『この写真をロシアに送られたくなければ、おにーさんちまで来ること♪』
いつの間にか壁に貼られていたふざけた脅迫文。そして淫らな姿をした少女の写真。
あの時の醜態が頭に蘇り、奥歯を強くかみ締めた。
あの日、フランスの下っ端の男にいいように犯され、写真も撮られ……
殺しにいこうともしたが、男の手の中にあの日撮られた写真があり、ヘタに手は出せなかった。
いつあの写真を愛する兄に送られたらと思うと、怒りで眠れぬ日々が続き。だが、いつまでたってもそのような心配は無かった。いつもと変わらぬ兄の姿に安堵し。
いつしか記憶の奥底にしまいかけていた時だった。「……フランスの野郎。殺す」
壁に貼られた写真にナイフを突きたて、ベラルーシは殺意のこもった瞳で脅迫状を睨みつけた。
「お望み通り 来たぞ。殺す」
フランスの家に入るや否や、ナイフを片手に男に襲いかかる。
だが、それぐらいは予想していたのか、ナイフをさらりと避け、目の前で一枚の写真を振ってみせた。
あの時の淫らな写真を。
によによとする男と、奥歯をかみしめる彼女。
「くっ、何が望みだ?」
ナイフを下ろし、強い意志のこもった瞳で男を睨みつける。
だが、男はにやけた笑いのまま。
「もちろん。お利口さんな君ならわかるだろ」
その言葉で、小さくため息をついた。――昔から、兄のところにちょくちょく来て、その度に姉妹にちょっかいをかけていた。
邪険にしても、懲りる事もなく、次にはいつものようにちょっかいをかけてくる。
だが、あからさまなセクハラなどはせず、本当に嫌がる事はしなかったから、
好意に限りなく近い何かを抱きかけていたのに――
「兄さんがいなければ、ただの変態か」
金属特有の高い音をたて、ナイフが床に跳ねた。
どうせこういう事は慣れている。
散々、好きでも無い相手に身体を任せてきた。
兄の為、強いては自分の為。
貞操など、商売道具の一つでしかない。
自らワンピースのリボンに手をかけ、
「あ、ちょい待った。そーいう事も楽しみの一つだからさ」
椅子に腰掛け、ぽんぽんと自分の膝を叩く。
ここに座れと言うことだろう。
眉をひそめ、男の膝の上に腰掛けた。
――誰かの膝の上に乗るなんて、どれくらいぶりだろうか――
嫌いではない誰かの温もり。
だが、ここでその温もりすら嫌いになるような事をされるのだろう。
唇を噛み締め、遠くを見つめる。
できる限り、男の感触を感じないように。だが、いつになっても予想していた感触はこなかった。
男はただ、彼女を膝に乗せているだけ。
魅惑的な尻や胸には一切触れようとしない。
始めの数分は緊張、それから数十分は疑問。それらで頭の中は占められていた。
大体一時間はたった頃だろうか、初めて男の手が彼女の身体にふれた。
びくりと身体を硬直させる。ぎゅっと目をつぶり。
……しかし、男の手は彼女の身体……頭を軽く撫でるだけで、それ以上は何もしてこなかった。
「んじゃ、今日はこれでおしまい。またな。ベラルーシちゃん」
いつもと変わらぬふざけた男の態度。
膝の上から解放されたのに浮かない表情。
「また……ということはまだ続くのか?」
「当たり前だ。まだまだじっくり楽しもうよ」
手の中の写真が振られる。
この写真がある限り、この男の相手をしなくてはいけない。
本当に殺ってしまおうかとも考えたが、あのフランスの下っ端に登場された方が厄介だ。
しばらくの沈黙の後、彼女は首を縦に振った。
それから数回、男の家に訪れるようになった。
毎回、膝の上に座らせるだけで、手を出そうとしない。
徐々に頭を撫でられる間隔は増えていたが、それだけ。
頭以外の身体には触れようとしない。
今日も膝の上に乗せられ、頭を撫でられていた。
静かな音楽、穏やかな声、規則正しい男の鼓動の音、身体を揺すられる揺り椅子の動き、そして温もり。
それらは何かを連想させた。
ぼんやりとしてきた頭で必死に考える。
何かが頭の中に浮かんで来たが、それすらも考えるのがだるい。
重くなった瞼が世界を遮断し……
――夢を見た。幼い頃の夢を。
兄さんと姉さんがぎゅっと手を握っててくれて、柔らかな笑みを浮かべてて。
ひまわりに囲まれた暖かい夢――
けだるさが身体を支配していた。
ぼんやりと瞼を開く。瞳に映ったのは優しい笑みを浮かべたフランスの顔。
『ああ、夢か。フランスがこんな笑みを見せるわけないし』ともう一度目をつぶり。
「そろそろ帰らないとロシアが心配するんじゃねーか?」
兄の名前を耳にした途端、勢いよく目を開けた。
やはり目の前にはフランスの顔。
胸に寄りかかった彼女を優しく腕で包み込んでいてくれたらしい。
慌てふためいて男の膝から降りる。
すぐさま身体を確認した。
が、心配していた事はなく、服も一切乱れていない。
「眠ったベラルーシちゃんも可愛かったよ。御馳走様」
にやついた笑み。
無性にいらっとした。
スカートをたくしあげ、ガーターベルトからナイフを取り出した。
素早い動きで男の喉元に突きつける。
「……何を考えてる。連日、膝に乗せるだけで」
「何って……特に何も。ああ、ベラルーシちゃんの事はいつも考えてるぞ」
ふざけた答えが返ってきた。
それに怒りが増幅される。
喉元に押し付けたナイフを横に引……こうとしたが、いつの間にか、彼女の手からナイフは消えていた。
手入れされたナイフを光にかざし、眺めている男の姿。
「相変わらずのナイフさばきだねぇ。おにーさん関心しちゃうよ」
「……何を考えている」
二度目の問いかけ。
男はナイフを弄びながら、ちらりと彼女をみた。口元に笑みを浮かべ。
「俺が何考えてるかわかるだろ。ベラルーシちゃん、行動で示してみてよ」
光を反射し、きらりと光るナイフ。
口元の笑みと相まって、妙に扇情的で。
「……下劣な奴」
胸元のリボンを外し、ワンピースを脱ぎ捨てる。
黒い下着が露わになった。
……実のところ、内心では安堵していた。
こいつも『ただの男』であるとわかったから。
どうせ、この後は劣情に任せて、身体を貪るのだろう。
『ただの男』という事がわかれば、心を閉じればよい。
身体を弄ばれても、相手は『そういうモノ』だと思えばよい。慣れている。
下着をも脱ぎ捨てる。
姉ほどではないが、それなりに豊かな胸。
引き締まった手足、人形のように整った顔、シルクのような手触りの髪。
美しい裸体を晒しても、動揺を見せず、堂々と立ち尽くす姿は神秘的で。「やっぱり綺麗だな」
男の言葉にも反応を見せない。
冷たい瞳で睨みつける
次の指示を仰いでいるのだろう。
しかし、男も冷静さを失う事もなく、彼女の全身をじっくりと観察し、腕で抱き寄せた。
先ほどのように膝の上へと導かれる。ただし、今回は全裸で。
「やっぱ寒いとこの女の子って肌がきめ細かくて気持ちいいな」
腕が彼女の下腹部へと向かった。『とうとう来たか』と、諦め半分で、男の腕の感触から気をそらそうとする。
が、予想していた感触は中々こない。そっと自らの下腹部に目を向けた。
男の腕はお腹の前でくまれている。まるで大きなぬいぐるみを抱きかかえているかのように。
それから何をするわけでもなく、ただ歌を口ずさむのみ。「……もしかして不能か?」
とてつもない発言に、思い切りせき込んだ。。
咳こむ度に、膝が揺れ、微妙な刺激が来てしまい、少々後悔するが、きっぱりと諦める。
しばらく咳こんだ後、涙が浮かんだ瞳で彼女の頬に唇を落とした。
「バカな事いうな。おにーさんは愛の人だよ。可愛い女の子を前にたたなくてどうする」
「では、なんでやらない。とっとと終わらせろ」
「雰囲気とかあるだろ」
「雰囲気なんかいらん。やるんだったらやるだけだ」
どちらが男なんだかわからない男らしい発言にため息を一つ。
「しゃーねぇなぁ。女の子の要望にゃ、答えてあげないとしょうがないし」
男の瞳が怪しく光った。
途端に肌に当たる腕に妙な色気を感じ、彼女は身体をふるわせた。
「んじゃ、雰囲気とか気にせずやらせて貰うからな」
先ほどまでの優しい声とは打って変わり、冬の雨のような冷たさへと変化した。
「おにーさんね、女の子が恥じらう姿が大好物なのよ。
って事で、手始めに……ベラルーシちゃんの初めての時のお話聞かせて貰おうかな」
直接的な事はせずに、辱めを与えようという魂胆なのか。
本当にそう思っているならば甘いだろう。
そんな醜態など別にどいでもよい。
正直あまり思い出したくはないが。「初めては……兄さんの命令でどこかの国の上司どもと。
次もやはり違う国の奴と」
「ロシアの奴、相変わらずだな」
「兄さんは悪くない!!……兄さんの言葉は私の意志」
反射的に声をあらげてしまったが、すぐに冷静さを取り戻した。
こんな奴に慌てる姿を見せたくない。
そんな強固な意志が彼女の感情を司っていた。
表情が見えるように座っていなくて良かったと思う。
少しだけ泣きそうになった自分の顔も見られないし、同情だか嘲りを浮かべた男の顔を見なくてもすむから。「ふーん、じゃ、初めての時、どんな風に抱かれたんだ?その男はどんな奴だった?」
下劣な好奇心を抱く男に、激しい嫌悪を抱くが、ここで抵抗しても喜ばせるだけだろう。
できる限り、冷静に、感情を抑え、一呼吸する。
「……覚えてない。ただ、終わるのを目をつぶって待っていた」
「ふーん……それじゃ、逆に記憶に残ってるエッチは?」
「……記憶に?」
目をつぶる。性行為など、交渉道具の一つ。誰に何度抱かれたかなど覚えているはずもない。
「そんなのない」
「んじゃ、おにーさんとのが記憶に残るようにしてもらおうかな」
突然強まる男の腕。片方は逃がさないよう腰を押さえつけ、もう片方の手で豊かな胸にふれた。やっと行動にうつしてきた事に安堵のため息を一つ。
そして、いつものように瞳を瞑り、愛おしい兄の事だけを考えて、男の手の感触から意識をそらす。
優しく甘く、歌うように指が胸で動く。
固くなった突起を爪ではじき、もまれるたびに緩やかに形を変えていく。
いつもの行為とは違い、優しい愛撫。
だが、どうせ反応を楽しんでいるだけなのだろう。
甘い動きの後、自らの精を満足させるために、乱暴に扱い。いつもの事。じんわりと熱くなる胸も、じわりと溢れてくる蜜も、たんなる身体の反応でしかない。
胸を這い回る指。じっくりとしつこく胸を攻め立てる。
いつしか、男の指が触れた所は熱を持つようになった。
男のズボンに染みができる。愛液による染みが。
「くっ……はぅ」
出来る限り口から出てくる吐息を押さえ込む。
甘い声を出す気はない。男を喜ばせるだけなのだから。
「本当は顔見ながらが好きなんだけどな」
強く抱きしめられ、首筋に吸い付かれた。白い肌に残る赤い跡。
「これでベラルーシちゃんはおにーさんのモノ」
耳元で囁かれる。男の息が耳をくすぐり、身体に刺激が走った。
耳たぶを唇に挟まれた。軽く吸い上げ、耳の後ろへと移動する。
髪をかきあげ、魅力的なうなじに舌をはわす。じわりじわりと広げられていく性感帯。
くすぐったいだけのはずなのに、この男の手にかかると甘い何かへと変換させられる。
それなのに、肝心の場所には指一本触れてこない。
「んあ…やるんだったら、とっとと……あぅ」
「黙っておけ。おにーさんの好きにしていいんだろ」
少しだけ強く胸の突起を摘まれた。
限界まで高められた快楽が、それによって崩壊を起こした。
身体に力が入る。足がふるえ、全身が熱い何かに支配される。頭の中が真っ白になり。
「や……っ…兄さん」
唇を噛み締める。小さな喘ぎ声の後、男の胸にしなれかかった。
初めての感覚に、身体が重くなってくる。
本当ならば、男から一刻でも離れたい所だが、怠くて動けそうにない。
瞼が重い。手足がだるい。
どうにか瞼を開き……
そして意識が白濁した。
暖かい光に包まれる。
温かな感触。
ぼんやりと瞳を開けた。見慣れぬ天井。
「目覚めましたか」
品の良い女性の声。声の持ち主を探す。
その際、部屋の内装には記憶がある。まだ働かない頭で考え。
「……フランスの部屋」
反射的にガーターベルトにつけられたナイフに手を伸ばし、
「ナイフならば机の上です」
澄ました若い女性の声。
そこで改めて自分が服を着ていた事に気がついた。
身体の痛みはない。
気を失ってから、弄ばれた形跡もない。「服……」
「ああ、湯浴み後、私が着替えさせました。フランス様のご指示で」
淡々と答える女性。フランスの側近のわりには、随分と素っ気ない。
「フランス様はあれから手を触れていません。ああ見えて、意外に紳士的ですから」
少しだけ、少女らしい笑みを浮かべたが、すぐに業務用の表情に変化する。
「なにかありましたらベルでお呼びください。それでは失礼します」
一礼し、部屋を後にしようとしたが、ドアの手前で立ち止まった。
「フランス様より伝言です。『また遊ぼうな』だそうです」
それだけ言うと、部屋を後にした。
一人残されたベラルーシは、もう一度ベッドに横になる。
ほんのりと香る薔薇の香り。これ以上いると、頭が麻痺してきそうで。
「……兄さんとこに戻らないと」
少しだけだるい身体を起こし、足を引きずるようにして部屋から出て行った。
「ベラルーシ」
兄の優しい声。
この声が聞こえた時は、大抵同じ。
「今日はある国にお願いしようと思うんだ。だから、そこの上司の遊び相手お願いしていいかな」
それは身体を交渉道具にするという指示。
愛おしい兄の言葉だ。いつものように返事を。
しかし、喉元まで出てきた言葉が声に出せない。
首筋につけられた『跡』が熱い。
不可解な表情を見せる兄に、声を絞り出し
「……ごめんなさい。今日は体調が」
自らの口から出てきたのはそんな言葉だった。
驚きの表情を見せる兄。
だが、言った本人も驚いていた。
兄の言葉は絶対のはずなのに。
「しょうがないなぁ。じゃあ、今回は他の手でいくよ。
今日はゆっくり休んでね」
兄の大きな手が頭をなでてくれる。たまに見せる優しい行動。
気持ちよいはずなのに……
一人になった室内で、自分でもわからない不思議な感覚に戸惑っていた。
「殺す」
男に向かってナイフが突き立てられた。
すれすれの所で避け、ナイフは虚しく壁に突き刺さった。
「やあ、ベラルーシちゃん、随分と過激な愛の告白だね」
おちゃらけた口調が、彼女の神経を逆なでする。
「その馬鹿な事言う口が嫌いだ。そのにやけた顔が嫌いだ。その瞳が嫌いだ。
殺したいほど嫌いだ」次々と繰り出されるナイフを避けながら、フランスは彼女をさりげなく壁際に追い詰める。
顔の横に男の腕がくる。
壁に挟まれた状態。これでは身動きをとることができない。
だが、首筋にナイフを走らせる事は容易いだろう。
スカートに収納されたナイフを手に取り、
「……殺したいのに……頭の中を支配するお前の存在を消したいのに」
ナイフは彼女自身に向けられた。
するどいナイフが首筋をかすめ、服を切り裂いていく。
自らの手で服を切り裂いたのだ。白い裸体が露わになる。
芸術的な身体。それに描かれた『男の所有物である証』
首筋の跡を指でなぞる。
「この証のせいで、兄さん以外の事を考えてしまう。
だから、この証を消せ。
陵辱しろ。心も身体も。
そうすれば、お前を『嫌いな男』として認識できる」
と、彼女そこで苦笑いを浮かべた。長い髪が目にかかり、口元しか見えないが、きっと笑っているのだろう。
「ああ、そういえばお前は私を脅迫していたんだったな。
ちょうどいい。最後までやれ。
なんならあの下っ端を連れてきてもいい。スペイン辺りを連れてきてもいい。何人連れてこようが構わない」
真っ直ぐに見つめてくる男から視線をそらす。
ゆっくりと手が彼女の裸体に近づいて。――これでよい。これでいつもの自分に戻れる――
小さくため息をつき、目をつぶった。
だが、いつになっても手は触れてこない。それどころか、いつの間にか目の前の気配が消えていた
辺りを見回し……ソファーに横たわっているフランスを発見した。
クッションを抱きしめ、目をつぶっている。
「……何してる」
「んあ〜おにーさん眠いの。一寝入りしたら遊ぶから。
あー、書類宜しく〜」
だるそうに枕元のベルを鳴らすと、前にもあった事のある女性が音もなく現れた。
全裸のベラルーシに動揺することもなく、淡々と書類を手に取った。
「あ、ついでに可愛い服用意してくれるかい? ベラちゃんに似合いそうな服を」
「了解しました」
理由を聞くこともなく、一礼し、女性は部屋を後にした。
そして、部屋に残されたのは、すでに眠りに入ったフランスと……現状を把握できないベラルーシ。
「本当……こいつ……何?」
彼女の呟きに答えられる者はいなかった。
彼女の身体を包む柔らかなドレス。
中世を思わせるようなデザインだが、決して古臭くなく、生地も最新のものを使われている。
そのため、フリルやレースが各所にあしらわれていても、重さを感じさせない。
抱かれるために来たはずなのに、逆に服を宛がわれた。
肝心の男は、ソファーで今だ夢の中。
目の前には赤ワインがつがれたグラスが一つ。
ドアには鍵などかかっておらず、手足の束縛もない。
逃げれば逃げれる状態。それも脅迫されるきっかけとなった写真を探せただろう。
「……馬鹿だ」
呟いた言葉は誰に対してか。
ゆらりと揺れるワインの赤。ベッドに腰掛け、ぼんやりと天井を見入り。廊下から聞こえてきた誰かの足音。
慌てた様子で部屋へと近づいてくる。反射的にベッドから立ち上がった。
「ん、来たか」
寝ていたフランスが起きて大きなあくびを一つ。背伸びをすると、ベラルーシを後ろから抱きかかえた。
うっとおしくも感じたが、抵抗はする気はない。
きっとスペインか誰かを呼んで、輪姦する気だったのだろうと考えた。激しい足音。スペインよりも大柄な人物の足音にも聞こえる。いや、どこかで聞き覚えのある足音。
荒々しく扉が開かれた。
肩で呼吸する体格の良い男。ふっくらとした顔立ちと、彼女に良く似た薄い色をした金髪。
いつも浮かべているはずの笑みは、この時ばかりは無い。
「……兄さん」
思いがけない愛おしい人物に、思わず手を伸ばし。
「だーめ」
腕をフランスにつかまれた。手を握られ、軽く唇が触れる。
「……フランス、何この手紙は」
「何って、そのまんまだよ。お前に色々貸してるだろ。
だから、ベラルーシちゃんを貰う事で全部チャラにしてやるってこと」
頬にもキス。そのまま首筋へと唇が降り。
「ベラを返してくれるよね」
余裕が無い声。こんな姿を見るのは彼女も初めてで。
「やだ。どうせベラちゃんを交渉材料にしてるんだろ。なら、ベラちゃん頂戴。
そうすりゃ、今後、ロシアとの有益な取引をしてやるからさ」
大きく開いた胸元に指が滑り込む。ぴくりと反応し、甘い声を上げてしまう。
「どうせ道具としか見てないんだろ。俺ならばベラちゃんを幸せにできる。
あんな古臭い服じゃなく、綺麗な服着せてあげて、薔薇が飾られた部屋を用意してあげて」
ちらりと部屋の片隅に目をやる。切り裂かれ、ゴミ箱に押し込められたベラルーシの服。
ぎりっと奥歯をかみ締める音。ロシアの鋭い瞳がフランスを睨みつける。「もちろん、エッチの楽しさを教えてあげる。交渉材料としてのえっちではなく、思い出に残るようなエッチをね」
豊かな胸を優しくこね上げ、つんと立った突起を指でつまむ。
長いスカートをめくりあげ、とろりと蜜を溢れさせる割れ目を下着の上からなぞりあげる。
「ふぁ……やぁ」
「ほら、こんな可愛い顔見たことないだろ。こんな声聞いたことないだろ。
俺がたっぷりと遊んであげたから、こんな可愛く鳴けるようになったんだ」
下着を下ろす。ぴくりと肩を震わせたが、抵抗はしない。
「お前から貰った服も下着ももう要らない。ベラちゃんは俺の色に染まりかけて……」
「……煩い」
うつむいたまま、小さく呟くロシア。表情は影になって見えない。
「お前が悪い。こんな可愛い娘を道具扱いするから。
……お前寂しいんだろ。だから他の奴と仲良くしようとして。
無条件に愛情を向けてくれるベラちゃんならば、どんな事しても離れないとタカをくくって!」
「煩い! 黙れ!」
唇をかみ締めたロシアの拳がフランスへ飛んでくる。その瞬間、抱きかかえていたベラルーシを軽く横に突き飛ばした。
よろめき、地面に座り込むベラルーシ。
彼女が見た光景は、頬を殴られたフランスと、振り上げた拳に戸惑うロシア。
そこで殴られる瞬間、彼女を巻き込まないために突き飛ばしたのだと理解した。
「えっと……僕、何を」
「たく、青春映画みたいな事はやりたくは無かったが……
これでわかっただろ。本当の思いを。だからお前ら、もう少し仲良くしとけ。
……目の前からいなくなってからじゃ遅いから」
赤くなった頬を押さえ、笑ってみせる。少しだけ寂しそうな笑みで。
「あ、もうおにーさんダメだ。痛みで死にそう。ってことで、お前らとっとと帰ってくれないか?」
いつもと変わらぬお茶らけた態度に、二人は呆然とした表情を見せた。
お互いに顔を見合わせ、
「ぷっ……フランス演技ヘタだねぇ」
「ふっ、そうですね。兄さん」
「悪かったな。コレでも頑張ったのに。おにーさんいじけちゃうぞ」
笑い声が館に響き渡る。
寂しがりやで本当は妹思いのロシア。
強気で意地っ張りでやはり兄思いのベラルーシ。
そして……愛の国のフランス。
「それじゃ、兄さん帰りましょう。それで帰ったら早速け…」
「結婚はしないけれど……今日はゆっくりとお茶しよっか。たまには姉さんを呼んでさ」
微笑むとベラルーシの手を取った。最初はびくりとしたが、すぐに顔に柔らかい笑みが浮かんだ。
そんな光景を見て、フランスは口を尖らせる。
「はいはい。いちゃいちゃは俺んちでは禁止。とっとと帰れ」
「言われなくても帰るよ」
ベラルーシの手をきゅっと握り締める。彼女を引っ張るように部屋の出口へと向かい、
「あ、そうだ。ベラが作るドラニキ美味しいから食べにおいでよ」
振り返り、いつもの笑みを浮かべる。
「……フランスの分には、入れてはいけないもの入れておく。楽しみにしとけ」
つられてベラルーシも笑顔をフランスに見せてしまい、慌てて鋭い瞳を向けた。ただし、頬はほんのりと赤い。
「ああ、楽しみにしておくよ」
手をひらひらと振り、仲よさそうに部屋を後にする二人を笑顔で見送り。
「くふぁーっ! ロシアの野郎、思いっきり殴りやがって。いい男が台無しだよ」
「もう少し簡潔にやればよかったのでは? フランス様にしては随分と回りくどかったですよ」
淡々と氷嚢でフランスの頬を冷やす側近の女性。
さりげなく彼の手が彼女の臀部へと伸び、
「知ってますか? ベラルーシ様が忘れていったナイフが私のポケットの中に入っている事を」
彼女の恐ろしい発言に、彼の腕がぴたりと止まった。手が宙をさ迷い。微かに女性の口元が緩んだ。
「相変わらず紳士的ですね」
「当たり前じゃないか。俺を誰だと思っているんだ」
彼の言葉に、女性は少し考え込み
「美しければ節操無しな自称愛の人、フランス様ですよね」
「ひどいわ! おにーさんの事、そんな風に思っていたなんて。めそめそめそ」
大げさに泣き真似をしてみせるフランス。あきれた顔でため息を一つつき、頭を撫でてあげる。
「はいはい。フランス様は素晴らしい方ですよ。
男性を軽蔑していた方の心を解きほぐそうとしたり、兄妹仲を良くしようと色々考えたり。
ピカルディが撮ってきた卑猥写真データを泣く泣く消去したり。
安らげる部屋を目指して、各所から様々なもの取り寄せたり、
その為に結局一回も性交渉しなかったり。良く頑張りましたよ」
「そう思うんだったら、慰めて。身体で」
間髪いれず、女性を押し倒す。抵抗しない姿に、フランスは気を良くして、彼女の首筋に唇を……――さく――
さわやかな音を立て、ナイフがフランスの眉間に突き刺さる。
ぎゃーぎゃーと騒ぎたてる主の姿をあきれ果てた瞳で眺め。
「……本当に優しい貴方を尊敬してるから、私はここにいるんですよ」
滅多に見せない笑みを浮かべ、部屋を後にした。
初出2009/08/30
ピカルディ君の続編。
フランスはロシアとそれなりに仲が良いし、きっと彼女達とも付き合いありそうだなと思い、書き始めた。
そしたら、何故か愛を振りまくお兄さんという話になった。
……おかしいなぁ。
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