第四回



        *


 意識がはっきりとしない。
 気がつくと、私は原田のアパートの中にいた。


「僕の家に寄っていきますか。酔いを醒ましたほうがいい」


 そうささやかれ、原田に肩を抱かれてアパートの中まで入ったような記憶がある。
 酒で酩酊し、ひどく曖昧になりつつある記憶。
 目の前がぐるぐると回っている。
 顎に手をかけられ、顔を仰向けられた。
 そのまま原田の顔が近づいてくる。ちゅっ、と音を立てて、唇を吸われた。


 ──夫以外の男と味わう、二度目のキス。


 私は前回のように抵抗もせず、拒みもせず、男の唇を受け入れていた。夫よりも肉厚の唇が私の唇を覆い、ぬめぬめとした舌が口内に差し込まれる。
「んっ……ぐぐっ……ん、うっ」
 私の舌に男の舌が巻きついた。ごく、ごく、と注ぎ込まれた唾液を、拒むことなく嚥下する。
「奥さんが欲しい」
 原田は情熱的な口調で訴えかけた。
 欲しい──とストレートに求められている事実が、胸を熱くさせる。
 昨晩、夫に拒まれたことが私の心に大きな傷を残していた。原田の言葉はその傷口にするりと入り込み、私の身も心も溶かしていく。
「いいんですね、奥さん」
 再度問われ、なかば無意識に、なかば意識的に、うなずいてしまう。
 原田の表情が緩んだ。いや、先ほどから緩みっぱなしだった。
 私は、自分がとんでもない決断をしてしまったことを知る。
 夫ではない男に、肌を許す、と告げたのだ。
 素面の私なら、もう少し冷静な判断ができただろう。
 いくら動揺していたからといって──
 いくら夫への不信感が高まっていたからといって──
 こんな下劣な男に身を任せたりはしないはずだ。
 だが、いまの私はすでに正常な思考ができる状態ではなかった。
 ひとりで悩み続け、完全に煮詰まってしまった思考は、最悪の方向へ流れようとしていた。


 ──なぜ私は、こんな愚かな選択をしたのだろう──


 後になって、この日のことを振り返ると、後悔ばかりが胸に浮かぶ。
 私は無言で原田に擦り寄った。
 互いの目があった。
 互いの手が触れ合う。
 見つめあい、ゆっくりと顔を近づけていく。


「んっ……」


 自分から顔を突き出すようにして、私は原田と三度目の熱いキスを交わした。
 キスを続けたまま、原田が私の体を抱き寄せた。
 ブラウスをたくし上げられ、ブラジャーも手際よく外されてしまう。冴えない外見とは裏腹に、原田はそれなりの女性経験があるようだった。
 ひとつひとつの仕草が手慣れている。
 ギュッと乳房を揉みしだかれた。
「うわ、大きいな。奥さんって着やせするんですね」
 原田が嬉しそうな顔をする。
 スタイルのことを褒められると悪い気はしなかった。
「何カップなんですか」
「いやだ、恥ずかしい……」
 私は、目を爛々とさせる原田から顔をそらした。


 ちゅっ……


 乳首を強く吸われると、胸元に快い痺れが走った。
 気持ちよかった。
 夫は、こんな愛撫をしてくれたことは一度もない。
 愛撫によって性感が高まり、高まった性感は男にさらなる愛撫を求めていく。
 乳房を吸われながら、男の手が股間をまさぐった。先ほどもカウンターの下で散々に弄られた場所だ。
 ぐちゅ、ぐちゅ、と私のそこははしたないほど湿った音を立ててしまう。
 股間を撫でられながら、スカートとショーツも脱がされた。
 一糸まとわぬ裸身を原田の前にさらした瞬間、さすがに激しい羞恥心がこみあげた。カーッと全身が熱くなる。
 原田がのしかかってきた。
 息が熱い。
 男が、私の裸を見て興奮している──その熱情が伝わってきて、私もまた興奮をつのらせていく。
「そろそろ、いきますよ」
 大きく股を開かされ、猛りきったものがアソコに押し当てられた。十分にぬかるんだ箇所に、硬く張り詰めた部分が当たっている。
 ぬちゅ、と性器同士が触れ合う水音が聞こえた。
 原田がグッと体重をかけてきた。
「あ、はぁぁぁっ!」
 膣内をめりめりと広げられる圧迫感で、私は絶叫した。夫とはまるで比較にならない充足にめまいすら覚える。


 ずぶ、ずぶ、ずぶっ……!


 膣の内壁をこすりながら、彼のモノが押し入ってくる。
「あ、熱い……熱いわ」
 私はうわごとのように同じ台詞を繰り返していた。
 性器の内部がこすれ、熱くてたまらない。
 こん、とペニスの先端が子宮に当たったような感触だった。
 息が、詰まる。
 夫以外の男を生まれて初めて受け入れた瞬間だった。
「入りましたよ、奥さん」
 原田が勝ち誇った顔で告げる。
 後輩の人妻をモノにできたのがよほど嬉しいのだろう、にやけた顔中に優越感のようなものが浮かんでいた。
(ごめんなさい、幹夫さん……)
 今さらながらに悔恨の情が沸いてくる。
 私はなんてことをしてしまったんだろう。
 だが悔やんだところで、すでに男の性器は私の奥深くにまで突き刺さっている。
 どれだけ後悔しても、もはや時間は戻らない。
 私が幹夫さん以外の男を迎え入れた事実は変わらない。
(私は、幹夫さんを裏切ったんだわ)
「先に裏切ったのは浅川のほうでしょう」
 私の気持ちを読み取ったかのように、原田が告げた。
「さあ、動きますよ」
 ゆっくりと腰を揺らしだした。
 胎内で野太い摩擦感がする。
 見上げると、にやけた男の顔が視界に広がった。
 原田の表情は征服感に満たされていた。
 後輩の妻を寝取り、セックスにまで持ち込めたことが嬉しくてたまらないのだろう。
 私は妙に冷めた気持ちで、そんな男の心理を分析していた。
 なかば投げやりになっていた。
 ──勝手に動いて、勝手にイけばいい。
 そんなふうにさえ思っていた、
「ああ、キツいですよ、奥さん。すごく締まる! ちくしょう、浅川のやつ、こんなイイ女を独り占めしてたのか」
 原田は羨望とも嫉妬ともつかない言葉を叫びながら、徐々にピストンを早めていった。


 ずちゅ、ずちゅっ!


 結合部から湿った水音が響き渡る。
 ピストン運動はスムーズそのものだった。私の内部でなめらかにペニスを滑らせながら、奥深くまで突いてくる。
 内臓ごと突き上げられる感触は、爽快のひとことだった。
 夫以外の男とセックスをしているという罪悪感を、忘れそうになる。
(そうだ、忘れよう)
 私は自分自身にそう言い聞かせた。


 ──今は何も考えずにセックスに集中すればいい。


 でなければ激しい罪悪感で、気持ちがどうにかなってしまいそうだ。
 男が私の上体を引っ張り上げた。
 正面から抱き合う格好で、ピストンを続行する。
 すぐ間近に男の顔があった。
 互いに腰を擦りつけあううちに、自然と顔が近づく。
 どちらからともなく、私たちは唇を合わせていた。
 ちゅっ、ちゅっ、とフレンチキスを繰り返しながら、原田は私の膣をえぐってくる。
 座った姿勢で腰を突き上げ、深刺しを浴びせてくる。上下運動にあわせて、左右のバストがぷるん、ぷるん、と揺れ弾んだ。
「あっ、はぁん」
 思わず甘い喘ぎ声をこぼしてしまう。
 原田がピストンをたたきつけるたびに快楽が高まった。突かれれば突かれるほど、腰の奥がカッと燃え盛る。
 ああ、あああっ、と声にならない喘ぎをあげ、官能に没頭する。
 セックスで、これほどの快楽を味わったのは初めてだった。そもそも夫との交わりでは、気持ちよさよりも苦痛のほうが大きかったくらいだ。
 私は生まれて初めて、セックスで『気持ちいい』と純粋に感じていたのかもしれない。
 そのとき、
「おおおっ、もう出……」
 切羽詰った声とともに、私は男のフィニッシュが近いことを悟った。
「中に出しちゃだめよ!」
 私は思わず叫んでいた。
 さすがに、膣内射精だけは許容できなかった。
 ほぼ同時だった。
「ううっ、イクっ!」
 間一髪のところで、原田が体を離した。
 私の眼前まで移動すると、目の前で赤黒いペニスが跳ね回った。


 びゅるっ! びゅくうっ!


 大量の精液がしぶき、私の顔に降りかかる。
「ああ……熱い」
 顔中で男の精を受け止めながら、うっとりと天井を仰いだ。夫以外の男の子種は、火傷しそうなほどの熱を孕んでいた。
「ほら、ぼさっとしてないで。ちゃんとお掃除してくださいよ」
「お掃除?」
「フェラチオしてご主人様のチ×ポを掃除してください。奴隷としての作法ですよ」
「奴隷……私が……」
 原田の吐いた言葉を呆然とした気持ちで繰り返す。
 混濁する意識のなか、私はゆっくりとペニスの先端に顔を近づけた。
 たっぷりと精液を射出した亀頭部は赤々と火照り、白い残滓をしたたり落としている。
 ぷん、と生臭い精液の香りがただよってきた。
 夫よりもずっと濃厚で、男臭い匂いだった。
 私は舌先を突き出し、そっと亀頭に触れた。
(うっ……ひどい味だわ)
 どろりとした感触に眉をひそめた。
 幹夫さんには、こんな風に扱われたことはない。女として、一人の人間として、私のことを尊重してくれる男性だった。
 私のことを『奴隷』などと言い放つ原田とは、まるで違う。
「う……う、ぐっ」
 塩辛い精液を舐め取りながら、しかし私は、いつしかうっとりとなっていた。


        *


 長い──長い仕事が終わり、帰宅すると、すでに十二時を回っていた。
「ただいま……ん?」
 ドアの隙間から光が差し込んでいた。リビングにはまだ明かりがついている。
 いつも眠りの早い美穂だが、今日は珍しく起きているようだ。
 もしかしたら、俺が帰るのを待っていてくれたのだろうか。数時間前に美穂から電話がかかってきて、怒ってしまったことを思い出す。
「美穂、俺……」
 ドアを開けて、リビングに入る。
 謝ろうとしたが、美穂はボーっとした顔で俺を見るともなく見つめていた。
「どうした、美穂?」
 愛する妻の目が、とろんと潤んでいる。
「あ……お帰りなさい」
 心ここにあらず、といった様子だった。
 少女の面影を残す愛くるしい顔だちには、憂いの色があった。潤んだような瞳が妙にエロチックだ。


 ごくり。


 俺は我知らず息を飲んでいた。見慣れているはずの妻の顔が、まるで別人のように見える。
(美穂ってこんなに色っぽかったっけ?)
 自問自答して、何度も目をしばたかせた。
「美穂……」
 かすれた声でうめき、手を伸ばす。
 肩に触れると、びくん、と妻の体が跳ねた。
「だ、だめ……」
 頬を染め、美穂は顔を背けた。
 羞じらいの態度が、逆に俺の興奮をあおる。
 理性の限界をあっさりと振り切らせた。
「美穂! 美穂っ!」
 妻の名を連呼しながら、絨毯の上に押し倒す。
「だめ……」
 消え入るような抵抗の声は、もはや俺の耳には届いていなかった。
 美穂が欲しい。
 美穂を抱きたい。
 劣情の虜となって、ひたすらに妻の体へむしゃぶりつく。
 美穂の体からシャンプーの香りがした。
 すでに風呂に入り終えたのだろう。
 俺は劣情の虜になりながら、その場に妻を押し倒す。ベッドまで行くのももどかしい。
 ──明るいリビングで、俺は美穂と交わった。
「あああああっ……!」
 妻の喘ぎ声を聞きながら、俺は心地よい陶酔へと身を浸していった。





『不特定多数の男の肉便器にされていた愛妻』の連載はここで終了です。
 続きをご希望の場合は、今後発売予定の電子書籍にてお楽しみください。

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