穏やかな瞳。
物静かな微笑。
それが大好きだった。
にぎやかな騒ぎの中、少し困った顔で一同を眺める黒髪の青年の前に立つ。
しかし気がついてくれない。
手を伸ばす。頬に触れる。やはり気がついてくれない。
どうせ気がついてくれないならば……と。
目の前の机の上に乗る。前ならば『お行儀悪いですよ』と注意してくれていた所だろう。
彼女には少し高い机。着物から白い足が見えることになるけれど、気にしてはいけない。
机の下で尻尾を振る犬に、口元に人差し指を立て、にこやかに微笑んだ。
立てひざをつき、彼の顔に手を添える。
まずは頬に軽く口付け。ほんのと彼女の頬が赤くなる。
しかし彼は大きな反応は無い。
少し不思議そうに周りを見回し、すぐに真っ直ぐに前を向いた。
気がついてくれない寂しさに、頬を膨らませる。
彼のおでこを指で突っつく。
『日本ちゃんの鈍感』
ぽつりと呟いてみるが、やっぱり気がついてくれない。
顔をそっと近づけた。お互いの吐息がかかるぐらい。
最初は唇同士が触れる程度。さらりとした髪が頬にかかる。
それから可愛らしい舌の先端で彼の唇をつつき、少しだけ中に侵入する。
顔が熱い。爆発してしまいそうなほど。
でも、彼はいつものように涼やかな顔で。
唇を離す。
鈍感な彼も少しは変化を感じたのだろう。無意識に自らの唇を手で触れ。
微かに赤らむ頬。
やっと見れた恥じらいの表情に、彼女は満足気に微笑み。
もう一度、唇を重ねようと顔を近づけ。
「お前、何やってんだ!」
慌てた声とともに、首根っこを掴まれ、彼から離された。
逢瀬の時を邪魔され、少女は頬を膨らませてその人物を睨みつける。
『むぅ〜何で邪魔するの? イギリスちゃんの意地悪』
「意地悪じゃねぇ! 何で会議室で、キ……そんな事なんて!」
意外にそういう事に関しては真面目だったのか、
イギリスは少し頬を赤らめつつ、怒鳴り声をあげた。
一同の視線がイギリスに集中した。
だが、すぐに一同は何事も無かったかのように個々の仕事をし始める。
当たり前だろう。一同の瞳にはイギリスがぶら下げている少女の姿は見えず、
一人で怒鳴っているように見ているから。
更に、イギリスが何もいない虚空に向かって喋っているのはいつもの光景で。
だから、今更誰も気にも留めようとしない。
そんな当たり前の光景に、少しだけ涙を浮かべ、
しかし手の中の少女をもう一度にらみつけた。
「そもそも、何でこんなとこにいるんだ?
ぽちがついて来たから変だなとは思っていたんだが」
『んと、久しぶりに皆に会いたかったから。それよりも離してよぉ』
手の中でじたじたと暴れる少女を眺め、大きくため息をつく。
「たく、会議終わるまで静かにしてるんだぞ」
少女を解放してやると、彼女は満面の笑みを浮かべ、
再び日本の前に歩き出し、精一杯背伸びして顔を近づけ。
「だから、お前はこんなとこでそんな事すんじゃねぇ!」
『やだ。日本ちゃんが好きだからちゅーするだけだもん。イギリスちゃん、邪魔しないで』
「お前なぁ、こんな場所でこんな事……いい加減にしておかないと、俺も本気で怒るぞ」
『ぶー、怒ったって怖くないもん。あっかんべー』
挑発的に舌を出し、ぺたぺたとイギリスから離れる。
頭に血の上ったイギリスは彼女を追いかけ始め。
「相変わらず賑やかな方ですね」
一人元気に駆け回るイギリスを眺めながら、日本はぽつりと呟いた。
呆れ半分の笑みを浮かべて。
それから……先ほど唇に当たった不思議な感覚に首をかしげ、こっそりと頬を赤らめたのだった。
初出 約一年前
拍手お礼第一弾の日本×座敷童子でした。
二人はちょっと切ない二人ですが、それでも一緒にいられるかもしれないから、それなりに幸せかもしれません。
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