※筆者はゲーム未プレイです、ご注意、ご容赦ください


 君は知らない
 けど 知ってる


   見初めた
 
 街をブラブラと当てもなく歩いた。統治者が来訪しているというので街はどこか華やぐように歓迎の雰囲気に騒がしい。喧騒は嫌いじゃないが一緒に騒げるほど友好的でもない。立場や身分をひっくり返すのを繰り返すから自分がどこかに群れている意識もない。長くい続けることが苦手になりつつあるなと自嘲した。傷を負うのも負わせるのも慣れたといってこっそり手当する。華やかに騒ぐ街の人を避けるように路地を折れたり横道へ逸れたりする。
 何度かそれを繰り返すうちに開けた高台へ出た。知らないうちに登っていたらしく、うねる大蛇のような人の流れが眺望できた。それでいて閑散としていて、特に観光の目玉でもなく地元の人しか知らない、地元の人だからなにもないと知っている、そういうような場所へ出た。人の視界での上部というのは案外死角になりやすいから、眼下にうねる人々はこの位置に体を晒すアルヴィンに気づきもしない。誰が植えたのか灌木が茂り、ちょっとした逢引場所になりそうだ。ちりっと項が灼ける感触に目をやると人影が見えた。推し量るに男性だ。背丈が女性にしてはありすぎるし幅もある程度有りそうだ。こちらのことも知れているだろう。ひと悶着あるかな、と思いながらそちらへ行った。
「どーもォ、あんた先客…」
アルヴィンの言葉が途切れた。ガイアスだった。豊かに長い髪と褐色に焼けた肌、自信に満ちた煌めきの紅い瞳。さすがに玉座の時のような仰々しい服は着ていない。そもそも存在感のあるこの男がそんな出で立ちで城を出たらその瞬間に民衆に捕まるに違いない。質素で簡素な服に身を包み、惜しげもない髪はうねりを抑えるようにひとまとめにくくられている。それでも洗練された立ち居振る舞いやまとう雰囲気は威圧と尊敬と少しの惑いと恐怖を持っている。
 「お前か」
何度か顔を合わせているから名前と顔くらいは一致する。まさかこんな高位のものがアルヴィンを覚えていた事自体奇跡だと笑ってやりたいが。
「……ガイアス、か」
様でもつけたほうがいいのかと迷うと、それを察知したように敬称も敬語も要らんとそっけなっく言われた。お忍びでここにいるなら身元が割れるような真似をしたくないのが本音か。アルヴィンは判った
と両手を上げて肩をすくめた。
 「隣、いい?」
ガイアスは一瞬だけアルヴィンを見たが構わないといって視線を戻した。もてなしはしないが排除もしない。アルヴィンは遠慮なく隣へどかっと腰を下ろすとガイアスも膝を崩した。そよそよと流れる風が二人の頬を撫でる。アルヴィンの前髪を揺らしガイアスの長い黒褐色の紙が揺蕩う。髪型と服装を変えるだけなのにガイアスはアルヴィンの知らない人間のようだ。人が見てくれを取り繕う理由はまさにそこにあるのだろうと思う。同じ馬鹿なら見た目が良い方を選ぶだろうし、身だしなみを整えるほうが性格を直すより楽だ。
 アルヴィン自身が見てくれで偽ったり滑り込んだりしているわけだから威力は身にしみている。与える印象は後々の信頼関係に影響するから重要だ。ウロウロと歩きまわって少し汗をかいている。風は心地よかった。男二人が並んで間抜け面を晒しているとは思ったが気づかれていないしわざわざ上を見上げる暇人もいない。脚を投げ出すのをガイアスも咎めない。そもそも作法に厳しい家の出のはずなのにこのガイアスは融通が利く。だからこそひょいひょいと気軽く立場を変えるアルヴィンなどを覚えているのかもしれない。
 アルヴィンの目だけがちろりとガイアスを眺めた。威風堂々、という言葉がそのまま服を着て歩いている。自信も、それに見合うだけの立場も環境も結果さえも出してきた男だ。その紅い目がアルヴィンの方を唐突に向いてビクッと肩が跳ねた。驚いたアルヴィンに驚いたのかガイアスの目がきょとんとする。
「なぁ、あんたさ――」
間の接ぎ穂として声を出したが話題がない。上層民と下層民に共通の話題って何。自問自答しながらアルヴィンはのろのろと矛先を引っ込めた。
「…なんでもねぇ」

なんで俺のことなんか覚えてんだ

情報提供者などというものには腐るほど接触しただろうし、敵対や戦闘の経験など星の数ほども積んでいるはずなのにガイアスはアルヴィンを見つけると、アルヴィン、とあの落ち着いた声で呼ぶのだ。父親の声だってあんな重低音ではないだろうと思う。覚えてねぇけど。
 がしゃがしゃ頭をかくと鳶色の髪が揺れる。紅褐色の目が覚悟を決めたようにガイアスの方を見据えた。ガイアスは子供のようにそれを待っている。
「なぁ、あんたさぁ。…その、好きな人とかいないわけ?」
単純な疑問だった。玉座につくからには幼い頃から世継ぎを求められただろうし、現在の辣腕ぶりは他に追随を赦さないほどの腕前だ。そんな出来の良い男を、周りがほうっておくことは考えにくい。ガイアスが望めばどんな女だって同衾するだろう。気の早い連中はすでにガイアスの次に玉座に据える者を探しているだろうし、その候補として血統を求められるのはある意味では当然だ。よりどりみどりな状態で、浮いた噂の一つもない。アルヴィンもある程度の情報網は持っているから、統治者であるガイアスが見初めたものがいるなら噂くらいは聞くだろう。面白いほど音沙汰なしだ。
 紅玉の目がアルヴィンを舐めてから唇が動いた。
「いる」
「うっそ!」
特ダネにアルヴィンが飛びついた。清廉潔白で浮名さえ流さないガイアスの見初めた相手がいる事自体初耳だ。根掘り葉掘り訊きたいのを堪えてアルヴィンの口元が痙攣した。ガイアスは多弁な性質ではないからかさにかかると黙りがちだ。気を長く持って聞き出す構えになる。
「やっぱりあれか、出るトコ出てる人?」
「ぺったんこ」
アルヴィンの手が胸部で丸く膨らみを形どってみせる。男として体型というのはなかなか外せない項目だ。天下のガイアス様からぺったんこを引き出すとは恐れいった。アルヴィンはため息をついて胸を見下ろす。自分は女ではないが。
 「ロリコン?」
「違う」
声に苛立ちが感じられてアルヴィンは慌てて、だよなぁと取り繕った。
「酒は飲めるんだ?」
「そう聞いているし好きなようでもある」
うわばみかぁ、とひとりごちる。酒を大量に飲む輩はえてして男勝りというか大雑把なタイプが多い。
「酒が好きなら潰しちゃえば」
「卑怯な手段は取りたくない。そもそも、潰したら閨に行っても役に立たん」
言われてみればそうである。意識のない相手で満足するのは特殊なタイプだ。
 どうせ枕を交わすなら相手の反応がある方がいいに決まっている。アルヴィンはまじまじとガイアスを見た。髪をくくっているせいか平素よりおとなしめに見える。それでも立派に雄の雰囲気がある。
「取り持ってやろうか!」
わくわくと目を輝かせるアルヴィンをガイアスは冷めた目で見ている。何を言うと言わんばかりの冷淡さにアルヴィンのほうが本気になれよなどとたきつける。アルヴィンの方はもうガイアスの相手で頭がいっぱいだ。天下のガイアス様をここまで消極的にさせる相手に興味がないなどとは考えられない。さてどんなややこしい立場なのか。敵対国とか。血縁的に近いとか。アルヴィンの中ではすでに様々な妄想がうずを巻いている。今のところ誰も掴み得ていない特ダネが目の前にいるのだ。こうなったら俺が事実を作ってやると言わんばかりの意気込みだ。
 「いらん。他人の手は借りん」
「かたいことを言うなよ。知り合っちまえばこっちのもんだぜ。おたくを相手にして断るやつなんかそうそういない」
アルヴィンは際どい交渉を繰り返しているから、経験として仲や関係を取り持ったり中継したりすることも多かった。うなずかない相手をうなずかせた腕もある。手段の正否は関係ない。感情が傾いたら早々取り返しなどつかない。どんなことでも嫌になるが逆にどんなことも好きになれる。表現や受け取り方次第だ。だから周りの連中がお膳立てすると当人がそんな気になってくれることも多い。
「…俺を断る相手はいる」
「へーきへーき! 俺がうなずかせてやる。おたくを嫌がる相手って想像できねぇなぁ。なにか好きなモノとかで攻めてみれば」
「告げてもいないのに鬱陶しいだろう」
「言ってもないのかよ! 言えよ。とりあえず」
アルヴィンが大仰な身振りで天を仰ぐ。ガイアスは静かなままだ。おそらくずっとこうして堪えてきたのだろう。権力のある立場として好悪の情に揺らぐ訳にはいかない自負があるのかもしれない。
 そういうところは好きだと思う。自尊心に責任感が伴う。戦闘レベルも高い。性質も性格も見た目も悪くない。頑固なところが玉に瑕だがまぁそれもご愛嬌だ。その相手とやらはかなり堅牢なようだ。これだけのガイアスに好かれているのになびきもしないどころか気づいてさえいないようだ。ガイアスが黙って耐えているのを見れば相手からのアクションがないのだろうと想像くらいつく。

「好き、かぁ」

アルヴィンが体を投げ出した。ガイアスは頑固に言っていないから相手も知らないだろう、だが人の手を借りる気はない、の一点張りだ。
「おたく、マゾ?」
「どういう変換だそれは」
アルヴィンはひっくり返った視界に酔ったようにうぅんと唸って転がった。好きなやつ、かぁ。ここまで一途に相手のことを考えて行動できるって男として羨ましいよなぁ。そもそもこうして恋ができるというのが甘酸っぱくて懐かしくて自分はもうできないのかもしれないと。寝返りを打って芝に頬を埋めた。草いきれがふわりと立ち上る。日向独特の温かい匂いだ。
 「アルヴィン? いるの?」
甲高いような声にアルヴィンとガイアスが同時に目をやる。そこから顔を出したのはジュードだ。まだ成長半ばの、成熟への中途にある幼さと大人の入り混じったそれ。ジュードの目がガイアスを捉えると険しくなった。相手が誰でもこういう態度が取れるって才能じゃねぇかなぁ。ジュードの感情表現は素直だが時々びっくりするようなキツイ毒を吐く。相手が年長であるとか身分が上であるとか考えればいいのにあえて無視している時もあるから厄介だ。
 ジュードがジロジロとガイアスを見る目は険しい。皮膚が刺すように痛い。ガイアスが黙って立ち上がる。立ち去ろうとする雰囲気にアルヴィンが慌てた。千載一遇の特ダネを逃がすにはジュードでは足りなさすぎる。
「あ、おい待てって!」
引きとめようとするアルヴィンにガイアスが振り向いた。長い髪がふわりと翻って石鹸の香りがした。

「いつか好きだと、言う」

なんのことか一瞬判らなかった。そうだ好きな奴の話してたんだ。
「…頑張れよ」
くす、とガイアスが微笑んだ。
「見た目を教えてやる。鳶色の髪に紅褐色の眼だ」
険のあるジュードの視線を背中に負いながらガイアスはあっさりと立ち去った。長い髪の影がいつまでもアルヴィンの視界に名残を漂わせる。
 鳶色の髪と紅褐色の目。人種的には俺と近いのか? 割合ありふれた色合いだ。地方へ行けば肌の色から髪の色から眼の色から違うというから、アルヴィンの出身地に近いのかもしれないと考えた。それでガイアスの目にとまるような奴がいれば噂くらい聞くよなぁとアルヴィンが首を傾げた。
「ねぇなに。ちょっとあれ、どーいうこと?!」
「どれ」
「あれ!」
ジュードの指が素早い動きでガイアスの消えた茂みを示す。
「特ダネつかみそこねた」
なにか言いたげだがジュードがぶぅうっと膨れた。薔薇色の頬をふくらませて怒っているのだがアルヴィンは何がそこまで彼の機嫌を損ねたのかよく判らない。
 「特ダネってなに」
「天下のガイアス様の見初めた相手」
揉め事を持ち越したくなかったし、結果として隠すほどの情報も得ていないからあっさりと白状した。ジュードがじろりと半眼でアルヴィンを睨んでから鼻を鳴らす。琥珀の双眸が冷たい。
「アルヴィンの尻ばっか見てたよ」
「尻?!」
アルヴィンが振り返るが振り返ったってそこには何もない。首を傾げつつなんで俺の尻、とつぶやくとジュードがぷりぷり怒っている。
「なに怒ってんの」
「僕も好きです! 鳶色の髪と紅褐色の目!」
「えっ誰知り合い?!」
「しりません!」
当分直りそうにない機嫌のジュードを追ってアルヴィンが走りだす。ジュードがむやみと走るのを追っかけて手をつかむ。射抜くような琥珀の双眸と紅い双眸が重なって見えた。


《了》

ガイアルっていうかガイ→アルだね。
というか動いているガイアス見たことないんだよね…(なぜ書いたし)
誤字脱字とかありそうで怖い              2012年10月27日UP

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