泣き続ける少年。
昼間は笑ってはいるが、夜になると聞こえてくる泣き声。
声を押し殺しているつもりだろうが、静かな夜には屋敷中に響き渡っていた。
月が神秘的な今宵もまた。
ベッドの上でシーツを抱きしめ、泣き続ける少年。
やがて泣き疲れたのか、瞳が虚ろになり、やがて規則正しい寝息へと変化していった。
それを確認したのか、誰かが扉をあけ、部屋の中へと入ってくる。
長い栗色の髪の上で、華飾りがゆらりと揺れた。
心配そうな瞳で、泣き寝入りした少年を見下ろし。
「……イタちゃん、寂しいわよね」
ベッドに腰掛け、頭をなでる。
温かな手の感触に、少年の顔が和らぐ。
温もりを求め、彼女の手を掴み、頬にすりよせる。
「……ローマじいちゃん……やだよぉ、いっちゃイヤ……ふぇ」
閉じた瞳から、溢れ出す涙。

――ローマ帝国は滅びた――

その話を耳にしたのはいつだったか。
きっと彼……イタリアの耳にも届いただろうが、昼間はいつものように。
夜になると、声を押し殺し、泣きくれる。
悲しむ姿を彼女達に見せぬよう。
大好きだった者が居なくなるのはどんなにつらい事だろう。
それでも、彼女たちの前では笑顔を保ち。
「……イタちゃん、無理しないで」
優しく頬を撫で、顔を近づけ。
頬にキス。
彼女の香りに身をよじり、幸せそうな笑みを浮かべた。
その笑顔に彼女も頬を緩め、
「……涙が止まるおまじないよ」
もう一度、顔を近付け……
今度は少年の唇に重ねる。
短い時間だけ。
顔を離し、苦笑を浮かべ。
「もしかして、初めて……だったりね。ごめんね、イタちゃん。ふふっ」
静かに眠る少年を慈悲深く見つめ、安堵のため息を一つつき、起こさぬようにその場を後にした。

――その夜から、悲しみの涙が減った気がするのは……きっと彼女の気のせいではないだろう。

 

いつもの世界会議。
家の為に内職をしながら、話を聞き流し。
最近、寝不足だったからか、書類の影に隠れ、欠伸をかみ殺す。
反射によって溢れる一筋の涙。
特に気にせず、指で拭い。
「ハンガリーさん、ハンガリーさん」
小声でイタリアが手招きをした。
隣に座っているからと、軽く体を動かし、彼の近くへと寄っていく。
「なーに?イタちゃ……んっ」
書類が顔の横に差し出され、彼の顔が近づいてきた。
唇同士が軽く触れる。一瞬の事。
唇を押さえ、あっけに取られているハンガリーに、彼は心配そうに首をかしげ。
「涙が止まるおまじないだよ。
おうち大変なのはわかってる。俺にできることがあれば手伝うから。
ハンガリーさんの涙なんか見たくないんだ」
あまりに真剣な眼差しに『あくびをしただけ』という事ができず、少し頬を赤らめ、沈黙し。
「えっと、その……あ、そのおまじないって」
「このおまじない? えーと、誰かに教わったんだけど……誰だっけな?」
彼は首をひねり、頭の中に浮かんでくる誰かの顔を思い出そうとする。
しかし、中々思い出せない。
「んー、思い出せないや。あ、でも涙止まったみたいだね。よかった」
満面の笑みを浮かべて、見つめてくる彼の顔をまともに見ることができず、内職の花の中に顔を埋めた。

――もしかして、あれを本当におまじないだと思って……イタちゃんの前では泣かないようにしないと――

激しい後悔に襲われつつも、唇の微かな感触に少しだけ心が熱くなり……
再び頬が真っ赤になって、顔が上げることができず。

更にイタリアを心配させてしまったのは言うまでもないだろう。






初出 一年ぐらい前
イタリアとハンガリーさんの間柄は、おねーさんと弟っぽくて好きです。






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