※筆者ゲーム未プレイですご注意、ご容赦ください


 終わりだ!


   撃ち落せ
 
 旅の途中だ。調度良い木陰を見つけて雨や風がしのげるか仲間内で相談して決める。まだ年少であったり女性であったりするものが多いからその疲労具合も考慮して道程を決める。次の街まではまだ少し距離がある。これ以上移動しても大して得るものはないだろうということになって本格的な宿営に入る。女性陣はみんなで抱えてきた食材を使って料理をはじめる。男たちはある程度のまとまりを維持しながら水辺を探した。ほどなくして戻るとアルヴィンが沢を見つけたという知らせを持ち帰り、男性陣が水汲みを何往復かする。水を汲んだ容器を下ろしながら料理を手伝おうかと聞いたジュードに幼馴染はあっさり黙っていろといった。すごすご引き下がるのをアルヴィンが小突いた。
 少し早めの食事を摂ると皆が思い思いに過ごす。アルヴィンが席をたつのをジュードが目敏く見つけて問う。ちょっと訓練、とうそぶくのをだったら僕も、とついていく。アルヴィンが意外そうに片眉だけつり上げたが拒否はされなかったのでジュードは知らぬ顔でついていく。あまり遠くへ行かれませんように、と少し枯れた声がしたのはジュードに向けてだろう。ジュードははい、と元気よく返事をしてアルヴィンを追いかけた。
 ひらけた裾野に宿をはったので魔物が近づけば判るがこちらも丸見えだ。それでも潜む危険をパーティの構成に照らし合わせるとこの位置で良いのだろうと思う。アルヴィンがなにか矯めつ眇めつしているのをそばへ行く。
「どうしたの」
「んー…訓練つってもね、空砲撃ってもうるさいだけだろ。なんか標的ないかなーと思ったんだけどね…」
「あれは」
少し離れた位置に木々や岩が転がっている。野生動物をむやみに撃って魔物の呼び水にしたくない意図がある。アルヴィンはちっと遠いなぁまぁいいかぁと頭を掻いている。鳶色の髪がサラサラ揺れた。眇められている目は紅褐色だ。
「射程圏外?」
「入ることは入るんだけどな…あれくらいの距離だとだいぶ精度がなぁ」
「自信ないんだ」
クスッと笑うとアルヴィンがむっと口の端を結ぶ。
 黙って銃を構えるアルヴィンは精悍だ。見とれる。凛とした眉筋や通った鼻梁。膨らみの判る唇に眼球いっぱいへ広がるような紅褐色の目。今は標的との距離を図っている。防具に隠されて判らないが案外たおやかな指先をしている。爪の甘皮を剥くような神経質さはないが割れるほど無神経でもない。ふんわりとした外套を羽織るので飄々とした印象を与え、その内側の本当の体は隠されている。戦闘をこなすだけあって体つきはできている。剣と銃という異なるタイプの武器を器用に扱う。近づいてもよし遠ざかってもよし。魔法に対しては少し弱いところがあるがそれが周りで補える程度で殊更深刻ではない。専用の防具を当人がすすんで探すから自覚もしている。後ろへ流れる鳶色の髪がふうわりと、揺れる。
 綺麗だと思う。瞬間。爆発的な熱量を感じさせる破裂音と衝撃が連続した。アルヴィンが腕が少し揺れる。数瞬の間をおいて標的がけたたましくはじけた。ジュードが目をやるときにはすでに標的が爆散している。火薬の匂いがぷんと鼻を突いた。
「自信あるよ?」
ヒュウと口笛を吹いてアルヴィンが笑う。アルヴィンが銃を取り替えた。目線で問うとあっさりと、訓練でこんな気ィ使ってられるか、とうそぶいた。弾倉を取り替えるタイプだ。
「近距離用ー」
大した構えもせずにアルヴィンが無造作に撃った。先程より少し手前で地面がはじけた。飛距離が違うようだ。
「届かねぇか、やっぱ」
「下手なんじゃない」
「言うねぇ優等生」
目を瞑りたくなる衝撃波にジュードは大きな琥珀の双眸をすがめながらつけつけと言い放つ。
 アルヴィンがあっさり銃を放ってくる。慌てて受け取る銃はほんのりと暖かい。
「誤爆しても平気だからやってみれば? 俺は下手らしいしィ」
語尾をつり上げるのはわざとだ。ジュードは不満を覚えながらも両手で銃を構える。引き金はここ、と教えられたところに触る。指に力を入れた。引き金を引く。

「ッうわぁああっ」

発射された瞬間の反動に対しての構えが全くなかった。弾丸が砲身を発射する前に照準がずれてしまう。跳ね上げられた腕が限界まで引っ張りあげられてもうどこに弾が飛んでいるかコントロールが効かない。全くの見当違いの地面がばちんとはじけた。
「う、わ、わ、ぁ」
そのままどさりと尻餅をついてしまう。拳闘するものとしてある程度体を作っている自覚があっただけに衝撃が大きい。銃口からする火薬の匂いが自分とは違う世界なのだと思い知らせる。匂いのするそこを思わず見つめてしまう。
 ぷっと吹き出す音がしてジュードが目を向けるとアルヴィンがこらえきれずに大爆笑していた。体をよじって笑い涙までにじませている。ジュードがむっと知った表情のまま銃を突き返す。アルヴィンはヒィヒィ言いながらそれを受け取った。
「どういう意味?!」
「いやー優等生もできねぇことあるんだなぁって…っぷ、くっく、くくく」
「殴るよ?!」
本領である拳を構えるとアルヴィンが大袈裟に逃げ出そうとする。その襟首をがっしと掴んだ。しばらく沈黙が下りたがすぐにぶふぅっとアルヴィンのこらえきれない笑いが吹き出す。ジュードが拳の関節を鳴らした。
 「あぁ! 悪かったって悪かった! でもなぁ」
「なに」
「………あそこまで銃の反動に負けるなんて女子供…おたく、子供かぁ」
衝撃波の構えにアルヴィンが泡を食う。
「悪かったって言ってるじゃん!」
「態度が言ってないよ!」
ジュードが膨れながら真っ赤になる。たしかに無様で情けないと思う。今まで武器の一つも扱ったことがないのだと証明してしまったようで。アルヴィンは銃を点検してから無造作に砲弾する。ばちばちと地面がはじけ飛びなんの支障もない。普通だよなぁと確かめるアルヴィンがすでにジュードには拷問だ。うるさいなどうせ僕はひ弱だよ。誰もそんな事言ってねぇけど。態度が言ってるんだよ。経験値が違うのだと思っても一人の男として情けない。好きな人にはいいところを見せたいし、カッコ悪いのは避けたい。
 アルヴィンがもう一度やるかと訊いてくる。ジュードはアルヴィンが撃った地面を凝視していた。
「やる」
手を出すとアルヴィンは恭しく銃を載せた。ジュードはそれを両手で構える。握りをしっかりと握る。腕を伸ばして肩を入れる。腰は少し落とし気味に。じゃり、とすり足が砂を噛んだ。一度ひっくり返ったので要領を覚えた。どんなふうに弾かれたか思い出してそれに対する対策を施す。衝撃は来るものとして考える。肩で摩滅させる。腕は曲げない。照準を定めた。引き金を引く。ばん、ばん、ばん、と左右にブレながらもなんとか同じような距離の地面がはじけた。ひっくり返らずにはすんで何とか踏みとどまる。じゃりっと噛んだ砂で砂塵が舞った。銃口からの硝煙でジュードが初めて力を抜いた。
 茶化すように軽い口笛がしてアルヴィンがジュードの撃ったところを見ていた。紅褐色の目がひどく澄み切っている。ひどく、怖い。ひどく、美しい。戦慄した。ジュードの足が考えるより早く地面を蹴った。間合いを取り、同時にアルヴィンの方へ銃口を構える。
「?!」
同時に暗渠のような銃口がジュードの方を見ていた。別の小銃がジュードに照準を合わせていた。
「いるんだよ。銃の破壊力にとりつかれちまう奴ってのがね」
俺みたいなね。アルヴィンの口元が歪んだ。立て続けに発砲された。ジュードは微動だにしない。動いたら当たる。震える体や四肢を叱咤してジュードはしっかりと地面を踏みしめた。頬をかすめるようにして熱源と銃弾が通り過ぎる。装備や肌のぎりぎりを弾道がかすめていく。ジュードは銃を構えたままで何も出来なかった。アルヴィンが銃の構えを解く。瞬間、ジュードの体がから力が抜けた。膝が震えて立っていられない。恐怖からくる震えというより筋肉が極度の緊張と酷使に耐えかねたというのが当たりのようだ。膕から崩れるようにしてかくりと膝が折れた。
 「大丈夫?」
アルヴィンがあっさりといつもどおりの軽薄な様子を取り戻す。
「ば――…ばかっばか!」
ぼかぼか殴るジュードにアルヴィンがいててと呻きながら悪かったと謝る。
「悪かった! 俺が悪かったです! すいません!」
「この、ばかっ」
アルヴィンの襟を掴むジュードの手が震えた。あんな冷たい。あんな酷い。アルヴィンの知らない顔を思い知らされたように、それはジュードがアルヴィンのことなんか何も知らないということ。
「なに考えてんの?! こんな至近距離…! 当たるだろ!」
「だから悪かったって! なんか俺も魅入られちゃって」
撃たれそうだったから、とアルヴィンが居心地悪げに言い訳する。構えられると自然と撃っちまうんだよ、とアルヴィンがきまり悪そうに言った。
「お前の目が、さ…琥珀ですげぇ綺麗だと思ったらとたんになんて言うかな、こう、怖くなってさ」
 ジュードの目がうるっと潤んだ。唐突なそれにアルヴィンがぎょっとする。
「えっなっなに?!」
「…うるさい」
ジュード自身も目が潤むのは予想外だ。アルヴィンの言葉に涙腺が緩んだ。僕が綺麗なんて。アルヴィンが綺麗だと、言ってくれたのだと、思うと。かぁあっと顔が火照った。赤面していると思い至る前に耳まで千切れそうな熱さがわかる。
「おたくの戦闘力は高いぜ。銃って慣れるまでに結構かかるもんでさ。初めてぶっ放してすっ転んだ奴がすぐにまともに打てるとは限らないから」
「…あり、がと」
礼の言葉を言う前にアルヴィンの体が沈んだ。同時に抱き寄せられる。ガンガンと銃声がしてすぐに小型の魔物の悲鳴がして慌ただしく退く気配がある。アルヴィンの香りがした。不快ではない。硝煙と血飛沫と、でもすごく、綺麗な。ジュードの目はとろりとアルヴィンを見た。すごく、色を感じる。
「大丈夫か。今ちらっと小型のが見えてな…牽制だから当たっちゃいないとは思うけど用心したほうがいいかもな」
「アルヴィン」
唇を奪った。食むようについばむジュードにアルヴィンは全く予想していなかったらしくそのまま押し倒された。二人分の濡れた吐息が満ちる。
「――ッんむ、…っぅふぁ…」
アルヴィンの唇から、ジュードの口腔から濡れた音がほとばしる。ジュードは何度も何度もアルヴィンの唇を貪った。濡れた舌を潜らせて吸い上げる。唾液が行き交う。アルヴィンのそれを飲みながらジュードは自分のそれを大量に含ませた。
 「興奮した」
「なにに?!」
真っ赤になって逃げを打つアルヴィンにジュードは絶望的なまでの圧倒でのしかかる。
「いい匂いがする」
「…風呂入ってないんだけど」
「入らなくていいや」
あっさりと言い放つジュードにアルヴィンが口をパクパクさせた。ジュードの手は防具の上からサワサワと胸の頂きをなぶる。時折走るビリッとした刺激にアルヴィンが体をすくませる。
「ンッ」
「アルヴィン、可愛い…」
トロンとした紅褐色がジュードを見た。ジュードの赤い唇が弧を描く。

「ジュード君とアルヴィン君がエッチなことしてるヨォー」

素っ頓狂な声を上げるぬいぐるみに二人の動きが止まった。持ち主は眠ってでもいるのかぬいぐるみだけポヨポヨ浮いている。
「…――ま、待てティポォオォオオ!!」
アルヴィンが大慌てでぬいぐるみを追いかけていく。押しのけられたジュードはやれやれとそれを追いながらアルヴィンが落とした銃を拾う。
 「ティポ、黙秘して」
がちゃん、と弾丸が装填される音にティポだけでなくアルヴィンまで震え上がった。
「…ま、まて。ジュード、待て。俺もいる。俺にも当たる」
「アルヴィン君タスケテ! ちゃんとしつけてよモゴォ」
アルヴィンがぬいぐるみの口をふさいだ。
「ぬいぐるみだから二・三発大丈夫でしょ?」
「うっわぁあぁ」
容赦なく発砲するジュードと慌てて逃げるアルヴィンが小脇にティポを抱える。
 周囲が二人の不毛な追いかけっこに気づくまでそれは続いた。
「当たればいいのに…」
銃の反動を制御しきれなかったジュードのつぶやきにアルヴィンが真っ青になった。


《了》

誤字脱字チェックまで気が回らんかったです(あきらめ)
ジュード君黒めでがんばってみました(なにを)          2012年11月4日UP

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