いつまでもいつまでも
共に
70:一緒にいよう
白い目蓋がぴくぴくと痙攣した。開いた目が部屋の明るさに眇められる。薄氷色の目が隣に寝そべる人物を捉えた。身じろいでうつ伏せになり上体を起こす。長い白銀の髪がさらりと流れる。煌々と明かりの点った部屋では時間が判らない。目が時計を探すと夜半だった。体をあわせて眠りについてからしばらくの時間が経っていた。隣にいるのはザンザスだ。
短い黒髪。普段はつけている羽飾りを今は外している。その所為か首筋は普段よりすっきりして見えた。すらりと伸びた首筋。突き出た喉仏。その指先はスクアーロの髪をもてあそんでいる。
「なんだよぉ」
煩わしそうに髪を背中へ払いのけた。それでもさらりと肩を滑る髪をザンザスは飽くことなくもてあそんでいる。枕もとのスイッチをザンザスが唐突に切った。不意に下りた夜闇に目が慣れず身動きの取れないスクアーロを無視してザンザスは手元の髪に口付けた。スクアーロの伸びた手がスイッチを入れる。ぱっと闇が払拭されすべてが晒される。
片肘ついているザンザスの上半身があらわになっている。下肢はスクアーロと同じように布団の下だ。覗く腰骨としなやかな腕に魅入られる。先刻までまるで境目などないかのように繋がっていたのだがこうしてみるとやはり別物なのだと思い知らされる。それでも指先が這い回ればまるで融けるように反応するだろう事が知れた。
「うぜぇ」
バシッとザンザスの手を払う。それでもザンザスは懲りずに手を伸ばす。清流のように流れる長い白銀を、その指先に絡めて遊んでいる。スクアーロのほうが根負けしてザンザスの好きにさせた。それをザンザスは当然のような態度でいる。横柄なそれも彼の生い立ちを知れば納得してしまう。それすら承知でザンザスは好きなように振舞った。
髪をもてあそぶことに満足したのかザンザスは髪を離した。その指先がスクアーロの下顎を捕らえる。異議を唱える間もなく唇が重なった。情事の余韻に濡れた唇は素直に開いて舌先を受け入れる。白皙の顔のスクアーロはだからこそ唇は目に付くほど紅く熟れていた。軟らかく果肉のようなそれをザンザスは思う存分味わった。離れた舌先を銀糸が繋ぐ。
スクアーロが性質のよくない笑みを浮かべた。
「今日はずいぶんだったじゃねぇかぁ。たまってんのか?」
刹那、しなったザンザスの腕がスクアーロの頬を打った。容赦のないそれにスクアーロがベッドから転げ落ちた。白い肌が痛々しいほどの青紫に腫れ上がる。スクアーロはその衝撃に裸身のまますっくと立ち上がった。
「何しやがるッ」
ザンザスはそれをフンと鼻で笑う。まるでそれが当然のように口を開く。
「つけ上がんなよ」
スクアーロがギッと睨みつける。ザンザスは肌を合わせた相手でも気に食わなければすぐに手を上げる。それは力ですべてをねじ伏せてきた彼の習い性だ。複雑な生い立ちを見ればそれも判る。
それでも彼の周りには人が集まる。どんなに手ひどく扱おうがそれは変わらない。ザンザスの言葉にスクアーロがグッと言葉に詰まった。不遜な態度もザンザスの場合は彼の態度にあっている所為か大して気にならない。スクアーロはもぐもぐと口の中で不満を呟きながらベッドに戻った。人肌に温んだ布団はすぐに肌に馴染んだ。
「なんだ、怒ってんのか」
思ったよりあっさり引き下がったスクアーロをザンザスが怪訝そうに見つめる。
「別に。怒ってねぇよぉ」
ボスッとふわふわの枕に顔を伏せる。長く伸びた髪がひるがえってスクアーロの顔を隠した。白い布の上に白銀の髪が伸びる。その白さが融けていくような気がしてザンザスは手を伸ばした。
手入れの行き届いた髪はザンザスの手の中でもサラサラと滑る。白銀のそれは時折淡い青の艶を放った。銀灰色の髪。思い出す。スクアーロが誓うといった日を。それを笑い飛ばしながらその誓いの行く末を一身に見つめてきた。その誓いを実行しているスクアーロは確かに髪を切らずにいて。伸びた髪がそれを証明している。その一途さ、すらも。
「…まだ、守ってんのか」
「あぁ? なんだよぉ」
スクアーロが顔を上げて問い返す。それを何でもないと撥ねつけてザンザスは指に絡めた髪に口付けた。
「そんなに、オレの髪気に入ったのかぁ?」
「そうだな」
思った以上に素直なザンザスの言葉にスクアーロのほうが面食らった。白い頬が見る見る紅く染まっていく。手ひどく殴られた箇所は見るも無残だ。けれどその痛みすら感じていないかのようにスクアーロは首まで真っ赤になった。
「照れんな。ガラかよ」
「うるせぇ!」
スクアーロはしまいに枕に突っ伏した。覗く耳が紅い。
「性質ワリィ…」
「あぁ?」
「なんでもねぇよぉ!」
怪訝そうに問い返すザンザスに悲鳴のようにスクアーロが叫んだ。
白いその髪は黙っていると枕やシーツと同化してしまいそうでザンザスは無闇にもてあそんだ。指に白い髪が絡む様は白糸が絡むのに似ていた。けれどそこだけは確かに分離しているのだと、信じることが出来た。スクアーロの薄氷色の瞳がザンザスを見る。
「油断できねぇ…」
呟いた言葉にザンザスが笑う。それは勝ち誇ったような、勝者の、笑みで。
「好きだろ?」
チロリと舐めるように見たスクアーロはすぐ視線を逸らした。その頬が紅く。白いだけにその紅さは際立った。色素の薄いスクアーロは瞳孔すらはっきりと見て取れる。剣の実力のある腕はしっかりと筋肉がついている。張りのある枝のようにしなやかなそれはザンザスを魅了した。
「言ってみろ。好きだろ?」
ザンザスが焦らすように言葉を紡ぐ。スクアーロの三白眼がザンザスを窺い見る。
「…敵わねぇなぁ」
真っ赤になって枕に突っ伏す。ふわふわの枕がスクアーロの顔を包んだ。心中で誓う。
ずっとずっと、一緒に
傲岸不遜、そんなお前が
好きです
ザンザスの手がスクアーロの髪を持ち上げる。紅く染まった白い肌。薄氷の色をした瞳が潤んでザンザスを見つめていた。
《了》