――誰かの泣き声が聞こえる――
日本の家に泊まるたびに、どこからか聞こえてくる声。
その声の正体は知ってる。知ってはいるが、どうすることもできない。
家主が留守にしているのだから、下手に関わるべきではない。
声を聞かないよう、布団にもぐりこみ……
枕元の妖精が、彼の髪を引っ張る。泣き声につられ、悲しげな顔で、ある方向を指差した。
その方向には、白い着物を着た少女がうずくまっている。
「わーってるって! 全く……」
小さな少女の扱いは苦手なのだが、妖精たちの哀しそうな表情は見たくはない。
どうせ、このままでは眠れそうにないだろうし。
「あー、いい加減に泣き止め。なっ」
少女の横にしゃがみ込み、頭を撫でてやる。絹のような髪質が気持ちよい。
ぴくっと驚いた顔で、彼……イギリスの顔を見ると、黒く大きな瞳に涙を浮かべ、胸に飛び込んできた。
どこか日本に似た雰囲気を持つ少女。
一瞬、娘かとも思ったが、あの日本に限ってそんな事はないだろう。
しゃくりあげる背中を優しく叩く。コ
レくらいの子供は一端泣き始めたら、そう簡単に泣き止まないのは知ってる。
一応、子育て経験はある。……失敗したに近かったが。
妖精たちも、慰めようと必死に少女の周りを飛び交う。
どれくらいたっただろうか。やっと少女は顔を上げた。周りで輝く妖精に、瞳を輝かせた。
「やーっと笑ったか」
微笑む姿に、少女は少し頬を赤らめ、視線を逸らす。
やはり、こういうところも日本にそっくりだなと思いながらも、ハンカチを差し出した。
「あ、ありがと」
戸惑いながらも、ハンカチを受け取り、はにかんだ笑みを彼に向ける。
少女の隣に座り込むと、ため息を一つ。
「で、何で泣いてるんだ? あ、話したくなければそれでいいんだぞ」
言葉に、再び大きな瞳に涙が溢れはじめ、
「に、日本ちゃんが…真っ白いとこで迷子になってるの…ふぇ…
ボク、座敷童子なのに……日本ちゃん守れないの。
寒いって言ってるのに、何もできないの……ボク…役立たずだよぉ」
再び泣き始めた少女を優しく抱きとめてやり、彼はぼんやりと考えていた。
――そういえば、今、日本はロシアと一戦やってるんだよな。白い所というと、吹雪か――
このまま泣き止むのを待っていてもいいが、それでは何の解決にもならない。
今、できることは少ないが、何か行動したい。
不意に窓の外を見る。大きな桜の木が月明かりに照らされ、神秘的な光景を映し出していた。
こういう時は、いつものおまじないが効くかも知れない。
「しゃーねぇな。ほら、外行くぞ。えっと、明りになるもんは」
立ち上がり、明りになるものを探す。足元に触れた何か柔らかい感触。
舌を見ると、白い小さな犬がロウソクをくわえて、尻尾を振っていた。
「確か……ぽちって言ったっけな。よし、お前もついてこい」
少女やら、犬やら、妖精やらを引き連れ、庭へと飛び出していく。
ウィルオウィスプにロウソクに火を灯させ、柔らかな明りの中、大きな桜の木の下へと来た。
「じゃ、俺のまねするんだぞ。……Touch
Wood」
呪文を呟くと、桜に手のひらをつける。
生命力のある木なのだから、きっとよく効くことだろう。
少女は首をかしげ、恐る恐る木に触れる。白い犬も前足で桜に触れていた。
「えーと……たっちうっど?」
触れた途端、ロウソクの火が強く輝いたように見えたのは気のせいか。
どこか遠くを見るような少女の瞳。驚いた表情になり、そしてすぐに満面の笑みになる。
「大丈夫。日本ちゃん、灯り見つけてくれた。日本ちゃん、これで帰ってこれるよ」
少女の言葉の意味は理解できなかったが、喜んでいる姿を見れただけでそれでいい。
「そんじゃ、家の中戻るか。風邪引くと日本に怒られるからな」
座敷童子という存在が風邪をひくのかは彼にもわからなかったが、庭に長居する理由もない。
大きなあくびをする。同時に白い犬もあくびをしたため、少女がくすくすと笑い出す。
何となく照れくさくて、少女の頭をくしゃくしゃと撫でると、小さな手をぎゅっと握り締めた。
「今日はもう寝るぞ……あー、話聞けだ? ガキはとっとと寝ろ」
乱暴な言葉ながらも、声はとても優しく……
外が薄明るくなるまで、イギリスと少女と妖精と犬の座談会は続いたのだった。
――誰かに揺り起こされる感覚――
「あー、煩い。もう少し寝かせろ」
雀の鳴く声が聞こえるという事は、もう朝なのだろう。
しかし、夜明けまで話をしていたのだから、もう少し寝ていたい。
身体を揺らす手を振り払い、寝返りを打ち
『日本ちゃん!!』
少女の歓喜に満ちた声で、たたき起こされた。
重い瞼をこじ開け、現状を把握しようとする。
ぼろぼろになった日本が、朝日を浴び自分を見下ろしていた。
いたるところに傷を負い、白い軍服が所々自らの血に染まっている。
だが、顔には笑顔が浮かんでいて……
「ぶっ……」
思わず噴出す。仕方がない事だろう。
日本の足には少女がしがみつき、反対の足には犬。
妖精たちも楽しそうに頭にとまり、ユニコーンが珍しく擦り寄っていた。
不思議な住人たちにまとわりつかれながらも、本人は全く気がついていないのだから。
「何笑ってるんですか。こんな所で寝てたら風邪ひきますよ」
不思議そうな日本に、彼はひとしきり笑うと、まっすぐに顔を見る。
「お帰り」
「……ただいま……です」
「それでですね、不思議な事があったんですよ」
戦いの成果を一通り話し終えると、暖かいお茶をすすりながら、ぽつりと呟いた。
あの後、まずは風呂につかり、くつろぐ時の和服に着替えると、彼に茶を勧めた。
本来ならば、ただ眠りたいところなんだろうが、こういう勤勉さには頭があがらない。
苦味と甘みが調和する緑茶を口にし、彼は相槌をうった。
……本当の所、日本の膝の上を陣取る少女とか、頭を定位置にしそうな妖精とか、
白い犬と挨拶しているケット・シーなどが妙に微笑ましくて、
頬が緩みそうになっていたが、どうにかこらえていた。
そんな彼の心の中は露知らず……
いや、何となく雰囲気を察していたが、いつもの事だと思い、さらりと受け流し、話を進める。
「吹雪の中で私達が迷ってしまったんです。どちらを見ても真っ白で……
正直な所、もうダメだと思いましたよ。でも……」
一呼吸おくと、静かに息を吐き
「目の前に暖かい光が現れたんです。懐かしいような暖かい灯火が。
その光に導かれるように歩みを進めていくと、本隊と合流できまして……
そのおかげで無事、帰ってこれました」
昨夜の少女の言葉を思い出す。『日本ちゃん、灯り見つけてくれた』。もしかしたら……
そう思い、少女の顔を見た。少女は幸せそうな顔で、大きく頷く。
自然と笑いがこぼれる。不思議そうに首をかしげる日本に、笑いをこらえ、
「あー、和菓子でも供えてやれ。
あ? 草団子がいい? へいへい。と、言う事だ。美味しい草団子を作って、供えてやれ」
誰かと会話するかのようなイギリスの姿に、更に不思議な顔をする日本。
その傍らでにぃっと笑うイギリスに、少女も同じように笑いを返したのだった。
座敷童子ちゃん第二段
『Touch
Wood』とはイギリスのおまじないのようなもの。
運を取り戻す意味があるみたいです。
そして、座敷童子ちゃんのエピソードは実際にあった話を元にしてます。
姿が見えなくなっても、ずっと一緒にいるんだろうなと思うと……少し切ないです。
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