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ふっと音が掻き消えた。 はっとして青年が目をやれば、演奏者はゆっくりと青年を振り返っていた。 堂々とした体躯、日に焼けた精悍な肌。 色の薄い瞳はどこか異国の人形のようでいて、人の熱を感じさせない。 長い手指が鍵盤を離れ、すらりとした足が椅子を立ってこちらに歩み寄ってくる。 男の背は高い。 青年は同じ年齢の青年男子の中では、それほど見劣る姿ではなかったが、 その青年が見上げるほどに立派な上背を持っていた。 たくましく鍛え上げられた立派な肉体を包む衣服は、 お仕着せのありあわせのものだが、 それを補ってあまりある権力のオーラを、 男は身に纏っていた。 「どうだったかな? 気に入ってもらえた?」 権力者にしては似合わない、ひどく明るい声で男はそう問いかけた。 青年はなにかリアクションをしなければと思い、 しかしようやく木偶のように頭を上下に振っただけだった。 体が動かない。いや、動かすことが出来なかった。 今一歩でも動いたら、…腰から崩れて、この場にうずくまってしまいそうだった。 「どうしたの? 顔、赤いよ? ―――ちゃん」 青年の名を、そんな親しげに呼ぶ人間は今までにだれもいなかった。 そう呼びかけながら男は、青年に近づいていって、その肩を抱いた。 青年は大げさに背中を震わせる。 「なに震えてるのかな? どうしたの、熱もであるのかな―――顔が赤い」 男は大きい指輪の嵌った太い指で、青年の額に手をかざした。 顎を掴んで持ち上げると、汗ばんだ額に青年の前髪が張り付く。 「………っ」 「熱もあるみたいだね。…風邪でもひいたかな?」 男は心配そうに、しかし目に情欲の炎を隠しもせずに青年に聞いた。 青年はそれに答えようと、ごくりと喉をうごめかす。唇が渇いていた。 「目も、こんなに潤んで。…かわいそうにね」 「……っ、……――――、あなた、…に……」 「ん? そういえば、何か用事があったようだね? 何の用かな?」 「……あなたに………私の、……―――を」 「よく聞こえないなぁ」 「…熱を……計って……もらう…ように、と……」 「熱があるんだ? うん、確かに」 そういって、男は熟練の手つきで青年の腰を撫で回し、 目的のものがそこにあることを確認し、耳たぶに吐息を吹き込んだ。 ぞくりと身をすくませる青年の体から、発情した匂いが立ち上るのを、嬉しそうに嗅ぎながら。 「注射……あなたに、…注射を、……してもらって……くるように、……と、……っ」 青年が荒い呼吸の合間から、用件をなんとか口にしている間にも、 男は青年の腰を撫で回し、ジャケットの下に手を入れ、尻たぶを服の上から掴んだ。 ごつごつとした指輪が肌を擦り、青年はあらぬ声をあげた。 「注射をしてもらってくるようにって? 君の先生はずいぶんいい見立てをしてくれているようじゃないか、驚いたよ。 ボクの注射が太いってこと、知ってるよね、―――ちゃんは」 「……っ、! ……は、…はい……前に、いただいた…ことが…」 「そう。ちゃんと覚えてくれているんだ。 そのときは困ったよねぇ、―――ちゃんったらちゃんと準備してないんだもの。 先生だってそれくらい前に言っておいてくれればよかったのにさ、ひどいよね。 おかげで―――ちゃんの大切なトコロが裂けちゃって、 ボクの注射が血まみれになっちゃったよね?」 「その―――切は、…大変、申し訳…ありませんでした………」 「絨毯は汚れるし。ちゃんと染み抜いた?」 「は、……はい……っ」 「―――ちゃんは、案外不器用だからね。口は―――どっちも上手なのに」 「……そんな……こと、は……」 「ホントホント。…すごいイイよ。 さすが、センセイのお仕込みなだけのことはあるな、って感心しちゃうよ、うん」 「……ん…っ」 「あ、ゴメンゴメン。熱があって大変だったよね。 ボクもあんまり時間がないんだ、早くお注射してあげないと、 今度はキミがセンセイに折檻されちゃうよね」 |
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