が同意し、ベトナムもまんざらではない表情で手伝いの宣言をした。
女性陣が台所へと消えていったのを確認すると、
日本がオーストリアの横へとさりげなく移動する。
「……ところで、他の方にきいた話だと、少し前はまだ乳児だったらしいじゃないですか。
で、数日でこんなに大きくなったなんて……少々不思議ではありませんか?」
「それは……まあ、あの子自体が不思議な子ですから」
納得できなそうで納得してしまう言葉に、日本は苦笑した。
楽しそうな一同の顔を眺め、あまりに馬鹿馬鹿しい質問だったと肩の力を抜く。
「ま、そうですね。では、外に行くとしますか。
デンマークさんを暴走させておくと、何しでかすかわかりませんし」
オーストリアが一つ頷くと、外に目をやる。家の外から聞こえる笑い声。
楽しそうな声に目を細め、ゆっくりと歩き出した。
――そして部屋に残されたアイスランドがやっと目を覚ます。大きくあくびをし、
だるそうにみんなの元へと向かった。
熱い日差しの下、少女は草原を駆け回る。
楽しそうに幼い白虎を追いかける。その傍をぽち君と花たまごが追いかける。
素早く逃げる白虎を必死に追いかけ……何かにつまずいて派手にこける。
心配そうに駆け寄るぽち君と花たまご。
白虎も寄ってはくるが、少女はそれどころではないようだ。
膝に負った傷を見て、涙が大きな瞳にたまり始め……
「ウォン!!」
大きな犬の声にびくりと反応した。少女に近づく3匹の大きな犬に少しだけ怯える。
大人に助けを求めようとしたが、大人達は微笑ましく眺めているだけ。
ずんずんと近づいてくる犬に目をつぶり……
首元に違和感。そして、身体が宙に浮かんだ。
手の平にふわふわな感触。目をあければ、先ほどの犬の背中に乗せられたようだ。
「うわぁ〜わんちゃんやさしいねぇ」
きゅっと抱きしめると、柔らかな毛並みが実に気持ちよい。
横を見れば、先ほどの2匹も傍にぴったりとついている。
もし転げ落ちても、クッションになるように待機しているのだろう。
とことこと大人たちがお茶をしている木陰まで歩み寄り、ハンガリーの前で足を止めた。
ハンガリーの手が犬の頭を優しく撫でる。
「ありがと。ブラッキー。つれてきてくれたのね。
ベルリッツもアスターもありがとう。本当、貴方達は優しいわね」
犬達の鼻に口付けをし、ブラッキーの背中から少女を下ろした。
膝に負った擦り傷に少し眉を潜め、
「これくらいの傷ならば、我の傷薬で一発あるよ」
覗き込んできた中国は懐から何やら傷薬を取り出した。
指ですくい、少女の膝に手を伸ばし……
「こんのぉーロリコンが! この子に触るなです!」
台湾の右ストレートが中国の頬に決まり、勢いよく吹っ飛ぶ。
あっけにとられている一同。その中の一人がむっくりと立ち上がり、
台湾の右手をつかみ、高らかに空へと掲げた。
「ウイナー、台湾」
「ちょっ、香港さん、やめてくださいっ」
我に返った台湾が頬を赤らめる。何が悪かったのか理解できず、首をかしげる香港。
相変わらず考えが読めない香港に、
日本は苦笑を浮かべ、手早く中国の薬を膝に塗ってやる。
「全くもう、香港さんったら。あら?」
無言のアイスランドが、手に何かをぶら下げていた。
耳を伏せ、すまなそうな表情をした白虎が、首根っこをつかまれていたのだ。
「……こいつ、俺の後ろでパフィン狙ってたんだけど。飼い猫の面倒はしっかりと見てよ」
「みゅ〜ん……」
狙っていたわけではないと思うし、そもそも猫ではない。
でも、とりあえず、謝罪の言葉を述べると、彼の手から白虎を受け取った。
腕の中で身を小さくする白虎の頭を撫でる。
「そっか。あなた、あの子を怪我させたと思って謝りたいのね」
長年一緒にいた友達だ。それくらいの事は言葉がなくてもわかる。
白虎を腕に抱え、少女の前にまでいくとしゃがみこむ。
「ごめんなさい。怪我させちゃって」
「ううん、あたちがわるいの。そのねこしゃんはわるくないよぉ」
やっぱり猫扱いに、白虎は少々不満そうだったが、少女の笑顔にしっぽをぴんと立てる。
元気になったようだ。
「よーし、またあそぼーよ。ね」
ハンガリーの膝から飛び降り、草原を再び駆け出す少女。それを追うように動物達も走り出し。
「……行きたければ行けば?」
そわそわとしてきた肩のバフィンに声をかける。
アイスランドの言葉に大きなくちばしを傾け、羽ばたかせた。
少女と動物達が草原で駆け回る。
何と平和な光景なのだろう。
優しい眼差しで少女を見つめるオーストリアの肩にそっとよりかかる。
「……私、幸せです」
「……ええ、そうですね」
その日々が長く続けばと願っていたのだけれど。
その日は朝から雨だった。
数日前から振り出した雨はやむ気配を見せず、降り続いていた。
どんよりとした空をみつめ、一つため息をつく。
「早く晴れてくれませんかね。またあの子とピクニック行きたいです……」
ここ数ヶ月は雨も降らず、外に遊びに行く事が多かったのだが、雨が降ってはどうしようもない。
「ま、今日は静かに家で過ごす事にしますか。ところで、あの子は?」
「まだ寝てます。昨日はしゃぎすぎたんでしょう」
眠る少女の姿を思い出し、笑みを浮かべる。
「ところで、今日の朝ごはんは何が……あれ?」
窓の外、雨のしぶきの中、何かが見えた気がした。
窓辺により、目を凝らし……
――そこにいたのは雨の中佇む少女。
先ほど見た時より、背が高くなり、髪も長くなっている。が、見間違いようもない。
自分達の娘だ。
「あれ? さっきまでそこで寝てたわよね。まあいいわ。ほら、風邪引くからおうちの中に……」
「――ゴメンナサイ。もうお別れなんです」
少女の口から出たのははっきりとした別れの言葉。
二人は動きを止め、しばらくしてから乾いた笑いを浮かべる。
「そんな冗談面白くありませんよ。おとなしくこちらに」
「……ありがとう。お父様。私、幸せでした」
悲しみを抑え、搾り出す声。雨ではっきりとは見えないが、肩が微かに震えているのがわかる。
「お母様、少しの間ですけれど、一緒にいれて嬉しかったです」
「やだ。冗談は辞めて! 早くこっちに」
窓から手を伸ばし、少女の腕をつかもうとするが、もう少しの所で手が届かない。
「最後に……私を本当の名前で呼んでくださいますか?
私の名はノイジードル。お母様の言葉だと、フェルテー」
「最後なんていわないで! 帰るの! お願いだから! フェルテー」
「そうです。ほら、私たちの元に。ノイジードル」
少女の名前に、何かがよぎったが、今はそんな事を考えている暇はない。
家を、自分達の元を去っていこうとする少女を引き止めなければならない。
彼は雨に濡れるのを気にせず、窓から外へと出た。身体を容赦なく打ち付ける雨。
一歩、二歩、少女に歩み寄り……
「ありがとうございます。本当に……貴方達の子供でよかったです」
満面の笑みで。精一杯の笑みを浮かべ、少女は彼らに背を向けた。
雨の中、駆け出す少女。それを必死に追いかける。
足元がぬかるんでいようとも、息が苦しくなっても、ここで少女を追いかけないといけない。
親なのだから、愛娘を守るのが役目だ。
自分がどんなにぼろぼろになろうとも。
雨の中、消えそうになる少女の姿。必死に目を凝らし、ハンガリーの手を握り締め、走り続ける。
靴が脱げ、足の裏が痛い。雨水が容赦なくたたきつけ、目にしみる。
どれくらい走ったのだろうか。少女が突然足を止めた。
大きな湖の前で。
後ろを振り返り、驚いた表情。そして彼らを心配する表情へと変化した。
彼らは荒くなった息を整えることもせず、手を差し伸べる。
愛おしい者たちの手。それにもう一度触れたい。
しかし、そこで触れてしまっては、決意が揺らいでしまう。
「さあ、帰りましょう。ノイジードル」
と、そこで思い出した。その少女の名前の意味を。
そして、少女が立っている湖の事を。
「もしかして……ノイジードルとは湖の……」
彼の言葉に、少女は小さく頷いた。
「そう、私はこの湖。お父様とお母様の間に存在する湖です。
……水が無くなって、小さくなってしまって……
微かな奇跡によって、お父様達の元に……
嬉しかった。お父様達に受け入れてもらって。お父様達の娘にしてもらえて。
皆に会えたのも楽しかった。本当なら……もっと傍にいたかった。でも……」
波立つ湖を寂しげに見つめる。
「……もう時間みたいです。ありがとうございます。
そして、ゴメンナサイ。悲しませて」
手を広げ、湖に倒れこむ。
手を伸ばし、それを止めようとするが、間に合いそうに無い。
「やだ! いっちゃやだ! 貴女は私の娘なんだから! 私とオーストリアさんの娘なんだから!」
泣きじゃくり、湖に飛び込もうとするハンガリーを優しく抱き寄せる。
そして――少女は笑顔のままで……水に溶けて姿を消した。
「チェィラゴムが。チェィラゴムが。私とオーストリアさんの子供が……」
泣きじゃくるハンガリーを胸に抱き、帰路につく。
雨は止み、雲の隙間から太陽の光が注ぎ込む。
きらきらと光る木々。本来ならば、心に染みる光景なのだろう。
だが、今はその太陽ですら、彼らには眩しすぎる。
「ほら、泣き止んでください。そんな泣いていたら、あの子も心配しますよ」
赤くはれた瞼にキスを落とす。
しかし、涙は止まりそうにない。
正直な所、彼も泣きたいのだが……
ここで泣いてしまっては、あの子を心配させる事になってしまう。
気力を振り起し、歩み続ける。
一緒に遊んだ森、一緒に駆け回った林、水遊びした湖、
そして……一緒に過ごした屋敷が姿を現した。
ドアに手をかけ、一瞬動きが止まる。
もうこの扉を開けてもあの子の『おかえりなさい』の声が聞こえないのだ。
からんとした空虚のような室内。彼の足音だけが空しく響く。
『前と同じになっただけ』
そう自分に言い聞かせてみても、心の奥に空いた穴は埋まりそうに無い。
二人の寝室へとたどり着いた。反射的に少女が寝ている姿を探してしまい……ため息を一つ。
優しくハンガリーをベッドの上に置き、彼女の胸に顔をうずめる。
微かに肩が震えている彼を強く抱きしめ、彼女も涙を流す。
二人の嗚咽の声だけが、辺りに響き……
「……あの子が初めて喋った言葉って覚えてますか?」
寝転ぶ彼に腕を絡め、胸板に耳をくっつける。優しい鼓動が気持ち良い。
いつしか、濡れた服を脱ぎ捨て、二人は裸体になった。
あのままでは身体が冷えてしまうし、何よりも誰かのぬくもりが欲しかったから。
まだしっとりと濡れている彼女の髪を手で梳き、笑みを浮かべた。
「覚えていますよ。『たのちしゅぎるぜー』でしたね。あのプロイセンの口癖の」
おでこにキスをし、くすくすと笑みをこぼす彼女をベッドに仰向けにさせる。
首筋を吸い上げ、赤い痕をつけた。
「あの後、馬鹿をしばらく家から追い出して……ふふっ、少しあいつには悪いことをしましたね」
腕を首に回し、唇を重ねる。
「いいんですよ。いつも私たちの邪魔をしてくださるんですから。いい薬です」
豊かな胸に舌を這わし、つんと天を向く乳首を口に含む。
両手で乳房を包み込み、ゆっくりと揉みあげる。
「さすがにもう出ませんか。もう少し味わいたかったんですが」
「もう出ませんって。……そういえば、あの子が来てから、しばらくやれませんでしたね」
くすぐったそうに微笑む彼女の乳房を両手で揉み、唇をゆっくりと下へと移動させていく。
「そうですね。いつもいいところで邪魔してくれたから。
しばらく一人楽しい日々が続いたんですよ。プロイセン専売特許の」
甘い声が可愛らしい唇から漏れる。
秘所からあふれ出した蜜を指で拭い、小さな豆を優しく指でつまむ。
「……んっ、そうだったんですか? それならば、お手伝いしたのに」
「性欲より、育児の方が優先ですよ。それに……母性に満ちた貴女もとても魅力的でしたから」
顔を赤らめる彼女の唇を奪う。
じっくりと口の中を味わいながらも、秘所をいじる手は止めない。
とめどなく溢れ出す蜜を指に絡ませ、柔らかな耳たぶを軽く噛んだ。ぴくりと身体を震わせる。
「ふぁ…ん…楽しかった…ですね。皆でハイキング」
「イタリアとアメリカがきっちり遭難して、ドイツの犬が捜索して。
でも、あの子はかくれんぼだって嬉しそうに」
抱きあげ、膝の上へと乗せる。
白い背中を指でなぞり、女性らしい柔らかな臀部を両手で包んだ。
「くぅ……ん…花畑で…」
「ああ、綺麗な花冠を作ってくれましたね。
そこで、可愛い私の娘を口説こうとするフランスの鼻にミツバチか止まって」
「ふふっ、そうそう。鼻が真っ赤になって。……んっ、みんなで笑って」
自ら少し腰を浮かせる。そそり立つ陰茎を手で支え、腰をゆっくりと落としていった。
深く中へと進入する感触に、甘い声をあげ……涙がこぼれた。
溢れる涙を手の甲で拭うが、止まりそうに無い。
「や…ゴメンナサイ。もう笑えると思ったのに。もう大丈夫だと思ったのに」
しゃくりあげる彼女を強く抱きしめる。腰を動かさずに、ただ彼女が泣きやむまで。
「……また、会いに行きましょうね」
背中を合わせた状態でハンガリーがぽつりと呟いた。
「……そうですね。また皆で」
柔らかい肩を後ろから抱きしめる。
温かい身体。もう一度つながりたくて、首筋に唇を落とす。
先ほどは挿入しただけ。濡れた秘所を指でいじり、彼女の腰を浮かせ……
不意に机に散らばった封筒が目に入った。
イギリスが冗談でくれたフレンチレター入りの封筒。
妊娠などしない者たちにとって、意味の無いものだが。
「……今だけは……私たちの娘はあの子だけだから。
貴女の胎内にあの子以外が来てほしくない」
袋を破こうと手に取り……彼女の手が静止させる。下腹部を優しく撫で、
「私も……ここにはあの子しか来てほしくないです。だから貸してください」
唇で袋を破る。使ったことのない避妊具に、少々戸惑いながらも、陰茎をしっかりと包みこんだ。
うっすらとゴムの香りがする。違和感のある下半身。
こんなものは無い方が気持ちよいに決まっている。どうせ必要ないものなのだから。
しかし……
「今日だけは……あの子の為に」
膣内にゆっくりと挿入される。薄いゴムが、微かに刺激を阻害する。
いつも直接感じる温かさが。濡れる感触が。それが無い。
だが、それよりも、お互いを大事に思う心。そして愛娘を愛する心が。
その一枚の障害すら、更なる快楽を生み出す。
「んっ……あっ…オーストリアさんオーストリアさんっ!」
「ハンガリー…愛してます。心から」
肌を合わせ、唇を合わせ、強い刺激が身体を震わせ……
今日だけは、彼女の中を汚すことなく、精を吐き出した。
「あーもう、デンマークさん、木に登らないでください!
セーシェルちゃんもワンピースのまま、湖で泳がないで」
ハンガリーの声が響き渡る。いつもは静かな湖畔に、皆の笑い声が響き渡る。
ピクニックシートを広げた上には、各国の料理がならぶ。
注意するのに疲れたハンガリーが、シートの上に座り込むと、
横からコーヒーがすっと差し出された。
その手からコーヒーを受け取り、そっと彼に寄りかかる。静かに微笑むオーストリア。
「……今日はこんなに賑やかだから、あの子寂しくないですよね」
澄んだ湖を優しい瞳で見つめ……その湖に新たに飛び込んだ人影に苦笑を浮かべた。
「寂しいと思う暇なんて無いでしょうね。このメンバーが集まれば」
個々好き勝手に騒ぎまくる一同をまぶしそうに眺める。
今日は青空。絶好のピクニック日和だ。
ある者は走り回り、ある者は湖に飛び込み、ある者は食べることに夢中で。
暖かな日差しが気持ちよい。シートに二人横たわる。
くすくすと笑いながら、手を絡め、腕を絡め、唇を……
「……あ、すいません。私あちら行きますので、どうぞ」
困った表情の日本が視線を逸らし、ポツリと呟いた。
周りではによによとした笑みを浮かべているフランスやらイギリスが楽しそうに眺めていて。
「やっ……もう」
顔が赤くなり、少しだけオーストリアと距離を置く。でも、指先はくっつけたままで。
「ちぇっ、つまんねぇ……あ、日本、いいもん持ってるじゃねーか。
それ、世界のSONY製のデジタルカメラだろ」
日本が首からぶら下げていたカメラを目ざとく発見し、イギリスが興味深気に観察する。
きらきらとした目を向けられては、さすがに使わないわけにも行かないだろう。
元々、皆の写真をとるために持ってきたわけなのだから。
「では、折角なので、皆さんが揃った写真でも撮りましょうか。そうですね、この湖をバックにして」
手際よく三脚をセットし、一同を一箇所に集めた。
フレームを覗き込む。オーストリアとハンガリーを中心にあわせ、カメラを調節する。
「それでは皆さんとりますよ」
タイマーをセットし、急いで輪の中へと駆けていく。数秒後、フラッシュが一同を照らし出した。
とり終え、日本が画像を確認し……ある部分を見て、首をかしげ、やがて静かな笑みを浮かべた。
「撮れたんですか? 見せてくれませんか?」
覗き込んでくるハンガリーから、画面をさえぎる。
「現像して送りますよ。それからのお楽しみということで」
「えーずるいですよぉ〜」
それでも覗こうとするハンガリーを避けながら、日本はぼんやりと考えをめぐらせる。
この写真をどれくらいに拡大するか。どんな額に飾るか。
そして……送ったそれを見た時の二人はどのような表情を見せるだろうかと。
後ろ手に隠すカメラの画像。
――それは親子三人が楽しそうに微笑む姿だった――