「葉巻くれへん?」
懐かしい声に、キューバは顔をあげた。
目の前で静かな笑みを浮かべている女性を目にし、笑みを返す。
「久しぶりじゃねぇか。相変わらずいい女だな。ベルギー」
昔と変わらぬ態度の彼に、ベルギーは苦笑を浮かべた。
「相変わらずやすな。元気で何よりやわ」
柔らかい彼女の手が、彼の手に触れる。
後ろから鋭い視線を向けているスペインに気がつかれぬよう。
「ほして、葉巻くれへん?」
それは合図。
「今、手元にねぇ。俺の部屋に取りに来い」
変わらぬ合図。
「じゃ、取りにいくん。
親分、ちょい行ってくんな」
優雅に微笑むと、席をたったキューバの後に続いて、会議室を後にした。


唇が重なる。葉巻の味のキス。
黒い肌と、白い肌が重なる。
腕を絡める。
強く抱きしめ、身体の中へと侵入する。
お互いに無言のまま。
時折、唇から熱い吐息がもれる。
荒い息使い。
華麗に淫らに踊るベルギーの腰を引き寄せ、精を放った。

 

 

「……ちょっい太った?」

腕の中で初めて発した言葉は、色気も何もないものだった。
澄んだ金色の髪をくしゃっと撫で、机の上の葉巻に手をのばす。
「うるせぃ。アイスクリームが主食で何が悪い」
口にくわえた葉巻に火を灯す。
立ち上る紫煙。気怠い雰囲気も、何となく心地好い。
久しぶりに感じる彼女の体温。変わっていない身体の感触。
変わってしまったのは、二人の関係だけ。

「ね、何であの日から会ってくれなかったん?」
くわえていた葉巻を捕まれ、口から離された。
そして、その葉巻を彼女が口にする。
軽く煙を吸い込み、
「変わんないやな。葉巻を噛む癖。
あれだけ止めなさいって言うたのに」
「うるせーな。お前こそ変わんねーな。大人しいように見えて、結構ずばずばいうところ」
「兄者達があんなんやし、しょうがないやろ」
口の減らない可愛い彼女の唇から葉巻を奪い、もう一度口付け。
口の中をじっくりと味わう。少しだけ、自分と同じ葉巻の味がする。


ちりちりと葉巻が灰になる。
他の国に売れば、良い値段になる葉巻を、味わう事なく、ただ空気に晒し、消費してしまう。
消えかける火。もし消えたとしても、新しいのを吸えば良いと、頭の中でぼんやりと考え。
本来は贅沢な事なんだろう。
だが、葉巻など、ただの嗜好品。そこにあるから、口にくわえるだけ。好きでもなんでもない。
彼女は……どうなんだろうか。
側にいたから抱いた。それだけ……なのか?

 

「ね、私は会いたかったんや。なのに何で?」
身体の上にのしかかってきた。
豊かな乳房が胸板に潰され、形を淫靡に変える。温かな体温。
「あ?何となくだよ。お前とは本気じゃないって、最初に言っただろ」
太腿を起こし、彼女の脚の間に入り込む。
しっとりと濡れた茂みは、足の刺激に敏感に反応し、精液混じりの蜜が溢れた。
形の良い尻に手を回し、柔らかな肉を揉む。

「最初はな。親分に支配されたモノ同士の傷の舐め合いやったから」
手から逃れるよう、足元に移動すると、いきり立ったモノに唇を落とした。
上目遣いでちらりと彼を見て、手で支えながら舌をはわす。
「んっ…今、ううん、あの時は違った。あんたに抱かれるんが幸せで。
あんたに会った後、いつも親分に無理やりヤられもしたけど……そんでもやめられなくて」
少し癖のある金色の髪に指を通す。さらりとした感触が気持ちよい。
「ああ。ロマーノにはあんなに甘いのに、俺らには厳しかったな。
そのせいで、まだ傷痕残ってるぜ」
左胸、心臓近くの古傷を指差す。たおやかな彼女の指が、その傷をなぞりあげる。
傷に唇を重ね、強く吸い上げる。傷痕の上に赤い印。
「あの方も悪い人ではおまへんの。寂しがりやなだけ。そやしロマーノちゃんにはあんな甘くて」
お返しといわんばかりに、首筋に強く吸い付く。
わざと他人に見えるところに痕をつけるのは、所有を象徴したいというのが、表面に出てしまったのか。

彼女に対しては淡白な振りをしているつもりだったのだが。
「ああもう、こんなとこに。親分に見つかったらまたお仕置きされちゃう」
そうはいいつつも、楽しそうにくすくすと笑みをこぼし、
「実はお仕置き嫌いじゃないんじゃねーか?」
「お仕置きより、今、こうしとる時が一番好きやし。
この時間のためならば、お仕置きぐらい怖くない」
もう一度、身体を寄せ合い、強く抱きしめ。
精を吐き出す為の行為を行う。


身体の上にのってきた彼女の腰を導き、奥深くに進入する。
揺れる胸をわしづかみにし、背中に手を回す。
感情はできる限り押さえ、淡々と。
愛の言葉など口にしない。口にしてしまったら、感情が決壊してしまうから。
ただ、今は利害が一致したもの同士の行為。それだけでしかない。
彼女の口から甘美な声がこぼれる。
その声を頭の片隅に刻みつけ……二度目の精を放った。


「で、会ってくれなくなった理由は?」
「んなのしらねぇよ」
服に袖を通す彼女に背を向け、そっけなく返事を返した。

何本目かの葉巻に手を伸ばす。
吸い口を小さくカットする。行為の後は、強い味を好むから。
ライターに火を灯す。葉巻に火を直接当てないよう、ゆっくりと回しながら角だけにつくように。
葉巻を咥え、軽く息を吐き。

次はいつ会えるかわからない。だけれども、これ以上馴れ合うつもりもない。
「ほれ、着替え終わったらとっとと行け。葉巻の匂いが服に染み付く前にな」
「うちはこの香り好きやなぁ。もちろん貴方も」
後ろから抱き着いてくる。服越しに感じる彼女の体温。
「抱きつくな。どっかいけ」
うっとおしそうに彼女の腕を払いのける。
そんな事をされても、それは本心ではないと知っているから。
頬に触れる彼女の唇。遠ざかる気配。
「うちは愛してはる。忘れんといて」
ドアが閉まる。部屋の中に残された男。
紫煙が燻る。薄暗い室内に、葉巻の火の色だけが寂しげに光を放つ。

 

「……彼女と会ったんだろ」
廊下ですれ違い様に声をかけてきたものがいた。
男をにらみつけると、吐き捨てるように言う。
「さぁな。女なんかたくさんいすぎて、どの『彼女』かなんてしらねぇよ」
「昔に愛着抱いていた彼女だよ。いつの間にか興味なくなったみたいだけど」
胃がむかむかする。この男と話しているだけで、周りのあざやかな色が消えていく。
本当ならば、その緩んだ頬を殴りつけてやりたい。
だが、ここで暴力行為にでたら、男の言葉を肯定する結果となる。
彼女と会っていた事を知られたくないから。
「うっせぇな。俺の前から消えろ」
「はいはい。じゃ、俺はこれから会議に参加するから。ヒーローは忙しいんだよ。君と違ってね」
軽い口調の中に混ざった毒。
毒が自分だけに向けられるならば、波打つ毒杯だって飲み干してやる。
立ち去る男……アメリカを睥睨し、口に咥えていた葉巻を指に挟む。
歯型につぶれた吸い口。

立ち上る煙の中に、昔の記憶が蘇った。
スペインから離れ、アメリカに支配され続けていた時代。
その中でも、ベルギーと逢瀬を続けていた。
傷の舐めあいから、いつしか愛を確かめ合う仲に。
しかし……アメリカの視線に気がつきはじめた。
支配するモノの愛する存在への興味。
そのまま放っておいたら、力ずくでモノにされていただろう。
そしてぼろぼろになって捨てられるのは目に見えている。
だから――

「アメリカの馬鹿にとられたくねぇから、会えなくなっただなんて、情けない事いえっかよ」
消えてしまった葉巻にもう一度火を灯し、彼は自嘲気味に呟いたのだった。








2009/07/24初出
子分同士のキューバとベルギーもの。
『ロマーノ以外には厳しかった』という設定が頭にあったので……ちょっと黒い親分だったりします。
滋賀弁は難しかったです。








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