それは小さな小さな
二人だけの秘密の
59:鈍色の鍵
「あッ、ルルー!」
響く声と大きく振られる手。愛しいそれらを、そうではない風にいなしながらルルーシュは近づいた。高い背。悔しいことにその身長にルルーシュは追いつけていない。目元を覆うのはサングラスというよりゴーグルに近いものがある。濃いヴァイオレットのそれはマオの目元をすっぽりと隠している。その両端はヘッドフォンへと繋がっている。
「マオ、早かったな」
「だってすぐ飛び出してきたんだよー」
子供のように肩を揺らしてマオはルルーシュに抱きついた。
「マッマオ!」
「なに? あッ、ルル、もしかして照れてる?」
ケラケラとマオが震えるように笑った。その振動が抱きついている腕を伝ってルルーシュにも伝わる。細い腕は少し骨ばっている。その肘を指先で撫でながらルルーシュはフンとそっぽを向いた。マオがニヤニヤ笑う。
その腕がルルーシュの体を抱きしめる。
「嬉しいな」
「照れてなんかないッ」
抱きしめて腹に当たる異物にマオが気付いた。体を離すとルルーシュの手元を覗き込む。
「なに、それ」
それは小さな小さな。けれど造りはしっかりとしているようで鍵穴があるのが判った。
「持ってきたか、マオ」
「持ってきたよー。宝物でしょ?」
マオが誇らしげに取り出したのは小さな石。きらりと輝くそれにどんな謂れがあるのかルルーシュは訊かなかった。マオの大きな手の平にころりと転がる石。
「ボクの宝物だよ。海岸で見つけたんだー。ルルは?」
ルルーシュは黙って箱を開いた。中には数発の潰れた小さな。
「銃、弾?」
ルルーシュは口元を歪めて笑った。端整な顔立ちで笑うので嫌に迫力がある。
「お前の体に打ち込まれたものだ」
「ルルの意地悪!」
悲鳴のようなマオの声を聞こえなかったふりをしてルルーシュは言葉を続けた。細い眉がピクリとつり上がる。
「いいだろう。俺とお前の始まりだ。思い出という奴だ」
「絶対違う気がする」
「ぐだぐだ言うな。ほら、入れろ」
ルルーシュが箱を突き出す。マオはなんだか不服そうな顔をしながらもルルーシュの言葉に従う。ころりと転がるそれらをルルーシュは大事そうに蓋をした。カチン、と音をさせて鍵を閉める。
「ほら」
ぽいとなんでもない風に放られたそれをマオは慌てて受け取った。
「えッ、わ、わ」
手の中でぴょんぴょん弾んでようやくマオの手の中に収まる。ふぅっと安堵の息をついたマオが恐る恐る手の中を覗いた。
「か、ぎ?」
今さっき閉めたばかりだろう小さな鍵。ルルーシュは何故だか誇らしげに笑っていた。疑問符だらけのマオにルルーシュは勝ち誇ったように笑っていた。
「箱は俺が持つ」
「鍵だけあったって意味ないじゃん!」
「お前は鍵を持て。俺は箱を持つ」
ルルーシュはマオの声など聞こえていないかのように言葉を綴った。その頬が少し紅潮している。訳が判らないマオは首を傾げた。
「二人が揃ったときだけ開く、宝箱だ」
マオの紅い唇が弓なりにかたちどる。笑みを見せるマオにルルーシュは照れたようにそっぽを向いた。
「ルルって意外とロマンチストだね」
「意外は余計だ」
マオの腕がガバリとルルーシュを抱きしめた。
「なッなんだッ?!」
「えへへ。ありがとールル」
ルルーシュはそれでもマオの腕の中で大人しくしていた。それをいいことにマオは抱きしめる腕に力を込めた。細いけれどしなやかな腕がルルーシュの背をしならせる。
「こういう秘密とか、憧れてたんだ」
子供のようにマオは正直だ。その言動には驚かされることも多いがハッとすることもある。
「シーツーともしてないよ」
マオの読心の能力には舌を巻く。ほんの欠片で思ったことにすら反応する。ルルーシュの目がフッと微笑んだ。紫苑の瞳が潤んだように瞬いた。
「余計なことを」
「あれ、知りたくなかった?」
ルルーシュの言葉にマオが目を瞬く。指先がひょいとゴーグルを外す。見上げるとギアスの紋様に揺らめく瞳が見えた。紅く潤んだように揺らめく瞳。
「だってルル、いっつもシーツーのこと気にしてるじゃん」
「うるさい」
唇を尖らせて言うマオの言葉をさえぎるようにルルーシュは言葉を放つ。子供のように素直なマオはそれゆえ手強い。ルルーシュはマオの胸に顔を寄せた。女と違って膨らみもない硬い胸。よく聞こえる鼓動は確かに息づいていた。
マオが笑う気配にルルーシュは顔を上げた。細い目が眇められて笑っている。
「嬉しいな。なんだか」
「ルルと繋がったみたいだ」
その言葉にルルーシュの頬に朱が上る。白皙の顔だ、紅くなるのはすぐに知れた。案の定マオは楽しげに笑い出した。
「ルル、可愛い」
「――…ッ」
言葉の出ないルルーシュを笑うようにマオが言葉を紡いだ。それは痛いような。
「ルルが好きだよ」
ルルーシュの目がジワリと潤んだ。けれどそれにマオは気付かない。マオの胸に伏せた顔。大きな紫苑の瞳はそっと目蓋の奥に隠された。
「馬鹿ばかり言うな」
「ホントだよ? 嬉しくないの、ルル」
その声の調子から唇を尖らせているだろうことが知れた。けれどルルーシュは顔を上げなかった。ただその言葉が。嬉しくて。それだけで。それだけで生きていける。そんな、くだらないと哂ってしまうようなことに思いをはせていた。くだらない、けれどそれだけで俺は生きていける。
「ルルー、つまんないよー」
終いには頬さえ膨らませてマオが言った。クックッとルルーシュが笑う。その震えを感じ取ったマオがルルーシュの顔を覗きこむ。
「ルル?」
長い体を折り曲げて覗き込むマオにルルーシュは笑いかけた。
「この馬鹿」
それでも惚れ惚れするような笑顔にマオも笑い返した。
「ルルが好きだよ」
あぁ、なんて。
「あぁ」
愛しいんだろう。こんなにも。
「俺も好きだ、マオ」
二人をつなぐのは。
小さな箱と。
小さな。
鈍色の鍵。
《了》