第一回



        *


 ──一ヶ月前。
「借金が五百万円ってどういうこと?」
 加賀美涼子(かがみ・りょうこ)は細い眉を吊り上げて叫んだ。
 涼子は二十四歳。短大卒業後、とある商社に入って四年目のOLだ。担当部署は経理課。社内でもけっして目立つ存在ではないが、着実に仕事をこなす彼女は上司からの信頼も厚い。
 華々しさのない地味な容貌に飾り気のないボブカットの髪型。だがよく見ると、顔だちはかなり整っている。きちんと化粧をすれば、見違えるような美人になるだろう。スレンダーな体つきはすらりと引き締まっている。
「ご、ごめん、姉さん」
 弟の圭一(けいいち)が決まり悪げに頭を下げる。
 こちらも姉同様、整った顔立ちをしていた。美形である。
 実際、弟がかなりモテることを、涼子は知っている。もっとも派手な女遊びをしているわけではなく、とりあえずきちんと相手を絞って付き合っているようだが。
 そういう女関係では、涼子は弟のことを信用していた。
 ただし、別の面ではあまり信用を抱いていない。
 すなわち──お人よしであること。
 言い換えれば騙されやすいのだ。
 そして今も──
 その騙されやすさのせいで、弟はとんでもない事態に巻き込まれている。
「雪だるま式ってやつでさ。大学に入りたてのころ、友達の保証人になっちゃって。一年たったころにその友達、どっかに行っちゃって」
 弟はしどろもどろに弁解する。額にびっしりと汗が浮かんでいた。
「保証人のあんたのところに弁済義務が来たってこと? それにしても──」
 涼子はやれやれ、と心中でため息をついた。
 五百万円という額は半端ではない。
 まあ数十万円の借金を複利方式で一年間転がせば、そうなるのかもしれないが……涼子の貯金をすべてはたいても半分くらいしか返せないだろう。
 圭一は可愛らしい童顔をくしゃくしゃに歪め、泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「どうしよう、姉さん……俺、もうパニックになっちゃって」
「とにかく、お父さんやお母さんに相談して──」
「だ、駄目だよ! そんなこと出来ない。だから姉さんに相談したんじゃないか」
 性格がおとなしく、気が弱いところもある弟だった。だがその分他人に優しく、また他人の痛みや苦しみにも敏感だ。
 借金の保証人になったのも、おそらく友人が困っているのを見かねてのことなのだろう。
 その優しさが仇となったわけだ。
「圭くん……」
 涼子は唇をかみ締めた。
「どっか行っちゃったって、その友達は本当に見つからないの? ご家族に連絡するとか」
「そいつ、大学もやめっちゃったみたいで……とにかく連絡が取れないんだよ。実家の住所だって分からないし」
「困ったわね」
「姉さん……」
 すがるような顔の圭一。
 涼子はもう一度ため息をついた。
 四つ年下の圭一は、彼女にとってたった一人きりの可愛い弟だった。子供のころから姉弟仲もよく、喧嘩をしたことは一度もない。
 出来ることなら穏便に解決してあげたい。
「わかった。あたしに任せておいて」
 たったひとつだけ金の当てがある。ただし、それには危険な橋を渡る必要があった。
(圭くんに、これ以上苦しい思いをさせはしない)
 涼子の瞳に強い光が宿った。


        *


 ──季節は八月になっていた。前期試験が終わり、明倫館大学は夏休みに突入している。
「ふう、ちょっとセックスしただけで汗だくだなぁ」
 増田冬彦(ますだ・ふゆひこ)のでっぷりとした裸体は滝を打ったように濡れていた。
「まあ、それはそれとして……そろそろ続きをしよっか、真由。僕、もうビンビンだよ」
「まだするんですか? もう三回目なんですけど」
 布団の隣に横たわる篠原真由(しのはら・まゆ)がうんざりしたように顔をしかめた。
 ショートカットの清楚な容姿をした女性だ。眼鏡の奥の瞳は、知性的な光をたたえている。雪のように白い裸体は何度見ても、見飽きるということがなかった。
 彼女が自慰をしている写真を見せて真由を脅し、肉体関係を持つようになって二週間になる。
 そのときの、ホテルでのセックスシーンを撮影した写真をもとに、増田はさらに真由を脅した。
 この写真をばら撒かれたくなければ──
 陳腐な脅し文句は、真由に対して劇的に作用した。
 真面目な性格のせいか、彼女は醜聞を人一倍嫌う。
 写真を公開しないことを条件に、真由と定期的に会ってはこうしてセックスを繰り返していた。
 彼女以外にもうひとり、最近知り合った人妻の池畑香澄(いけはた・かすみ)とも肉体関係を重ねているが、とりわけ真由とのセックスは病み付きに近かった。
 彼女は男性経験が少ないせいか、セックスの反応もいちいち初々しい。それが増田の征服感を刺激するのだ。
 ただし、さすがに毎回毎回ラブホテルでは金がもたないため、今日は彼のアパートに真由を連れ込んでいた。
(ラブホテル代も馬鹿にならないんだよねぇ)
 増田が内心ため息をつく。
 アルバイトもロクにしていない上に、食費は人の数倍。なおかつエロ本やエロゲーなどに金を浪費している。万年金欠で悩んでいた。
「いつになったら私を解放してくれるんですか?」
 真由が掛け布団を引き寄せ、白い裸体と見事なバストを隠しながら言った。
 眼鏡をかけた瞳が不快そうに彼を見据える。
 セックスの最中でも眼鏡を外させないのは、完全に増田の趣味だった。『僕って眼鏡っ娘属性もあるんだよねぇ』と彼女に説明すると、思いっきり顔をしかめられたが。
 真由は唇をかみ締めてうめいた。
「私だっていい加減に嫌なんです。好きでもない人と何度もこんなことをするなんて……」
「気持ちいいんだからイイじゃない。減るものでもないし」
「そういう問題じゃありません」
 予想通り真由が怒る。本質的に真面目な娘なのだ。
「セックスって愛情行為でしょう。快楽だけが目的でするものじゃないわ」
「世の中にはセックスフレンドって関係もあるよ」
 増田があっけらかんと笑う。真由は汚らわしいものに出会ったかのように顔を背けた。
「私は……嫌です。不潔です、そんなの」
「お堅いよねぇ、真由は。香澄さんはもうちょっと割り切ってるのに」
「香澄さん?」
「僕がゲットした人妻。夫に秘密を知られたくないからって、会うたびに股を開いてくれるよ。ついでに自分も楽しんでるし。まあ、旦那さんだけじゃ満足できないんだろうね」
「私だけじゃなかったのね……!」
 真由がすさまじい形相で増田をにらんだ。眼鏡をかけた瞳が怒りで爛々としている。
「あれ? もしかしてヤキモチ?」
「違います!」
 冗談じゃない、とばかりに真由が激しく首を振る。
 ジョークの通じないコだなぁ、と思いながら、増田はふたたび真由の体を引き起こす。
「さ、そろそろ三回戦といこうか。話しているうちにまたムラムラしてきちゃったよ」
「い、嫌です、これ以上は──んぐっ!」
 抗弁しかけた真由の唇を、増田のタラコ唇が無理やり塞いだ。
 ぷっくりとした桜色の唇に肉厚の唇を重ね、ぶちゅ、ぶちゅ、とわざと音を立てて吸いたてる。
 そのまま唇を上下に割り、舌を差し入れていく。


 くちゅっ、くちゅっ……


 二人の舌が絡み合い、室内に淫靡なハーモニーを奏でた。
 逃げる彼女の舌を増田の舌が追いかける。ヘビのようにくねりながらどこまでも追いかけていく。
 やがて追いつくと、清楚な女子大生の舌に思いっきり己の舌を巻きつけた。
「う……ん、むぅ……」
 抵抗する真由だが、しつように責めているうちに自分から舌をからめるようになっていった。
「んっ……うっ」
「んぐ……ぐ……」
 二人の舌が生き物のように蠢いて重なり合い、唾液をすすりあった。


 ごくっ、ごくっ、ごくっ、ごくっ……


 たっぷり飲み干すと、真由の唾液は甘露の味がする。
「真由のキス、本当に最高だね。フェラとかのテクニックは香澄さんのほうがずっと上だけどさ」
 真面目な優等生とのキスをたっぷりと堪能し、増田は真由の唇を解放した。
「ねえ、もう満足でしょう? いい加減に開放してください」
「分かってないなぁ。僕の手に脅迫写真がある以上、君は従うしかないんだよ」
「…………」
「僕とセックス、してくれるよね?」
「くっ……」
 真由が悔しそうに唇をかみ締めた。
 増田はひゃっほう、と歓声をあげ、豊かな胸を揉みしだいた。
 硬い芯を残しながらも、女らしい弾力も併せ持つ、心地よい感触。
 ピンク色の乳首を赤ん坊のようにチューチュー吸うと、真由の顔がほんのりと上気しだした。
「あれ、感じてるの?」
「やっ、ダメ……そこは……」
「なんだかんだ言って、僕の体がいいんでしょ? 何回もエッチしたし、すっかり開発されちゃったんだよね」
「じ、冗談はやめてくださいっ。誰が……あなたなんかにっ……ああ!」
 口では抵抗しながらも、真由の口からは断続的に喘ぎ声が漏れる。
 増田はねっとりとした愛撫で真由のバストの感触を堪能した。それから桃色の女体を四つん這いにさせて臀部を抱え込む。
「さ、入れちゃうよ」
 自分のペニスに片手を添えて、体液でぬめるワレメにあてがった。


 くちゅっ……


 湿った水音が響き、肉茎の先端に熱い感触がした。
 口では何のかんの言いながらも、真由もまた欲情しているのだ、と確信する。勢い込んで腰を突き出した。
 可愛らしい小尻を鷲掴みにし、いきりたった先端を肉の合わい目に差し込む。


 ずぶりっ!


 そのままグッと腰を押し込む。秘腔を丸くかき分けて、牡の器官が根元まで埋まった。
「あー……っ、気持ちいい。真由はどう?」
「し、知りませんっ」
「無理しちゃって」
 増田が腰を回しこむようにして、ピストンを開始する。緩急をつけ、膣内を押し広げるように粘膜を摩擦してやる。
 そうしながら背後から、真由の胸に手をやった。
 豊かなバストが性感帯の彼女とセックスするときは、しつこいくらいに胸を責めることにしている。Gカップはありそうな膨らみを愛撫しながら、一方で腰の動きも緩めない。
 腰を回しこむようにして、内部の膣肉にまんべんなく刺激を与えていく。ずん、ずん、と奥まで突きこんだかと思えば、浅瀬をぐりぐりと突いてGスポットの辺りにも摩擦を与えていく。
 三浅一深の基本どおりに、深く、浅く、巧みなピストンを繰り出していく。
「ああっ……だ、だめ」
 真由は黒髪を揺らし、切なげにもだえた。
 ほんの数週間前まで童貞だった増田だが、今ではセックスも手馴れたものだった。なにせ毎日のように真由や香澄相手に体を重ねているのだ。
 ピストンを続けながら、胸への愛撫も忘れない。


 ぱんっ、ぱんっ、ぐにっ、ぐにっ!


 女子大生の肉壷をえぐる音と、豊満なバストを揉みしだく音が一体となり、ラブホテルの室内に響く。
 指先に堅いものが当たるのを感じた。いつしか豊乳の先端部は堅くしこり、立ち上がっている。
「こ、こんなのって……いや、気持ちいい」
 変幻自在の抽送に、やがて彼女の口から快楽の喘ぎが漏れ始めた。何度も肌を重ね、増田のテクニックも真由の感度も回を追うごとに向上している。
「あっ、あぁぁぁんっ!」
 真由は膣を深々と貫かれて、甘い喘ぎ声をあげた。
 増田はいったんピストンを緩め、ため息をつく。
 若々しい膣孔が彼の分身をキュウキュウと締め上げてくるのだ。まるで一刻も早く精液を搾り取ろうとするかのように。
「うぐぐ、キツいな。もう出ちゃいそうだ」
「私も、もうイキそう……一緒に……」
 真由は熱い息を吐き出し、みずからも腰を振りたくる。増田の突き込みにあわせて、細い四肢がオルガスムスにわなないた。
「うっ……おおっ!」
 じん、と腰骨に熱い痺れが駆け上り、増田は思いっきり腰を繰り込んだ。
 最奥まで埋め込み、ドクドクと射精する。
「どう、気持ちよかったでしょ? 彼氏と比べてどうだった?」
 増田がぬぷり、と音を立てて、肉茎を真由の秘孔から抜き取った。
 コンドームに覆われたペニスが、先ほど放出した精液で白く染まっている。中出しだけは頑として拒む真由に根負けし、セックスのたびにコンドームを着用しているのだった。
「か、彼氏なんていません。いたら、こんなこと──」
「じゃあ、彼氏がいない間は僕とエッチなことを続けてくれるわけだ」
「それは……」
 真由が真っ赤な顔で口ごもる。その美貌はどこまでも清楚だった。







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