第一回



        *


「ああっ……はぁぁぁん」


 艶めいた嬌声が部屋の中に響き渡る。男の肥満腹のうえで、美貌の女子大生が腰を揺らしていた。
 騎乗位で激しく交わっている。
 女は、眼鏡をかけた真面目そうな容姿をしていた。男の腰にまたがり、出し入れを繰り返す。
 そのたびに、豊かな乳房が勢いよく上下に弾んだ。
(うわー、いやらしい眺めだな)
 下になっている男は至福の面持ちで笑みを浮かべ、量感たっぷりに揺れるバストを見上げている。
「だめぇ! 私、もう……もう、イクう!」
 巨乳をぷるぷると震わせ、眼鏡の女子大生がエクスタシーに駆け上がる。


 ──と思った瞬間に、目が覚めた。


「なんだ、夢か……」
 布団から太った上体を起こし、増田冬彦(ますだ・ふゆひこ)はため息をついた。
 先日、同じ大学に通う女子大生との情事を、あらためて思い出す。夢の内容は、ほとんど現実をそのままなぞったものだった。
 ふと見ると、掛け布団に覆われた下半身は大きくテントを張っていた。布団の内側を怒張したものが高々と押し上げている。
「今日はまたスゴイな」
 我ながらにやけてしまう。
 股間に血流が集まり、パンパンに膨らんでいた。肉棒が痛いほどに勃起し、びくん、びくんと脈打っている。
 これほど強烈に朝勃ちしたのは初めてだった。
 童貞を失い、女を知ったことが大きいのかもしれない。
 それも美咲に真由と、大学内でもとびきりの美女と立て続けにベッドを共にしたのだ。
 美咲とは一度きりだが、真由とはその後も肉体関係を続けていた。
 これまでは映像や妄想でしかなかった女体が、今ではリアルに触れられる存在として身近にある。
 二人の裸身や、ベッドでの乱れぶりを思い出した。
 ポニーテールに勝気な美貌が魅力的な、近藤美咲(こんどう・みさき)。
 眼鏡をかけた優等生タイプの、篠原真由(しのはら・まゆ)。
 いずれも、普通に生きていれば、増田のような男には一生縁がなかったであろう美女たちだった。
 だが二人とも増田に体を開き、増田の肉棒を受け入れた。
『断罪天使』の力によって──
「ふう、あのサイトにはホントに感謝しなきゃね」
 思わず口元が緩む。
 下手をすれば一生童貞かもしれない、と憂鬱だった日々が嘘のようだ。
 と、家の前でがさごそという音が聞こえてきた。
 近所の誰かがゴミ集積場にいるのだろう。
「あ、ゴミ出ししなきゃ……」
 増田は思い出したようにつぶやいた。
 気がつけば、部屋の中はゴミ袋が山積みだ。大半はコンビニで買ったスナック菓子や弁当の空きパックなどだが。
「よっこら……しょっと」
 中年オヤジのような声を出し、大儀そうに腰を上げた。ぶよん、と脂肪のたっぷりと詰まった腹が揺れる。
 ゴミ袋を手に、外へ出た。


        *


 早朝のゴミ集積場──
 増田はスナック菓子の袋やコンビニ弁当の空き容器が大量に入ったゴミ袋を運んでいた。
 彼の住んでいる地域では、燃えないゴミの日は第一と第三の水曜日になっている。
 燃えるゴミと燃えないゴミに分別するのは面倒なのだが、ゴミ出しのときに近所の主婦に口うるさく言われるので、しぶしぶ仕分けしているのだ。
 と、
「あら、ちゃんと仕分けしてゴミ出ししているのね。偉いわ」
 声をかけてきたのは、しっとりとした風貌の女性だった。
 年齢は二十代半ばくらいだろうか、いまどき珍しいほどの純和風な雰囲気を漂わせている。
 黒髪を綺麗に結い上げた上品な美貌が、同年代の女とはまるで違う大人の魅力を感じる。
「あ……」
 思わず声を詰まらせる。美人に話しかけられてドギマギしていた。
「こ、こ、こんにちは」
 増田はかろうじて、それだけを口にできた。
 相手は掛け値なしの美人。
 対する自分はただのデブオタだ。
 丸顔と広がった鼻ははっきり言って豚顔だし、体つきはすでに中年の貫禄を宿す肥満体型。
 腕と足が短いせいもあって、ビヤ樽のような外見だった。
 絵柄的にはどう見ても釣り合わない。なんとなく劣等感を覚えてしまう。
「この近くに住んでいるのかしら? 学生さん?」
「あ、はい明倫館大学に通っていて……そこの『アパート赤嶺』に住んでます」
「あら、じゃあほとんどお隣さんね」
 香澄がにっこりと会釈した。薄くルージュを引いた唇が綺麗なカーブを描く。
「『アパート赤嶺』の二つ隣に一軒家があるでしょう? 私はそこの家のものなの。池畑香澄(いけはた・かすみ)です。近所だしよろしくね」
「あ……増田冬彦です」
 顔を赤く染めながら、慌てて自己紹介をする。
(ホントにキレイな人だな)
 藍色の和服で包まれた肢体に、増田は無遠慮に視線を這わせた。
 匂いたつような人妻の色香にめまいすら感じる。
 美咲や真由といった美人女子大生と接してきた増田だが、既婚者である香澄はまったく別種の魅力を放っていた。
「すごい量ね。スナック菓子とコンビニのお弁当ばっかりじゃ、身体に悪いわよ」
 彼が両脇に抱えたゴミ袋を見て、香澄が嘆息する。
「自炊はしていないの?」
「僕、一人暮らしですから」
「ご飯を作ってくれる彼女はいないのかしら」
「そ、そそそそそそんなっ、いないですよ、そんな人!」
 増田は赤くなって否定した。
 恋人など二十二年間の人生で一度もできたことがない。男女交際というのは増田にとって未知の世界なのだ。


 ──セックスの経験なら、二人ほどあるが。


 彼の初々しい反応が面白かったのか、香澄はくすりと笑って付け足した。
「あ、そうだ、よかったら今度肉じゃがでも持ってきてあげましょうか。私の家、主人が残業多くて、よくお夕食があまるのよ」
「は、は、はいっ、喜んでっっ」
 思わず返事が上ずってしまった。
 香澄はもう一度笑った。優しい瞳が笑みの形にカーブを描く。
 と、バランスを崩し、倒れこんだ。
「うわ、と、と……」
 太った体で相手の胸元にダイビングしてしまう。
「きゃあっ」
 香澄が軽く悲鳴を上げた。
 着物のため、柔らかな乳房の感触は味わえないが、それでも人妻の胸元に顔を埋めているという事実に陶酔する。
「あ……」
 実際に触れたら、どんな感触なのだろうか。夢想しただけで気持ちが蕩けてしまう。
「す、すみません」
 泡を食った増田は体を離そうとして、手を突っ張った。
 だが……そもそも肥満体で俊敏な動きをしようということに無理がある。誤って香澄の腰に手を回し、和服のうえから尻を撫で回してしまった。
「あ、あ……」
 増田の顔色が青ざめた。
 まったくの偶然とはいえ、これでは痴漢行為同然だ。警察に突き出されても文句は言えないようなことを仕出かしてしまった。
「あ、あの、僕……」
 増田はしどろもどろで、声をうわずらせた。
 思考回路が完全にショートしていた。
 言い訳の言葉すら上手くでてこない。
 次の瞬間──香澄は優しい微笑を浮かべていた。
「もう、意外とドジなのね」
 増田の失態を咎めるわけでもなく、愉しげに笑っている。
 大人の女の余裕だった。
 増田はポーッとなって、人妻の艶やかな笑顔に見とれてしまう。
(素敵な人だな……)
 同学年の美咲や真由とはまるで違っている。
 そのとき、結び目がゆるかったのか、増田の抱えていたゴミ袋の口が解けて、中身が散乱した。
「あーあ」
 舌打ちまじりに中身を拾い上げ、ゴミ袋へと戻す。
 と、香澄が彼の側にしゃがんだ。一緒になってゴミ拾いを手伝ってくれる。
「そんな、いいですよ」
「遠慮しないで」
(優しいな)
 先ほどの粗相にも態度を荒げず、常に相手を気遣ってくれる。
 大人の態度だった。
 増田は感激した。他人に疎まれたり、馬鹿にされることには慣れている。だが人に優しくされることには、まるで慣れていないのだ。
「どうかした?」
 香澄がにっこりと笑う。ふわり、と上品な香水の匂いが漂ってきた。これが大人の色香というものなのだろうか。人妻のかもし出す雰囲気と相まって、増田はドギマギしてしまった。
「あ、いえ……」
 顔を赤らめてゴミ拾いを再開する。
 その手が香澄の手に重なった。同じゴミを拾い上げようとして手がぶつかったのだ。


 ──人妻の手は、やわらかい感触がした。


        *


 夏の明倫館(めいりんかん)大学は楽園だった。
 薄着姿の女子大生があちらこちらに見受けられる。
 目を凝らせば下着のラインが透けて見える。
 眼福だなぁ、と増田は古めかしい言葉を思い浮かべながら、周囲の女子大生を思いっきり視姦する。
 と、その中で、増田は眼鏡をかけた黒髪の女子大生とすれ違った。
 ショートカットにした髪形が清楚な印象を受ける。白いワンピース姿が、そんな容姿によく似合っていた。
 清らかな相貌とは裏腹に、服の上からでも胸元の豊かな膨らみがよく分かる。内側から弾けそうなほど大きく、美しい形をした見事なバストだった。
「おはよう、真由」
 増田は口の端をゆがめ、彼女──篠原真由に挨拶を送る。
 女の子に対して、これほど堂々と接したのは生まれて初めてのことかもしれない。前回の体験が増田に大きな自信を与えていた。
「お、おはようございます……」
 一方の真由は顔を伏せ、目線をあわせようともしない。彼に抱かれ、意に沿わぬ絶頂を味合わされたためか、気まずそうな態度だった。
 一刻も早く立ち去りたい、といった様子の真由を、増田が引きとめた。
「つれないなぁ。せっかく会えたんだから、もっと話をしようよ」
「は、話すことなんてありません。この間のことは──もう終わったでしょうっ」
 真由が周囲を気にしてか小声で、しかし鋭い声で叫ぶ。
「あんなにヨガってたくせに」
 増田は笑顔を崩さない。
「あ、あれは……!」
 真由は唇を震わせた。
「君が死ぬほどイッちゃった後の写真はちゃーんと保存してあるよ。こんな写真、他人には見せられないよねぇ」
「卑劣な人ですね、あなたって」
 増田は答えない。
 真由の豊かな胸元に視線を這わせっぱなしだ。彼女の呼吸に合わせ、ワンピースに包まれた双丘が緩く上下していた。
「ど、どこを見ているんですか」
 真由はサッと頬を染め、胸元を両腕で包み隠した。初々しく恥じらう姿は、清純派という言葉がぴったりだった。
 二の腕で挟まれて左右の乳丘が中央に寄る。真由は意図していないのだろうが、胸元に谷間状の深いくぼみができていた。
 胸を隠そうとして、かえって男を喜ばせる構図ができたわけだ。
「ふふ、本当に眼福だ」
 先ほどの台詞を、今度は口に出してつぶやく。
「これからもよろしく頼むよ。まだまだ君の体を楽しみたいからさ」
「……こんなことがいつまでも続くと思わないでください」
 真由が眉間を険しく寄せた。
 たとえどれだけ脅されても、快楽に溺れたとしても、彼女の正義感は揺るがない。芯の部分でどこまでも真面目な女性だった。
 だからこそ堕とし甲斐があるともいえるが──
 と、
「どうかしたの、篠原さん」
「あ、加賀美くん……」
 真由と増田が同時に振り返ると、ひとりの青年が立っていた。童顔で、高校生くらい見える。
 もっとも、実際には増田や真由と同学年くらいだろう。
(もしかしたら彼女に気があるのかな? だけどざーんねん。彼女は僕が美味しくいただきましたよぉ)
 増田は暗い愉悦を感じた。


 あの大きな胸も、
 まろやかなお尻も、
 そして女にとって最も秘められた器官さえも──


 すべてを自分が奪い尽したのだと思うと、快哉を叫びたい気分だ。
「真由の知り合い? なんだったら、僕にも紹介してよ」
「えっ……」
 真由が戸惑った表情で見返した。
「友達の友達は、友達っていうじゃない」
「……どういうつもりよ」
「べつに。僕が友達作りをしちゃ、おかしいかな?」
 増田がにっこりと笑う。
 真由はしぶしぶといった様子で、彼に青年を紹介した。
「……こちら、加賀美圭一(かがみ・けいいち)くん。私のバイト仲間よ」
「ふーん、あのコンビニで一緒に働いてるわけか」
 増田がつぶやいた。
 真由のアルバイト先は増田の住む『アパート赤嶺』の近くにある。もともと初めて彼女に出会ったのも、そのコンビニでのことだった。
 最悪の出会いではあったが。
「加賀美くん、こちらは──増田さんよ」
「よろしくね、加賀美くん」
「ああ、こちらこそよろしく」
 増田が手を上げると、加賀美は爽やかに挨拶を返した。笑みを浮かべた唇の隙間から、綺麗な白い歯がのぞく。
 同じ表情を増田が浮かべたら『気色の悪いにやけ笑い』だろうが、彼がすると実に様になる。
(やれやれ、美男美女のカップルか)
 以前の増田なら、これだけの美男子と向かい合って気後れしていただろう。劣等感にさいなまれ、対等の気持ちで相手と話すこともできなかっただろう。
 だが今は違う。
『断罪天使』がもたらしてくれた『力』が、彼に圧倒的な優越感を与えている。自分はもう何もできないデブオタではない。
 余裕を持って加賀美の視線を受け止め、増田はにやりと笑った。
 ──考えてみれば、真由はいつでも抱ける。
 増田はふと思った。
 美咲のときと違って、真由を脅すためのネタは手元に保存してあるのだ。それを使えば、彼女は増田の言いなりだろう。
(真由は僕専用の肉奴隷としてキープしておくとして……せっかくだから他にも開拓しようかな)
 幸いにも、脅迫ネタの無料提供サービスはまだ四回分残っている。
(あと四人、か)
 おとなしかった青年の心に、確かな『闇』が芽生え始めていた。






 〜第二回に続きます〜

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