Case of A 「彼女と一緒になろうと思います」 そう言った俺に、あの人は穏やかに笑うと「そうか・・・」と一言呟いたきり、 それ以 上何も言わなかった。 親子三人での外出先。あの人は久方ぶりに俺の前に姿を現した。 「なあ、俺に且士をくれないか」 彼のその言葉にとうとうその時が来たか、と思った。 「いいですよ」 俺は笑って彼に返す。彼がそう言ってくれることを、俺は望んでいたから。妻 はこ れから何が起こるのか既に察していた。彼が俺達の前に現れたと言うことは、そ うい うことなのだ。殺し屋の妻になった時から、そして組織を抜けることを決めた時 に、 彼女は覚悟した。俺達に心残りがあるとすれば、一人息子の且士のことだけ。そ れ も、彼のその言葉で杞憂に終わる。 先を行く俺の背中に、彼の視線を感じる。彼の俺を呼ぶ声に振り返った。 そんな・・・そんな悲しそうな顔をしないで。俺は辛くなんてないから。悲し くなん てないから。あなたに殺されるのは、これ以上ないくらい幸せなのだから。他の 誰で もない、あなたに。 彼が銃を構える。静寂の中、彼の指が引き金を引く音を聞いた。銃口から出て くる 弾を、俺の目はスローモーションを見ているかのように捕らえていた。 青い、弾丸。 心臓を貫いたそれから、あなたの感情が伝わってくる。最後の鼓動で俺の全身 を巡 り、爪の先まであなたの感情が行き渡る。ああ、だから悲しまないで。俺は幸せ なの だから。あなたに・・・愛する人に殺される俺は、幸せなのだから。 次第に暗くなっていく視界。最期まであなたを映していたくて瞼を閉じなかっ たの に、今はもうあなたの顔さえ見えない。それでもあなたの靴音が近づいてくるの を、 最後に残された器官が感じ取っていた。 「 」 彼のその言葉を遠くに聞きながら、俺の意識は闇へと沈んだ・・・。