※事後


   欲望の居場所

 村神俊也は空目恭一と同衾した。場所はたいてい空目の私室になった。空目の家は、今の空目を作り上げた出来事によって完全に毀れた。離婚し、空目を引き取った父親は空目に全く構わない。空目が外泊や夜間の外出をしても誰かを部屋や家に上げても何も言わず稀にはちあわせた時だけ鬱陶しそうに空目を眺め、空目も無感動にそれを受けるだけだった。普通というモノはもう概念としてしか存在していなかった。ただの壊れた中身が同じ屋根の下に暮らしているだけだ。そしてそれは文字通りでありそれ以上でも以下でもない。

 ぴく、と目蓋が震えて村神が目を開ける。ぼんやりと眇められて潤んだ双眸は焦点を結ばないうちから手探りで空目を探す。隣にいるはずの熱源を探す。空目のどこかに触れて村神は体を起こそうと身じろぐ。遮光布は開けられていて月白がゆらゆらと天井や壁を移ろい揺蕩う。
「うつめ」
応えはない。細い黒髪がさわとなびくのを見つけてそこから一気に空目の存在を認識する。細い首や華奢ともいえる体付き。裸身だったが掛け布を腰のあたりまでかぶっていて痩せた腹が見えた。月白の艶を含んだように双眸は潤んで眇められている。横顔を見ながら敷布の畝をまさぐる村神の手にかぶさるように手が添えられる。恋人同士のように甘く指を絡めるでもない。起きようとして腰にヅキリと走る鈍痛に呻くと静かな声が降る。寝ていろ。……起きてたなら起こせよ。同衾相手の寝顔は愛でるものだと恋愛小説に書いてあった。恋愛小説、読むのかよ。恋愛というモノが何であれ存在も周知もされている判断基準だ。捉え方や考え方、行動にも及ぶからないモノにするわけにもいかん。知識として知っておくべきかと思っただけだ。面白がって村神は口の端を吊り上げる。感想は? 露骨な欲望の正当化、のようなものか。ふっと俊也が吹き出す。くっくっと喉を震わせて笑うのを空目がなんだと首を傾げる。
 「いや、その欲望のなれの果てを俺たちは繰り返してるのかと思って」
行為に必要なのは働きかけだろう。それが普通は恋愛とかの情緒なんだろ。
「そんなものか。……嫌か」
「さぁな。それこそ成り立ってるんだから嫌もクソもねえ」

「お前はオレに恋愛感情を持っているのか?」

洋墨のような艶を帯びた闇だ。嵌め込まれた黒色が潤んだように濡れて俊也を見つめる。媚びるでも脅すでもなくただ無感動で無機物的なそれ。日に灼けていない白い肢体は月白で仄白くわずかに発光しているかのように見える。月白を含んだ体が黒い世界に浮かび上がる。
 俊也は応えずに首を傾がせた。ごろりとしどけなく寝そべるのを空目は灼きつけるように見ている。眼差しの怜悧さも冷たさも触れてくる肌の熱さも。空目がここにいると俊也をつなぎとめる。確認、なのだと思う。何度も何度も何度も、空目が焦がれる世界へ行っていないのだという証が欲しくて。

恋愛感情なんかでお前をつなぎとめておけるなら

くふ、と口元を弛めて笑う。空目は答えを待っている。それは興味なのかそれとも問うた以上は結論を出すという礼儀なのかは判らなかったが。

「……さぁな」

うつめ。名を呼ぶ。発条のように体を起こして身を乗り出す。細い髪や耳ごと掴んで引き寄せると噛みつくようなキスをして。主導権が奪われていく。熱く濡れたざらつく肉が、犯す。流し込まれるものを嚥下しながら、何かも一緒に呑む。
行かせはしないと思っても、もしそれでも行くと言った時にせめてついて行けたら?
夢想だ。夢想は熱に散らされて俊也はもう一度仰臥した。細くて白い体が、かぶさってくる。


《了》

喪失面白いから好き……(今関係ない             2020/05/03UP

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