| 「リターンマッチだ」 幻想郷最大級の図書施設、紅魔館地下大図書館。 見渡す限りを書物が埋め尽くすここへ、流星の如き軌跡と速度でやってきた『霧雨魔理沙』は開口一番そう切り出した。 図書館内の読書スペースにいつものように陣取り、いつもの様に書を読み散らかしていた『パチュリー・ノーレッジ』が、 「はぁ?」 と返すのも当然といえよう。話が見えない。 リターンマッチ――再戦。一度敗れた相手と再び対戦する事。 パチュリーの頭がリターンマッチの意味を引き出し、さて魔理沙と誰がリターンマッチだ、と考え、〇,〇一秒にも満たぬうちに答えを弾き出して、話を見せた。 「“あの娘”と?」 「そうさ」 ク、と西部劇のガンマンのように、魔理沙は帽子の鍔を指で上げた。 愛機たる魔法の箒でハードなライディングを決めた普通の魔法使いは、いつにない重装備でその身を膨らませていた。 寒さに弱い彼女は冬になると着膨れするほどに服を着込むが、今回魔理沙を膨らませているのは防寒対策だけではなさそうである。 「ふん……」 爪先から頭の天辺まで魔理沙を検分してパチュリーは右耳の後ろに手をやった。 主従関係にある使い魔との間に設けられた念話のチャンネルを開き、件の“あの娘”ともう一人に呼び掛ける。 (はい?) と返ってきた声に用件を伝えて念話を切る。右耳の手を戻してテーブルに肘を突き、同じく肘を突いていた左手と合わせて組んだ。 「それで、何が望みかしら?」 口元を隠した格好でパチュリーは黒白の同業者を見つめる。 「負けっぱなしってのは性に合わないんでねえ」 魔理沙は口の端に不敵な笑みを浮かべて返した。 彼女と紅魔館地下大図書館にはちょっとした因縁があった。 持出禁止図書を失敬する魔理沙とそれを実力で阻止しようとする司書達の戦いである。 九度にも及んだ戦いの末、魔理沙は撃墜、拿捕され、今後は持出禁止図書に手を出さない旨を誓約させられた。 もともと自分に非があるため、その誓約自体には不服はなかった。 不服があったのは、自分を撃墜した相手についてだ。 対霧雨魔理沙を想定し、パチュリーが技術の粋を凝らして錬成した戦闘小悪魔である。 二重三重に張り巡らされた策で消耗させられた上で相対した切り札に魔理沙は敗北を喫した。なけなしの魔力で自爆覚悟の攻撃さえ掛けたのだが、撃破には至らなかったのである。 「――万全の状態なら負けなかったんだ。だから万全の状態で再戦したい」 「それだけでいいの? 勝ったら契約改変を要請するとかじゃなくて?」 「ああ。あいつとの再戦だけでいい」 ふぅん、と言い、パチュリーはしげしげと魔理沙を見た。 「負けず嫌いなのね」 「うるさい」 魔理沙は苦笑混じりに答えた。 ほどなくして一つの影がパチュリーに侍るように降り立った。 「お待たせしました」 「そうでもないわ」 腰まである真っ直ぐな鮮紅の髪。その間から蝙蝠のそれに似た小さな羽と尖った耳が覗いている。 彼女は楚々とした雰囲気を宿した金色の瞳で魔理沙を認めると、 「こんにちは魔理沙さん」 と会釈をした。 黒のロングスカートに同色のベスト、そして白いブラウスに赤いタイと、魔書、禁書の類が収められている図書館にはしっくりとくる司書姿。背中からは頭のものより大きな翼が生えていた。 彼女は『小悪魔こぁ』。パチュリーに最も長く仕える使い魔にして、見ての通り紅魔館地下大図書館の司書である。 「邪魔してるぜ」 魔理沙は片手を挙げて応えた。 「あら、貴女だけ?」 振り仰いでパチュリーが問う。 「ええ。あの娘にはちょっと遠い区画の掃除をお願いしてましたので――」 こぁがそう答えた瞬間、その隣にまた人影が降り立った。 「お待たせこぁ、パチュリーご主人」 鮮紅の髪。頭と背中に一対の翼と尖った耳。 人影は隣のこぁを一回り大きくしたような姿形の小悪魔だった。髪の色から着ているものまで同じだ。 しかし、こちらは髪が背中の半ばまでしかなく、瞳も赤い。雰囲気もこぁとは異なりどこかやんちゃさを感じさせた。身長も小悪魔というには些か高い。 「来たわね、“さーど”」 「来たこぁー」 この間抜けな語尾の小悪魔が、動かない大図書館の知識と技術の結晶である戦闘小悪魔、そして小悪魔三姉妹が三女の『小悪魔さーど』である。 『必要な時に確実に動作する信頼性、実用に耐える堅牢さ。そして有効にして強力な打撃力。魔理沙さんの強奪を抑止するにはそういったシステムが必要なのです』 と、拳を握って力説したこぁからの要望を元に錬成された、頑丈で強力で信頼性の高い図書館専属人員だ。 悪魔の妹『フランドール・スカーレット』とまともに“遊び”うるだけのスペックを持ち、加えて対霧雨魔理沙を念頭に錬成された肉体には、魔理沙の十八番である『マスタースパーク』系統の威力を減衰させた上で装備品へ逃がす防御術式が編み込まれている。 錬成からまだ片手で数えられる年数しか生きていないため、経験不足という弱点こそあるが、魔理沙にとっては天敵といっていい。 余談になるが図書館にはもう一人、小悪魔がいる。こぁを子供にして、髪形をショートに、瞳を赤に変えると出来上がる少女の名は『子悪魔ここぁ』。姿形とは裏腹にさーどより年上で次女に当たる。ちんまいなりで悪戯好きという最も小悪魔らしい小悪魔だ。現在はその小悪魔らしさが行き過ぎて十六夜咲夜メイド長管轄下のお仕置き部屋に収監され、夜な夜な泣き声と悲鳴と艶声を上げている。ちなみに昨晩は“洋梨”を使われたらしい。――余談である。 かくして現れた目標に、魔理沙は箒を握り直した。 「……待ってたぜ、さーど」 「待たせたこぁ、霧雨魔理沙」 闘犬が威嚇し睨み合うように、歯を剥き出して二人の少女が笑う。 片や人間では並ぶ者がいないとされる火力を持つ普通の魔法使い。 片や百年の魔女がそれに対抗すべく作り上げた人造の小悪魔。 両者ともに闘志に満ち溢れ、お互いを打ち倒さんとその身に魔力を巡らせる。 魔理沙とさーどはどちらとなく床を蹴った。箒に跨がり、翼を広げ、二人して地下大図書館の広大な空へと舞い上がる。そして同高度、射撃戦のレンジで対峙した。 「パチュリー!」 上空からの声にパチュリーはこぁを促した。合図に打ち上げられた照明弾が、半地下の図書館を真昼の明るさで照らし出す。 それを契機に、魔理沙とさーどはそれぞれ動き出した。 ――戦闘開始。 |