チョコレートの甘い香りが室内に漂う。
可愛らしい包装紙に包まれたチョコレートを胸に抱き、満足気な笑みを浮かべる少女。
バレンタイン前の心が和む光景の一つ。
「これで兄さんのハートは私のモノ……」
少しだけ不気味な笑みを浮かべていなければ、心から安らげる光景なのだろう。
大切なプレゼントを棚にしまい込み……残った材料に目を向けた。
失敗してもいいように、少し多めに用意した。
だから余るのもしかたがない事だろう。
愛する兄以外にはあげる気は無かったが、ある人物の姿が脳裏に浮かび、
苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
いつもいつもベタベタと近寄ってきて、どんな邪険にしても離れる事も無く。
「……余ったから、仕方ない」
誰もいないのに言い訳をつぶやきながら、チョコレートの材料を手にとった。熱したミルクパンの中に、大きな塊のままのチョコレートを放り込む。
じゅわっとチョコが溶ける……いや、焦げる音。
溶けた先からどんどん焦げて更に黒くなっていく。
だが、そんな事を気にしないで、鍋に昆布と鰹節を放り込んだ。
日本から教わった鍋物のダシの基本だ。
旨味成分は溶け出す水分もなく、焦げたチョコに絡まっていった。
そこに煮干しを加え、一煮立ち。
マグマのように泡立つ鍋を見つめ、少し眉をひそめた。
もう少し煮れば出来上がりだが、これを入れる容器はない。
周りを見回し……ドアの外で歩み寄ってくる人物の気配に気がついて動きを止めた。
噂をすればなんとやらか。
予想通り、その人物は勢いよく扉を開け、
「ベラルーシちゃん、俺にチョコレートを作ってくれていたんだね。嬉しいよ」
妙なテンションのまま、抱きついてこようとしたので、熱くたぎった鍋を盾にする。
「これがベラルーシちゃんのチョコ……嬉しいな」
鍋の得体のしれない物体をきちんとチョコだと判断した上で、喜んでいるのは愛故か。
歪んだ愛情に形の良い眉をひそめ、その男……リトアニアの顔を真っ直ぐに見つめた。
「食え……食えるものなら」
戦いを挑むような表情だったにも関わらず、彼は少し頬を赤らめ、
その鍋を受け取ろうと手を伸ばした。
すかさず鍋を傾け、手の上に直接チョコを流しいれた。
あまりの熱さに投げ捨てる……ものだと予想していたのだが。
焦げてほぼ塊となった物体を両手で握りしめ、満面の笑みを浮かべた。
「うわっ、できたてだ。ベラルーシちゃん有難う。
いただきます〜」
戸惑いなく、その物体を口にし……
明らかにチョコではない音を立て、それを噛み下す。
怪しい匂いが彼女にまで漂ってきて、顔を背けたくもなったが。
……幸せそうに食す彼の顔から目を離せそうにない。いつもそうだ。
どんなひどい扱いをしても、幸せそうに笑ってくれる。
大抵は彼女は怖がられるのに、彼だけは違う。
「なんで……?」
ぼつりと呟いた言葉に彼は首を傾げる。少々顔色が悪かったが。
「なんでって、ベラルーシちゃんが好きだからだよ」
「だから、何で私が好きだと聞いている」
少々荒い口調になった彼女に、チョコの最後のひとかけらを口に放り込み、しばらく考え込み。
「たくさんありすぎて説明しきれないけど……」
もう一度真っ正面から彼女の顔を見つめた。
「ねぇ、覚えてるかな? あの時さ。君は……」
そこで言葉が止まった。
顔色がどんどん青く……そして、黒く変化してきた。笑顔のままで。
それからゆっくりと前のめりに倒れ込み。
さすがに身体の方があのチョコの成れ果てに耐え切れなかったのだろう。
すっかりと意識を失ったリトアニアを胸に抱いて、ベラルーシは大きなため息をついた。
――ゆらりと揺れるような感覚と甘い香りで彼は目覚めた。
ぼんやりと瞳を開けると、そこには金色の光。
ああ、そろそろ麦を刈らないとなぁとそれに手を延ばし。
「触らないで」
冷たい少女の声ではっきりと目が醒めた。
目の前には顔を覗き込む少女の姿。
もしかしてと、柔らかな感触の正体を探ろうと頭を横に向けた。
それはやはり予想通りで。
「ああぁぁぁ!
ベラルーシちゃんの膝枕なんてハァハァハァ」
膝の香りを楽しもうとうつぶせになり、魅惑の三角地帯に顔をうずめ。
「頭にのるな」
脳天に肘鉄を食らい、危うくまた意識を失いかけたが、どうにか持ちこたえた。
少し冷静になった頭でもう一度彼女を見上げ。
「……話の続きは?」
威圧感のない澄んだ瞳で覗きこんでくる彼女。
たまに見せる年相応な顔。
頬が緩みそうになる。
「によによするな。変態」
二言目には毒をはかれもしたが、それも彼女の個性だと想うと愛おしい。
「話の続きって……あ、あれか」
さり気なく手を延ばし、彼女の頬に触れた。
今度は拒否されることもなかった。
指先に感じる温かさ。
久しぶりの感触に目を細める。「初めて会ったあの雪の日……」
あの頃は兄であるロシアに妙な恐怖感を抱いていたなと苦笑を浮かべ、
「右も左もわからない俺に、初めて話しかけてくれたのは……君だったんだよ」
「……ああ。『邪魔くさいから消えて』だったわね。そんなんで喜ぶだなんて、やっぱりマゾなのね」
相変わらず飾り気の無い言葉に、頬をゆるめ。
「その後は覚えてない?
『ボケッとしてると凍死するか、それじゃなければ私が張り倒すわよ』って」
「……やっぱマゾね。それも真性の」
「違う……とは言い切れないけど……
その言葉のおかげで俺はその時やらなくてはいけない事を思い出し……
それに同情してくれた他のみんなが話しかけてくれたんだよ。それがきっかけでね」
大抵はベラルーシの被害者の会のような感じだったが、それは口にださない。
「それから、何かある毎に話しかけてくれたじゃないか」
「ああ……『煩い』とか『消えて』とかね」
「それが全部俺の為だったんだよね。
俺に話しかける事でみんなが話しかけやすいようにしてくれて」
「……相変わらず理解できない」
呆れた表情を見せる彼女。
少しだけ心から楽しそうな笑みが浮かんでおり。
頬に触れていた手で彼女の顔を引き寄せ、
甘そうな唇を奪お……ようとして、顔面に肘鉄を食らった。
しかし、そんな事気にせず、今度は少しばかり強引に両手を握りしめ……
奇妙な音をたて、彼の指があらぬ方向へと折り曲がる。
「もう、ベラルーシちゃんたら照れ屋さんだな。
俺の手をそんな強く握りたかったんだね」
「一回死なないとダメか」
ガーターベルトに留めてあったナイフを取り出し、彼の眉間に向かって振りかざし。
ナイフをどうにか押さえつつもにこやかな彼と、殺意の篭った彼女の攻防戦が続き。――でも、本当はね――
頭に浮かんだ言葉を飲み込んで、彼はただ真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。
――アレは……そう、ロシアさんの家に入った時だったね――
薄暗い部屋の中、彼はぼんやりと天井を見上げていた。
過酷な環境、親友との別れ、強いられる労働の数々で
精神を蝕まれていくのを何となく感じていた。
ロシアが指示する事を淡々とこなす。それだけで一日が過ぎてしまう。
自らの意思などない。それならばいっそ。
「……全部忘れて、操り人形になれたら楽なんだけどな……」
そうはなれない自分の強固な意志が嫌になってくる。
目をつぶれば、すぐに朝になってしまい、また労働の日々が始まってしまう。
それでも、今休まないと身体がもたないだろう。
重い身体をどうにか振起し、部屋の片隅にあるベッドに向かい。
――コンコン――
ノックの音。この時間に尋ねてくる人物に思い当たるモノはいない。
「……開いてるよ」
力なく答えると、ソファーに倒れるかのように座った。
堅いソファーだが、疲れ果てた身体には最高に気持ちよい。
ドアを開ける音に少しだけ瞼をあけ、その人物を確認する。
人形のように白い肌と冷めた瞳。良く知っている顔。
ロシアの妹君、ベラルーシだ。
兄の事を盲目的に愛していて、ずっと兄の側にいる少女。
その彼女がどんな用事かと身体を起こそうとし……あまりのだるさに断念した。
「……どんな用ですか? また仕事?」
けだるそうな彼の声に、少女は無言で前に歩み寄り。
衣擦れの音が響き渡る。
するりと服を脱ぎ捨て、端麗な裸体を露にした。
引き締まった身体。姉ほどではないが程よい大きさをもつ胸。陶器のように白い肌。
「……兄さんのお願いだから。あんたを癒して来いと」
彼の前に跪き、ズボンに手をかけた。
手馴れた様子で彼のズボンを下ろし、まだ元気の無い陰茎を取り出した。
そして、戸惑いもなくソレを口に含み。
下半身を襲う快感を動かない頭でただ感じ取り。
どういう風の吹き回しかわからないが、与えてくれる快楽は素直に受け取るべきだろう。
しばらくしゃぶる音だけが響き渡り。
不意に感覚が閉ざされた。彼女が口を離したから。
麻痺した頭ではわからなかったが、すでに臨戦態勢は整っていたらしい。
自らの秘裂を指で開き、そそり立ったモノの上へと導き。
先を入れた時に少し顔をゆがめる。
まだ彼女の方は入れる体制は整っていなかったから。
軽く息を吐き出すと、一旦彼から離れ、床に座り込んだ。
大きく股を開き、瞳を閉じて指を割れ目に這わす。
まだぴったりと閉じた淫唇を指でかき分け、ぷっくりとした豆を探り当てる。
指先で軽く擦り合わせると、甘い吐息が漏れた。
「……んっ、ふぁっ……」
溢れる蜜を指でかき回し、膣壁にこすりつける。
小さかった穴が指で徐々に広げられていき。
手が胸に伸びる。蜜で汚れることなど気にせず、突起を爪で軽く引っかき。
恥じらいもなく、好きでもない男の前で自慰をはじめる少女。
それも行為をするための下準備として。
彼との行為はただの作業でしかないという事なのだろう。
熱くなる下半身とは逆に、頭の芯はどんどん冷えていく。感覚が麻痺していく。
「……ヤるんだったらとっとと終わらせようよ。俺は疲れているんだから」
――彼女が作業ならば、俺だって抜くだけの作業だと思えばいいか――
頭の中を支配し始める黒い心。
今だ自慰を続けている彼女を床に押し倒し、熱くなった下半身を押し付ける。
彼女の胎内は多少の違和感だけですんなりと彼の侵入を許した。
本当ならば、彼女の反応を確かめながらゆっくりと快楽を味わうのだが。
小刻みにうごめく膣壁の感触に意識を集中し、深く中へと侵入する。
奥に奥に。根元まで飲み込ませると、こつりと天井部分に行き当たった。
「んっ、くぅっん」
最奥の感覚に彼女は身体を大きく震わせ。
淫液が噴出し、彼の腹を汚す。匂いの薄い液体に眉を潜めた。
「何だ。やっぱり開発されてるんだ。こんな奥で簡単にイっちゃうだなんて。
ずるいな。俺もいかせてよ」
荒々しく腰を打ちつけ、深く中を荒らし。
身体を重ねる。
でも、あえて胸は弄らない。彼女を楽しませる気はないから。
下半身だけの刺激だけで十分。
「ほら、もっと腰振ってください。もっともっと犬のように」
身体を抱え起こし、犬の交尾のように背後から攻め立てる。
腰を動かすたびに、形の良い胸が大きく揺れる。
一人で何度も何度もイく彼女を鳴かせたくて。わざと乱暴に貫く。
それでも、彼女は弱音を吐く事無く、ただ次々と襲い来る快楽に形の良い眉をひそめるだけ。
その日の疲労など無かったかのように。彼女が失神するまで何度も精を胎内へと残す。「……終わったんだから帰ってください?」
一人先にシャワーを浴びた後、今だ床に倒れこんでいる彼女に声をかけた。
身体中は汗と精液にまみれており、異様な匂いを放っている。
熱が引いてきたせいで冷えてきたのだろう。身体を震わせ、肩を抱き寄せた。
乱れた髪をかき上げ、床に散らばった服を寄せ集める。
身体を起こすと、股の間から白い液体がどろりと溢れ、床を汚す。
「……掃除していってくださいね」
「わかってる」
あたりを見回し、雑巾を探すが、あいにくそのようなものはない。
手元には服が一式。彼は意味ありげにその服を見つめ、それから精液で汚れた床を見る。
つまりはその服で精液を拭けという事なのだろう。
「どうせ古臭い服でしょう。そんな服ぐらい……」
「古臭くない。これは兄さんがくれた服なんだから!」
一瞬で彼女の感情が高ぶり、声を荒げた。
初めて見たかもしれない。こんな感情的な彼女を。
驚きの表情を見せる彼に我に返ったのか、再び人形のような表情になる。
無感情に床を下着でふき取り、裸体のまま部屋を跡にした。一人残された彼は呆然としていた。
いつも感情を見せない彼女の初めて見せた一面。
それに彼の心は釘付けになった。こんな面白い、興味深い少女だとは知らなかった。
黒くなっていた心が少しだけ晴れていく。
そしてもっとその表情を見てみたいと思い。
その日から彼女にちょっかいをかけ始めた。
色々手を変えながら。
少し強引に攻めてみたり、甘い言葉をぶつけてみたり。
積極的に関わってくるようになった彼に、彼女は不快そうな顔を見せる。
苛立ち、怒り、蔑み。負の方向にだが、どんどんと引き出されていく彼女の感情。
それが楽しくて。嬉しくて。更に彼女をかまい続け。
いつしかそれは愛情に変化していき。
誰かを想う心は、辛い環境をも幸福へと変えていく。「ははは、ベラルーシちゃんったら照れ屋さんなんだから。
俺達の絆をナイフぐらいで切れるとでも思ってるのかな?」
「切りたいのはお前の首だ。一回死ね」
楽しそうに笑うリトアニアと、ナイフを構え、威圧感たっぷりの笑みを浮かべるベラルーシ。彼女は彼といるとペースが崩されていくのがわかっていた。
だから追い払うのに、何度も何度も何度もしつこいくらいによってきて。
兄を想う心の中に、少しだけ彼が侵入してきて。
違和感に少しだけ疑問を抱きつつも、積極的にはその違和感を排除しようとしない。
微妙な心の変化には彼女は気がつかないまま。――お互いがお互いの心の内を変えたとは露知らず――
「ベラルーシちゃん、チョコのお返しだよ。一緒にデートしよう」
「地獄までのデートならば付き合ってやる」
さり気無く腰に手を回す彼の手を払いのけ、首元にナイフを近づける。
いつものように楽しく喧嘩する二人。
まあ、きっとそれなりに仲が良いのだろう。
2010/02/14初出
チョコは直火で溶かしてはいけません。
もの凄い事になるみたいですよ。
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