時々必要になる
甘くない糖菓
今日は少し豪勢な宿に泊まれる。ある程度の資金のめどがついたし休息の意味もこめてゆったりとした部屋割りになった。女性陣を優先させたので男どもは適当に放り込まれている。アルヴィンは食堂で終えた夕飯の評価をしながら部屋へ戻った。魚が美味かったな、ああいう調理法もあるか、だがあれを旅中でするのは難しいか。片手に乗る量の盆を眺めながら視線を戻す。
性別と年功序列にあぶれたアルヴィンはまだ年少のジュードと同室になった。寝台の上でジュードは資料をいっぱいに並べている。時折書き留めたり下線を引っぱったりしている。医学を志していたというからこうした勉強に対して抵抗感がないのだろう。アルヴィンも勉強は嫌いではないがそのつどつどの現状でやり取りが多かったから、どちらかと言うとアルヴィンのそれは書物からというより実体験に基づくものだ。理屈は判らないがこうなったときはこうするという処置は判る。
手元を照らすだけのランプの明かりが橙色にジュードの手元を染める。芯と燃料が燃えるたびに炎が揺らいだ。ジュードは熱心でアルヴィンが戻ってきたのも気づいていない。こんこん、と壁を叩くとジュードの幼い顔がパッと上がる。黒い髪が翻って闇色に輝く。アルヴィンはそばのテーブルへ惣菜を乗せた盆を置く。ジュードが来るかと思って取り分けておいた惣菜だが来なかったので部屋へ持ち込めるようにしてもらったのだ。外で食事をしても良かったが内々の食堂のほうが時間の自由が利くし、こういう例外も設けてもらえる。
「アルヴィン?」
「飯は食ったか? 少し見繕ってもらったけど要るか?」
ジュードの琥珀が資料や帳面の山を見てから自分の腹を見る。ふるふる、と頭を振るのでまぁ無駄にならなくてよかったぜといっておいた。
作業をしていると言ったらパンに挟める惣菜を選んでくれた。腸詰肉や野菜の酢漬け、惣菜をざっくりと刻んでくれて挟んだパンごと食べられる。それを幾つかこしらえてもらった。ジュードも男だしまだ若いのだしどれほど食べるか判らなかったからだ。余ったなら夜食でもいいし明日の朝食にしてもいい。瓶の中でたぷんとなるのは牛乳だ。食堂といっても酒場を兼ねたから酒精のない飲み物は案外種類がない。果実飲料と牛乳くらいしかないと言われて牛乳を頼んだ。
「なんで牛乳」
「嫌なら取り替えてもらうけど」
ジュードは黙って飲んだ。瓶詰めの中身がみるみる消えて行く。すぐさまパンにかぶりつくのを見ながらアルヴィンはジュードの寝台に腰を下ろした。
様々な言語で記してある。アルヴィンは無作為に本や帳面、羊皮紙をとっては眺めた。アルヴィンに判るものもあれば見当さえつかない言語もある。見慣れた羅列があれば推測は可能だが構成自体が全く異なるものにいたってはただつらつらと筆記してあるということが判るだけだ。時折図表があってそれは何となく分かる。文字の構成が異なっても絵や図の構成の大枠には変化はない。
「…判るの」
ごっくん、と口の中のものを嚥下する音が聞こえた気がした。肩をすくめて、まちまちだな、というとジュードの双眸が興味深げに煌めいた。アルヴィンは顔も向けずにジュードの食事から腸詰肉のパテを一欠片かっさらうと口に含んだ。程よい塩味がする。
「図があれば判るぜ。こっちはわかんねぇ。見当もつかない」
「このあたりはひと通り講義があるんだ。各地域の技術の記録様式も様々だから」
アルヴィンが口笛を吹くとジュードは茶化されたと思ったのかむっと唇を尖らせた。
「さっすが。優等生」
「…でもアルヴィンもよく判るな…この、これとか、結構専門的で周知されてないと思うけど」
僕のノートも読める? と示される箇所を覗く。読めた。アルヴィンとジュードがかち合ったのもこの地域であることを考えれば妥当か。
読めるぜ、と返すとジュードがノートを放り出してパンを齧った。空腹も自覚しないほど熱中していたらしい。アルヴィンが帳面や本を閉じて羊皮紙などとまとめる。そろそろ寝たほうがいいだろうし、あんまり遅くまで起きていると照明の確保による別料金が発生しかねない。そう言うとジュードはうん、そうだね、と言ってパンをモグモグと咀嚼した。
「…食べきれないや」
「明日俺が食うよ」
部屋には保冷庫がある。紋様を刻み、その上に氷塊が乗っている。旅人が持ち歩くのは武器だけではないし、保存が効くといっても冷やせるならそうしたい食料も多い。手の付けられていないパンを盆ごと保冷庫へ突っ込む。後ろでジュードが最後の一口を口の中へ押し込んで唸っていた。
「…お金、かかってないか」
「食堂のオネェサンにチップをはずんで部屋で勉強に勤しむ奴がいるんだけどって言っただけだ。惣菜自体は俺も食ったし」
ジュードはフゥンと唸ってから牛乳を飲み干した。空瓶の透明な肌の上を白い雫が伝い落ちる。
押し黙るジュードの口元を拭う。
「パンくず」
そのまま指を押し込むとジュードが歯列を開く。アルヴィンは揶揄のつもりで指をねじ込んだ。子供っぽく紅い唇の奥へ指が飲み込まれていく。その指先が吸われた。ぢゅうっと音を立ててジュードが吸い上げる。ぬるくぬめる舌がアルヴィンの指に絡んだ。引き抜こうとするのを追ってくる。それどころかアルヴィンの手を抑えて見せつけるように舐った。装備を荷物と一緒に解いていたのが仇になった。アルヴィンの体を守るものに手足や頭部の装備は含まれていない。ジュードも戦闘時につけている装備はあらかた外してある。
「――っおい!」
爪をかじられてアルヴィンが声を上げた。べろりと舐めるジュードの舌の紅さが燃えた。甘く指先を食まれてアルヴィンがビクリと身震いした。
からんと転げ落ちるそれがなにか認識する前にジュードの顔面にたたきつけた。ジュードは不満気だが缶を取った。アルヴィンから口を離しただけでも儲けものだ。アルヴィンは肩を撫で下ろしてジュードの手元を見た。蓋が完全に分離するタイプの丸缶だ。ジュードが力加減を加えて蓋を外す。ぱきゃっと軽やかな音がして中身が見えた。
「…飴と塩?」
「あー…それ…」
アルヴィンはバリバリと頭を掻いてからあっさりという。
「それとあとは水があれば二三日は。非常食っていうかな」
「糖分と塩分。食料が尽きた時のため?」
「備えあれば憂いなしって言うだろ。いざとなったら水は沢だし、あとは塩気がなくても駄目だしな。それと甘いもの。それで次の街までやり過ごすんだよ」
「結構過酷だと思うけど」
アルヴィンは缶を取り上げるとしっかりと蓋をして枕辺の小卓へ置いた。
「――アル」
ぽい、とジュードの口の中へ放った。飲み込みそうになるのを何とかこらえている。少し大きいそれにジュードはむぅむぅと唸っている。
「なに?」
「変わり玉っていう菓子。当たり外れがあってな。あたりだと糖菓なんだが外れると薄荷がきつくなるだけ。口さみしいならそれでもしゃぶってろ」
「…甘い」
「じゃ当たりだろよかったな」
アルヴィンはさっさと寝台の上を片付けていく。どちらにしてもそろそろ眠らないと明日が辛いだけだ。
アルヴィンは紙袋ごと変わり玉をジュードに押し付ける。露店で見かけて懐かしく思って買い求めただけだ。まだ幼いとさえ言えない頃に健在だった両親が買い与えてくれた思い出がある。その顔さえも覚えていないのに、口に含んだ変わり玉の大きさに難渋したことやハズレ玉の薄荷の苦さや当たりの甘さはよく覚えていた。
いまさら、なにを
思い出してもしょうがないことだ。アルヴィンの喉がゴクリと鳴った。感傷的になっている。書類や冊子をまとめて備え付けの机に置く。じゅーどは寝台の上でおとなしく服装を解いていた。装備も兼ねているから案外重厚なのだ。アルヴィンも上着を脱いだ。シャツを脱ぐか迷う。その隙をつかれた。飛びかかったジュードがアルヴィンを寝台に押さえつけた。銃や剣を使うアルヴィンと拳闘するジュードとではついている筋肉が違う。アルヴィンが押さえ込める場所があればジュードが凌ぐ場所もある。
「おい、なに」
ジュードがすぐさまシャツの釦を外し、スカーフを緩めてくる。胸を舐める舌先と同時に変わり玉を感じる。糖菓独特の甘いベタつきがあった。ジュードも気づいた。唇を奪われる。不満を発露させようと開いた口へ変わり玉が押し込まれた。甘い。ジュードがそのまま鎖骨の突起を舐った。
変わり玉はみるみる溶けていく。砂糖や水飴の甘さがくどいほど強くなる。アルヴィンがおとなしくしゃぶる間にもジュードの舌先や唇は性質悪く振舞った。小さくなったところで噛み砕く。甘ったるい味が口の中で満ちた。胸の突起を舐られてアルヴィンが身震いするとジュードがひどく楽しげだ。ありふれた茶褐色の髪を梳き、紅褐色の双眸を見てジュードは笑う。
「アルヴィン、可愛いな」
かり、と胸の突起を食まれた。ゾクゾクと走る刺激が快感であることをアルヴィンは知っている。腰が震えた。ジュードは抜かりなく脚の間に位置をとっている。
「よ、せ…ッふ…」
身震いして堪えるアルヴィンを嘲笑うようにジュードの唇や舌先が快感を掘り起こす。そのたびにアルヴィンは快感に震えてそれを隠そうと必死になる。
「アルヴィン…」
ジュードの息が熱い。脚の間を弄られた。
「――ッふァああッ」
腰がびくびくと跳ねた。唾を飲んでアルヴィンは自分から服を脱いだ。ジュードも裸身になる。卓上灯が揺らめいた。
「アルヴィンは甘いね」
二人分の裸身が蠢いた。窓から差し込む広告灯があざとく裸身を浮かび上がらせた。
《了》