第三回



        *


 ──きっかけはほんの遊び心だった。
「一、二時間我慢するだけで何万円も稼げるから」
 悪友の律子に言われ、北大路香澄(きたおおじ・かすみ)は目を丸くした。
 しっとりとした風貌の少女で、いまどき珍しいほどの純和風な雰囲気を漂わせている。形のよい眉の下で、美しい切れ長の瞳が涼しげだった。艶のある綺麗な黒髪は、肩のところまでまっすぐに伸びている。
「それって、援助交際ってこと? あなた、そんなことしていたの」
「そんなこと? 皆やってるって。ちょっとオヤジどもの相手するだけで、いっぱいお金もらえるんだから」
 悪友はすっかりご満悦の表情だ。口元に浮かぶ笑みには、高校生の少女らしからぬ艶があった。
(早い話が、売春じゃない)
 苦々しい思いでつぶやく。
 周囲の友人たちが遊び感覚で売春ごっこをしていることは、彼女も噂で知っていた。が、こうして誘われたのはもちろん初めてだ。
「ま、無理かな。香澄はお嬢様だもんね」
 馬鹿にするような言葉に、ぴくり、と眉を吊り上げた。
「私は──」
 たしかに悪友の言うとおり、彼女は京都の老舗旅館を経営する両親を持つ、れっきとしたお嬢様だった。名門進学校の白天(はくてん)女学院に憧れ、今は親元を離れて下宿している。
 もちろん名門校である白天女学院にはずっと憧れていた。そのためにわざわざ越境入学したのも事実だ。
 だが、それだけが理由ではなかった。
 幼いころから社長令嬢としてチヤホヤされていて、常に周囲の人間は自分から距離を置いていた。自分がお嬢様だ、ということに反発する気持ちも少なからずあったのだ。
「香澄ってまだバージンでしょ。結婚するまで純潔なカラダでいたい、ってやつ? あははは」
 律子に鼻で笑われ、思わずカチンとなった。
「……子ども扱いしないで」
 たしかに香澄はバージンだ。男女交際の経験くらいはあるが、何十人もの男性経験がある目の前の悪友にくらべれば、『お子様』なのかもしれなかった。
 だからといって、言われっぱなしで黙っていられなかった。年頃の少女らしい勝気さが頭をもたげ、香澄は律子に詰め寄った。
「ん?」
「え、援助交際くらい、私だってできるわよ」
 さすがに声が震えた。
 売り言葉に買い言葉──
 だが香澄とて年頃の、十六歳の少女なのだ。
 人並みに、セックスへの好奇心はある。半ば勢いで発した言葉だが、半ばは性行為への抑えきれない興味があった。
「ふーん……お嬢様でも性欲は人並みにあるのか。じゃあ、試してみる?」
 悪友の口元に笑みが浮かぶ。
 今さら後には引けなかった。
「ええ、もちろん」


        *


 町中の喫茶店が待ち合わせ場所だった。放課後になり、香澄は制服から私服に着替えて、指定された席に向かう。
(あの人は……!)
 相手の男は、すでに席についていた。
 香澄にとっても、見覚えのある顔だった。
「今日の相手は君か、北大路くん」
 榎本という名の、白天女学院の中年教師だった。
 パリッとしたスーツ姿の、四十がらみの男だ。眼鏡をかけていて、いかにも生真面目そうな印象を受ける。
「榎本先生……」
 まさか自分が通っている高校の教師が相手だとは思わず、香澄は少なからず戸惑った。
 榎本は律子を通じて、援助交際の相手を何人も紹介してもらっているらしい。
 律子の交友関係は広い。彼女の友人や、友人の友人、そのまた友人──
 あらゆるツテを頼り、女子大生やOL、そしてこの学校の女生徒まで、何人もの女を何人もの男に紹介し、仲介料まで取っているとのことだった。
(律子ったら……)
 香澄は心の中でため息をついた。
 自分の友人が、そこまで大掛かりなことをしているとは知らなかった。
 榎本もその口で、すでに白天女学院の生徒を何度も買春しているのだという。
「へえ、君みたいな真面目な生徒がねぇ。いや、感激だよ。君、まだ処女なんだろ?」
「…………」
 香澄は自分がバージンであることを馬鹿にされた気がして、思わずそっぽを向いた。
「わ、私だって経験くらいあります。もう高校生なんですよ」
「ほう、意外だね。君みたいに真面目そうな子が」
「今日だって、こうして援助交際に来たじゃないですか」
 切れ長の瞳を吊り上げ、まっすぐに教師を見据える。
「ふふ、『援助交際』なんて単語を、あまりみだりに口にしないでくれよ。誰に聞かれているか分からないからね」
 思わず周囲を見渡した。
 今の会話を知っている人に聞かれたら、香澄が学校の教師と売春をしている、という噂があっという間に広まるだろう。


 ──郷里の親がこのことを知ったら、どう思うだろうか。


 ふとそんなことを考え、怖くなった。
 黙りこんだ香澄を見て、彼女の気分を損ねたと思ったのか、
「そんなに邪険にしないでくれよ。みんなやっていることさ」
 榎本が親しげな口調で笑う。
「みんながやっている……」
 鸚鵡返しに中年教師の言葉を反すうした。
 そう、たいしたことではない。誰もがやっていることを自分も経験するだけだ。
 自分自身の心に何度も言い聞かせた。
 周囲の友人よりも少し遅れた初体験だが。
「そろそろ行こうか」
 榎本に促され、立ち上がる。
 ──二十分後、二人はラブホテルの一室にいた。



「これがラブホテルなんですね」
 香澄は物珍しい気持ちで周囲を見渡した。
 思ったよりも、部屋全体が広い。大きなベッドが中央にあり、テレビやカラオケなどが部屋の隅に配置されている。
「なんだ、ラブホテルは初めてか? いまどきの女子高生ならラブホテルに来たことくらいあるんだろう」
「初めてです。と、いうか……その、エッチすること自体が初めてなので」
 香澄が恥ずかしさを堪えて告白すると、榎本は驚いたように声を上げた。
「ほう、本当に処女だったのか。いまどきの若いコにしては珍しいじゃないか。まあ、北大路くんは真面目そうだからな」
「私、早く捨てたかったんです。周りの子はどんどんバージンを卒業してるのに、私だけがいまだに男の人を知らなくて。コンプレックスだったんです」
「初体験になるんだぞ。援助交際なんかで初体験していいのかね?」
 榎本は妙に真剣な顔で念押しした。
 たしかに好きでも何でもない相手と生まれて初めてのセックスをするのは、好ましいことではないのかもしれない。
 だが香澄はもう迷わなかった。早く性体験を済ませたい、という焦りと好奇心のほうが遥かに勝っていた。
「はい、お願いします」
 香澄は思いきりよく私服を脱ぎ去り、彼に裸体を披露した。男の前で裸をさらすのは、もちろん初めてのことだ。
 一糸まとわぬ姿をさらした瞬間、めまいがした。
 急に、緊張が込み上げてきた。
 心臓が、どくん、と鼓動を高める。


(やだ、恥ずかしい……)


 頬がかあっと熱くなる。勢いだけで服を脱ぎ捨てたものの、羞恥心で両足の震えが止まらなかった。
 榎本はほう、と短い歓声をあげた。
 女子高生離れした、色気のあるヌードだった。起伏のある女体は、成長途上とはいえ十分に成熟している。乳房は若々しくツンと張り、まろやかな腰と尻のラインが女性らしさを主張している。
 榎本は若々しい裸体に圧倒されたのか、声もなく立ち尽くした。
「あ、あんまり見つめないでください」
 全裸を視姦される羞恥に耐えかね、香澄は声をうわずらせた。両手で胸と股間を覆い隠す。
 榎本が発情の吐息をもらし、歩み寄った。
 おもむろに香澄を抱きすくめると、ぬめぬめとした唇を香澄の唇に押し付けようとした。
 眼前に、中年男の顔が迫る。
 タバコ臭い息が吹きつけて、思わず顔をしかめた。
「ま、待って、キスは駄目です」
 香澄が慌てて拒否をした。
「どうしてだ?」
「そういうのは、恋人同士でするものですから……」
「セックスするのはよくても、キスは駄目なのか。どういう理屈だ」
 榎本は不審げに首をかしげている。
「だって──」
 香澄がうつむいた。
 自分でもこの気持ちはよく分からない。
 別にキスが未経験というわけではない。中学のときに付き合った彼氏と、キスまでなら経験済みだった。
 だが唇を許すのは、心まで許すことにつながる気がして──なぜか、とても嫌だったのだ。
「今どきの女子高生の考えはさっぱり分からないな。じゃあ代わりにおっぱいを責めさせてもらおうかな」
 榎本はキスを諦め、チュッと乳首に吸い付いた。乳首全体を口に含んでチロチロと舌を転がす。


 ちゅく……ちゅく……


 唾液を塗りたくられる水音と、舌の腹で乳の尖りを吸われる音が混じりあい、淫猥なハーモニーを奏でた。
(やだ、気持ちいい)
 香澄は細い喉をさらして、喘いだ。
 生まれて初めて異性の愛撫を受け、片側の乳房が熱感を増していく。
 榎本は、さらにもう片方も口に含んだ。口内に巻き込むようにして、紅い蕾を吸い付ける。
「あン……」
 香澄は小さく声を漏らし、ビクッと肌を震わせた。
 榎本の口唇愛撫は手馴れたものだった。
 敏感な突起を優しく舐め、的確に刺激してくる。尖った舌が乳首を突くたびに、香澄の体が小刻みに震える。
「処女じゃないって言ったけど、本当はどうなんだ?」
「そ、それは……」
 榎本にいきなり言われ、言葉が詰まった。
 眼鏡越しに鋭い視線を浴びせられると、頭の中が真っ白になった。
 経験済みだと嘘をついたことが、あっさりと見透かされている気がした。
「男と付き合ったことはあるんだろ」
 乳首から唇を離し、榎本がたずねた。
 双丘への愛撫で意識がぼうっとなっていた香澄は、なかば反射的にうなずく。
「え? はい、まあ……」
「そいつとは、なんでヤらなかったんだ?」
「まだ中学生でしたし、そこまでは踏み出せなくて……」
 実際、中学時代に経験した男女交際は数ヶ月程度のものだった。近くの遊園地や映画館など定番コースをデートしたり、帰り道に軽いキスを交わしたり──いかにも中学生らしい清い交際だったのだ。
「で、援助交際で初体験しようって思ったわけか」
「なんとなく……」
 香澄がつぶやく。
 なかば律子に押し切られたところもあったし、彼女自身の好奇心も手伝ってのことだった。
「なんとなく処女喪失か。ふん、嘆かわしい世相だな」
 自分が女子高生を買春していることは棚に上げて、榎本が偉そうに腕組みをする。
 それから手早く服を脱いで、自分も全裸になった。
 香澄の体をベッドに横たえると、股を左右に押し開く。剥き出しになった割れ目が男の前にさらされると、猛烈な恥ずかしさが込み上げた。
(嫌……そんなに見ないで)
 男を知らない滑らかな肌が下腹から続き、股間でぷっくりとした丘になっている。淡い秘毛が茂り、真下の割れ目からは初々しい花弁がはみ出していた。
 男はそこに指を当て、グイッと花びらを左右に開いた。
「あっ……」
 陰唇が左右に開き、サーモンピンクの粘膜があらわになる。テラテラと光る膣壁を覗き込まれると、気恥ずかしさが急激に込み上げた。
「お願い、あんまり見ないでください」
 香澄は声をうわずらせ、腰をよじらせた。
「処女のアソコなんて滅多に見れるもんじゃないんだ。じっくり見させてもらうよ」
「恥ずかしい……」
 羞恥のあまり香澄は両手で頬を押さえた。
 全身ヌードを見られるよりも、乙女の秘められた場所だけをじっくりと見られることのほうが何百倍も恥ずかしかった。
 榎本はやがて、ひっそりと閉じられた入り口にペニスの先端をあてがった。
「これが……入るんですね。早く……はやく!」
 男を初めて秘裂に迎え入れる期待に体中が熱く疼く。
 身を潜めて、その瞬間を待つ香澄の秘孔に、くちゅっと堅い物体が当たった。閉ざされた割れ目に照準を合わせ、男はグッと腰を押し出す。
「あッ……は、入ってくる!」
 黒いセミロングの髪を激しく振り乱した。


 ぐっ、ぐぐっ、ぐぐぐぐっ!


 強引に肉襞を押し広げ、太く硬いものが押し入ってくる。
 少しずつ押し込む感じで、男がじわりじわりと腰を沈ませた。
「くぅっ、あっ、あはぁぁっ……!」
 セックスへの期待感で十分に濡れていたせいか、破瓜の苦痛はほとんど感じなかった。
 巨大な男根がずぶずぶと体内に没入していき、やがて、体の奥でなにかが突き破られる感触があった。
「ああ……!」
 香澄が中年教師に処女を征服された瞬間だった。
(とうとう挿れられちゃった)
 結婚前に純潔な身体でなくなってしまった、という罪悪感はない。
 むしろ女として一番大切なものを捧げた、という誇らしげな思いすら浮かんでいた。満足な気持ちで、たった今自分の処女を奪った男を見上げる。
「僕が君の初めての男になったんだね。北大路くん、どんな感じだ?」
 香澄の純潔を奪った男は、優越感に満ちた笑みを浮かべていた。
「私、男の人と経験しちゃったんですね」
 処女じゃなくなったという淡い感慨もあったが、それよりも、ようやく初体験できたという満足感のほうがずっと大きかった。







 〜第四回に続きます〜

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