深海の夜に潜むもの・本文表紙サンプル
本文サンプル(一部抜粋です)
その日は車でなくて電車で帰宅することにした。
食事を昼から取っていなかった。食欲がなかったのだ。
御剣は、おいしそうな匂いが漂う飲食店の脇を通り過ぎ、自分の家に戻ろうと歩いていた。

その時だった。

いきなりなにかの感触が肌の上を、さっと駆け抜けていった。
生理的な悪寒が背筋を這い上がる。

来た。

あっと思う間もなく、音が聞こえるほどの力強さで、何かが体の中に入ってきた。
御剣の体の下から、串刺しにされているような方向で、
足の間、腰の奥、そこにあることを普段意識しないその場所で
――数日前に突き上げられた腫れがようやくひいたばかりのその場所を、
下から上に向かって――なにかが、御剣の体の中に入ってきた。

体のバランスが崩れてしまう。

街灯の柱をなんとかつかむことが出来たのはいいが、
開いた足を閉じることができなくなった。
みしり、と肉を開く音が、体の内側で聞こえた。
 入ってくる。なにかが。こんな場所で、外で、歩道で、街の中で。
こんなところで、体の中に、――何か、が。

「…ッ!」

痛みがやってくるより先に、衝撃で体がこわばって動かせない。
汗がこめかみを伝うのがわかる。
指先が凍る。動かせない。

ぐいっと手を引かれた。

「な」

緊張が解けた。足が動いた。
動いたとたんに、引きずられるように手を引っ張られた。
何も見えはしなかったが、スーツの腕の部分が、何かにつかまれたように皺がよっていた。
ぐいぐいと手を引っ張られる。
なんとか抵抗しようとして手を引き離そうとするが、つかまれた腕は、全然力が緩まない。
引っ張られた右腕は何かで固められたように動かない。
ビジネスバッグを振り上げて右手のあたりを叩くが、なんの抵抗もない虚空に円を描くばかり。
何もない――ということを改めて実感して、御剣はぞっと背を震わせた。
もつれる足を引きずられる。
そのまま力が緩まず、腕を掴んだ力が強すぎて痛かった
――視線を上げると、公園の表示板が見えた。
植え込みの茂みが目に入る、こんなところに、なにが?
そのまま公園の柵を越えられた。膝が柵にぶつかって痛かった。
だが足は止まらない。どこへ向かうのか、と視線を向ければ
――その先には、一見何かの東屋のように作られたトイレが見えた。

そこに連れ込まれる。

そうなったら後は、この前のように、されるのだ――と思った途端、
御剣は自分の手を掴んでいる何かを思い切り振り払った。

逃げなくてはならない、こんなところで密室に連れ込まれたら何をされるかわからない。
最悪の事態も考えうる、そう判断して、逃げる。
全力で腕を振り払い、踵を返して、足の裏に力を入れる
――逃げる、逃げなくては、密室がある、あそこには――ああ! 

それはしかし、叶わなかった。

宙を舞った腕は何かに捕らえられ、振り上げた位置から動かせなくなった。
体をひねって逃げようと後ずさる――だが、体に力が入らなかった。
ぐいぐいと腰を引き寄せられ、御剣はそのまま、公衆トイレの建物の中に引きずりこまれた。
中に入ると、一番奥の個室の戸が勝手に音を立てて開いた。

御剣は、なんとかそこへ引きずりこまれるのを拒否しようと足を踏ん張るが、
そこへ、いままで存在を忘れていたような後孔の中を侵していた存在が、
その位置を知らせるように、動いた。

潤いもないままに侵入される苦痛は相当なものだ。
体の奥深くを裂かれるかもしれないという痛みに力が萎える。
足元から力が抜け、歩くことを拒もうとする。
背中から何かに抱きこまれ、串刺しにされたままで、何が出来るというのだろう。
見たところ、誰も入っていないトイレの、
個室のひとつに引きずり込まれ、鍵をかけられる音がした。

背中をぐいぐいと押されて、おもわず壁にすがりつく。
荷物置きの棚に手を伸ばし、そこになんとか痛む体を預けると、
今度はなにかが服の中へ入ってきた。
御剣は、懸命に頭をふって逃げようとする。
だがかなわない。
おそるおそる自分の胸元を見下ろせば、
不自然にスーツの上着が盛り上がっていた。
それが少しづつ下に移動してさえいる。
シャツの中に何かがにいるようだった。

気持ちが悪い、と思う間もなく、
何かが御剣のまだ形を成さない萎んだ乳頸をつかむと、
埋まっていたそれを、揉みあげるようにして引き上げた。
ぴりっと肌に、痛みが走る。

「痛っ…!」

そうして、指の中でこよりをよるようにつまみ上げ、回しながら、いじり始めたのだ。

「痛ぁ、……っ、やめ……」

思わず声が出た。
誰もいないのに、声が出て、止まらない。
吐き出す呼吸に否定語を載せ、
聞き入れる人間がいるわけでもないのに――声が出てしまう。

いったい自分は何をされるのだろうか。

かすかに震えながら、御剣はその指先を見る。
目が反らせない。
こんなことが、自分の身の上にふりかかっていることが信じられない。

不自然に膨らんだシャツの布地の下で、
ぐにぐにと揉み出された小さい乳頸が、
どんなふうに赤くなり、血を集め、
しこり、固くなり、膨らんでくるのか
――それを御剣はよく知っていた。

見たことも何度もあった。
鏡の向こうで、折り曲げられた姿勢の合間で。
今もその時と同じように、赤く、熟れた色を見せているのだろうか
――そう思えば、腹の中が慄くようだ。
恐怖に震える思考ゆえに、ささいな快楽を脳は増幅して感じさせる。

(中略)
ここを弄られることで得る快楽を、確かに知っていた。
知っていたのだ、かつては。
そう、あの男が――彼が御剣に教えた。
男では感じ得ない場所で感じるじれったい性感、
腰の奥に溜まる甘い蜜の湧き出る方法を、あの男の手が教えた。
御剣の中に潜むメスの快楽、嗜虐の悦楽を。

「――ん!」

じわりとおかしな形に押し広げられる体の奥は、
昨日の衝撃をまだ残しているのか、
意識するだけでひくりと震えて、哀れなほどに力を込めて窄まってしまう。
指や鏡で確かめてはいないが、まだ少し腫れているはずだった。
違和感はまだ残っている。
入ってきたものの、その感触をおぼえている。

「う…、うう…ッ」

叫びだしたいくらい怖いはずなのに、声が出ない。
声帯が凍ったように動かない。
いや、違う、そうではない。怖いのはそれではない。
今唇を解放したら、漏れ出るのは恐怖の慄きではなく
――歓喜の喘ぎ声になるかもしれないと知れるのが、何より、怖い。

「う、」

息を吸い込めないから声が出ない。
力が入らないから声が出ないのだ。
吸う前に吐かなくてはならない。
力を込めるのはよくない、傷を広げるばかりだ――
人に見せる、場所ではない。

柔らかい内臓の粘膜を男の肉で、あるいはそれを模した形で、
存分に底まで嬲られる痛みを、まるっきり知らないわけではなかった。
ダメージは思考を鈍らせる、意識がなくなるのは危険極まりない。
無防備で敵の前にいることの恐怖は存分に知っている。
少しでも楽にならなくてはならない。
力が入らない――いいや、力はかえって緩めたほうがダメージが少なくてすむ。
ようやくそこまで思考が回り始めたとき、何かがすっと上着を探り始めた。













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