雪の舞い散る街中、人々は足早に家路につこうとしている。

その中、地図を見て途方にくれている男がいた。
地図をくるくると回しながら、目の前にある大きな道とにらみ合いをし……
大きなため息をついた。

「この地図は不良品ですね。
これならば、私の勘の方が正しいはずです」
ぽつりと呟くと、睨んでいた道に向け、一歩足踏み出す……と同時に、服の裾を誰かにひっぱられた。
危うくつんのめりそうになったが、どうにかバランスを建て直し、その原因を探ろうと振り返った。
ちょこんと佇むのはリヒテンシュタイン。

「おや?リヒテンシュタインどうなさったのですか?」
彼の言葉に彼女は視線を下に落とし、
「オーストリア様、そのまま行くと、川に落ちますよ」
彼女の言う通り、足を踏み出した先には、深い川が広がっており、止めてくれなければ川に飲み込まれていただろう。

気まずそうに足元と彼女の顔を見比べ、咳払いを一つ。
「足を踏み出す方向を誤ったみたいです。
それでは失礼しますね」
何事も無かったかのように、優雅に身を翻し、歩き始める。
それを背後から見つめる彼女は、行く先に視線を向け、首を傾げた。
「丁度、オーストリア様のご自宅に伺おうと思っていた所ですので、ご一緒させていただけますか?」
彼女の言葉に、曇っていた顔の顔に笑みが浮かんだ。
しかし、すぐに冷静になり、咳払いを一つ。
「それならば仕方がないですね。
では行きましょうか」
隣り合い、二人は歩き始めた。

さりげなく彼女の歩みより半歩ほど遅く。
しばらくは二人とも無言だったのだが、彼女の見上げてくる視線に気がつき、彼は何かを考え。
「そういえば久しぶりですね。エスターライヒお兄様とこうして歩くの」
そこまで言ってから、自らが出してしまった言葉に気がつき、口を抑えた。
「すみません。
もうそう呼ばないように気をつけていたつもりだったのですが」
「かまいませんよ。
その呼び名も随分と久しいですね」
目を細め、彼女の頭に手を軽くおいた。

「前に一緒に住んでいた頃は貴女もとても幼くて……」
「家の中で迷子になっている時、助けてくださいましたね。
でもその後、一緒に迷子になって……」
くすくすと笑い出す彼女とは逆に、頬を赤らめ、視線をそらす。
「あ、あの時の事はお忘れなさい。あの時は勝手に出現した壁が悪いんです!」
「それでは、今日は勝手に出現した川が悪いんですの」
気まずそうに眉を潜め、一瞬の沈黙後、
「私の記憶とは違う地図を作った業者がいけないんです」
我ながらムチャな言い訳だとは理解していた。
しかし、彼女は楽しそうに笑い。
「では、その地図業者に感謝します。
久しぶりにエスターライヒお兄様とこうして歩けたのですから」
満面の笑みを浮かべると、きゅっと彼の手を握りしめてきた。
懐かしい彼女の手の感触に、彼はまた目を細める。
「そうですね。貴女と歩くのも悪くありません」
ちらちらと降り注ぐ雪を見上げ、少しだけ手の力を強めた。
彼女の手を離さぬよう。

「そういえば、今年初めての迷子だったりしますか?」
からかうような彼女の言葉に、ずれた眼鏡を指で直し、そっぽを向いてみせた。
「これは迷子ではありませんよ。だから、まだ迷子になったことは」
「そうですね。エスターライヒお兄様は迷子になりませんものね」
笑う彼女。自然と握りしめる手にも力がこもる。

暖かな手。
幼い頃を思いだし、瞳の奥が熱くなる。
屋敷につく道が遠くなればいいなと思いながら。

それでも見えてきた屋敷の影に。
二人は寂しそうに笑みを交わした。




初出 一年ぐらい前
歴史的にはリヒもオーストリアさんのおうちにいたらしいので。





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