『心中お察しする』（U-side） 「…うん、これもいい。これがパターン１５で…」 潮風が気持ち良い人気のない海岸。つい先日あれほど牙を剥いていたのが嘘だっ たかのように穏やかな海のほとりに、ウソップは一人佇んでいた。 正確にはただ佇んでいたのではなく、正しい明日を迎えるため、一生懸命準備を していた。 海はいい。カモメの鳴く声も波の音も全てがウソップを海へと誘う。 まだ見ぬ世界へ。新しい冒険の旅へ。 波がひとつ寄せる度に、走り出したくなるような衝動が全身を突き抜けるけれど 、今のウソップにはどうすることもできない。 冒険も、海賊も、一人では意味がないのだ。 初めは確かに一人だった。 一人でも十分だった。 ただ、故郷からはるか遠いこの場所に、ウソップは今、立っている。 ここに来るまでに、いくつもの島を越え、いくつもの海を渡ってきた。 アイツらと一緒に。 寝食を共にし、生死を分かち合い、家族のように暮らしてきた彼らとの絆を、ば っさりと切り捨てたのは自分自身。 まるで最初から仲間ではなかったかのような物言いで、逃げるように船を降りた 。 酷い裏切りだ。 きっと酷く傷つけた。 船を降りたこと自体に後悔はない。メリー号に対する意見がルフィと平行線を辿 り続けたのであれば、どんな状況であったとしても、自分は船を降りルフィと戦 っただろう。 けれどもウソップが船を降りた理由はそれだけではなかった。 ここまで一味を運んでくれたメリーをあっさりと見限ったルフィを見て、怖くな ったのだ。 自分なりに必死でやってきた。けれども航海が進むにつれ、力の差はますます歴 然としてくる。 役に立たないばかりか足まで引っ張ってしまう自分に、溜息を吐くようになった のはいつからだろう。 そんな鬱屈とした、しかしどうすることもできない現実の最中に、恐れははっき りとした形となってウソップの前に現れた。 見捨てられたメリー号は、近い未来の自分の姿。 耐えられなかった。 司法の塔で聞いたロビンの言葉を思い出す。彼女は言った。こんなことが続けば いくら気のいい彼らでも、いつかはきっと自分を重荷に思うと。重荷に思い、い つかは自分を捨ててしまうに違いないと。 それはウソップの胸の内を、そっくりそのまま代弁しているかのような告白であ った。 にも係わらず、ウソップはそれに軽い怒りを覚えてしまった。 そんな訳があるかと。 人は誰しも、そうどんなに簡単に生きているように見える奴でも、それぞれに抱 えているもんがある。 他人の目から見ればなんでもないようなことだって、当人にとっては大問題だ。 ウソップからすると、ロビンの悩みはわかるようでいてわからない。 ルフィは、アイツは例え世界が相手だろうと、決して仲間を見捨てたりはしない のだから。 だからロビンの不安も恐れも全く杞憂としか言い様がなく、後はそれをロビンが 信じられるかどうかの問題だった。 ルフィを信じる。こんなに簡単なことはないのに。 『じゃあ貴方はどうなの？』 心の奥で、ロビンの声がした。 「う〜ん、もう一捻り欲しい気もするが、とりあえずこれがパターン２１…」 信じているさ。いつだって、今だって。 あの時だって。 ヘマやってドジ踏んで、お荷物になるのが怖かっただけ。あの真っ直ぐな瞳に苦 笑が混じる日が来るのが耐え切れなかっただけ。 そして何より、アイツの足手纏いにはなりたくなかった。 自信が、持てなかった。 自ら船を降りることで守り抜いた小さな自尊心。けれど今はそれがウソップの邪 魔をする。 ルフィもみんなも自分が戻ることを待っているに違いないと、その点ではウソッ プに不安はなかった。 それはエニエスロビーでの言動からも明らかであったし、少なからず役に立てた という自負からくる自信でもある。 かつて感じた迷いはもう、今のウソップにはない。 ただウソップは知っている。船を降りるということがどういうことなのか。 本気だった。だからこそ、こんなにも戻り辛い。 あれだけの啖呵を切って、決闘までして決別したというのに、一体今更どの面下 げてのこのこ戻れるというのか。 だから。 戻る為には綿密な計画が必要になる。できるだけ自然にスムーズに戻れるよう、 色んなパターンを考えておかねば。 なに心配ねェ。きっと待っていてくれている。きっとおれが顔を出すだけで、上 手く話がまとまっていくに違いない。 だが念には念を入れて、アイツらがどう出ようとも対応できるようにしておこう 。 そう考え、ウソップは再び作戦を練りだした。 日暮れまでただひたすらに。 頭の隅によぎる不安には気付かないフリをして、ウソップは何度もシュミレーシ ョンを繰り返した。 |
