そんな甘いこと、言わないで
 そうすればきっと気付かなかった


   54:やっと気付いた

 コツコツとノックをしても返事がない。そろそろ起きなくてはミーティングの時間に間に合わないだろう。ゼファーはそっと扉を開いた。カーテンの隙間から日の光が漏れている。
目に灼きつくような朝陽は床の一部分だけを照らし出していた。
 「ルシード」
ベッドに歩み寄り上で丸まっている塊に声をかける。もぞりと塊が蠢いた。部屋の明かりは消されていたが漏れて来る朝陽で部屋の中は見て取れた。ゼファーは辛抱強く話しかける。
「ルシード、起きろ」
ついには手を出して肩の辺りを掴んで揺する。藤色の髪をした頭が生え、寝ぼけ眼の顔が現れる。薄い闇の中で紅い瞳はくすんでまるで空気に触れた血液のように鈍い色をしていた。
 「起きろ、ミーティングがそろそろ始まる」
ルシードの紅い目がゼファーを見つめていたかと思うとものすごい力で一気に引きこまれた。突然だったことも手伝ってゼファーはされるがままにベッドに引きずり込まれた。
鍛えられた体。けれどまだ幼い腕がゼファーの体を抱きしめる。
「ゼファー」
「ルシード!」
そろそろ皆起きてくる時間だったことを慮って小声でルシードを非難する。ルシードはそれをいいことに聞こえないふりをした。
 人肌に温んだ布団の上に押し倒される。蝶の翅をあしらったコートのバックルを解かれ、襟ぐりの開いた黒いシャツをたくし上げられる。現れた胸に寝ぼけているルシードはキスを降らせる。
「ルシードッ!」
ゼファーの手ががっしとルシードの頭を掴んで思いっきり跳ね除ける。怪訝そうなルシードの頬をバシンッと思いっきり叩いた。途端に目が覚めたのかルシードがその紅い瞳を瞬いた。腫れあがる頬に触れ痛みを確かめるように顔を歪めた。
「いってー…」
ルシードが頬を膨らませて拗ねた。
 「そんな思い切り叩かなくったっていいだろ」
「いきなり人を半裸しておいて何を言う。大体目を覚ましていないから悪いんだろうが」
ベッドの上に広がる栗色の髪を一房、手に取り口付ける。
「しょうがねぇだろ…いい夢見てたんだし」
「いい夢?」
怪訝そうなゼファーを置いてルシードはベッドをでた。ゼファーが体を起こし身なりを整える。洗面所に行ったルシードが水を使う音がしばらく部屋に満ちていた。廊下が次第に騒がしくなるのが聞こえた。皆起き出してきたのだろう。
 「ちくしょー…なぁ、冷やした方が好いか?」
そう言って顔を覗かせたルシードの頬が紅い。つい本気になって殴った所為か紫に変色し始めていた。
「そのほうがよさそうだな」
しれっとして言い放つゼファーにルシードは何か言いたげだったが洗面所に引っ込んだ。
 ザーザーと流れる水道の音がした。部屋のカーテンを開け放つと目を射る朝日が差し込んできた。ほのかに暖かいそれに身を洗われるような気がした。
「今日もいい天気だな」
今日は書類を提出しがてらコッソリ街をぶらついてみようか。
 「ルシード」
「…なんだよ」
着替えを終え洗面所から顔を拭き拭き出てきたルシードがぶすくれて返事をする。
朝日のもとで照らされたルシードの頬が見るも無残に腫れていた。さすがに手加減なしで殴っただけに罪悪感がした。なんにでも興味津々なルーティやビセットになんと言われるだろう。その言い訳を考えるだけで頭が痛くなった。
 「…いや、すまん。手加減なしで殴ったようだ」
「だろーな、そーだろーな。すっげぇいてーし、ったく」
ルシードがクシャリと前髪をかき上げた。藤色の髪がサラサラと指の隙間から滑り落ちて額を隠す。唇を尖らせるルシードにゼファーは罪悪感など微塵も感じさせずにいった。
「いきなりベッドに引き込むお前が悪い」
はぁーッとルシードが思い切りため息をついた。がりがりと頭を掻く。
「だからー、それは夢の」
そこでルシードが言葉に詰まる。その顔が見る見る赤味を増していく。
「ルシード?」
怪訝そうなゼファーの様子にルシードは不自然に目を逸らした。
「…ッ」
ルシードの頬が紅い。ゼファーは暗緑色の目を瞬かせた。ルシードの紅い目が責めるようにゼファーを射抜いた。
 「お前が夢に出て、きて」
「俺が?」
また変な夢を見たものだとゼファーは心中で一人ごちた。
「そしたらお前の顔が目の前に見えて」
「…それで」
「許されたのかと、思って」
照れながらも真っ直ぐな瞳はゼファーを捕らえて離さない。その視線に体中が軋むような錯覚を覚える。
 「…早とちりか」
「悪かったな!」
ルシードが真っ赤な顔で怒鳴り返す。ゼファーがフッと笑った。
「気にするな、若造」
「うっせーよ!」
叫んだ拍子に頬が痛んだのかルシードが顔を歪めた。痛みに怒鳴りたいのを我慢しているのかまだブツブツと何か呟いている。
 「湿布でも貼ったらどうだ」
「そうする…」
紅い瞳が涙で潤んでいる。ゼファーは思い切り手加減なしで殴ったことを少し後悔した。
だかとっさのことだったのだから仕方ないと呟く。
 「ゼファー」
ルシードの部屋を出て行こうとしたゼファーの背にルシードの声が被る。
「なん」

「オレ、お前のこと、好きだから」

ゼファーの目が大きく見開かれていく。だがフイとゼファーは顔を逸らした。
「判った」
「こら! それはどういう意味」
パタン、と扉が静かに閉じる。なんだか置いてけぼりを食らったような格好になったルシードはチェッと舌打ちした。
 「本気だぜ」
逃がさないと。その決意すら滲ませて閉じてしまった扉を睨みつける。長い栗色の髪も切れ長の暗緑色をした目も。自分より高い身長も。その服装も。そのすべてを。

愛していると

ルシードは誓った。神に捧げるように真摯に。

 閉じた扉を背に廊下ではゼファーがしゃがみこんでいた。その耳まで真っ赤になって。俯けた頬は紅く。火照った肌を冷まそうとパタパタと手で風を仰いだ。
「ルシード…」
昔から付き合っているがここまで歯に衣着せない言い方は初めてだ。露骨で不器用。けれどそれが何よりも誰よりもルシードらしいのだと知っている。
 「好き、か」
同時に気付いてしまう。己の中で燻っていたのがなんなのか。こんな、こと。
「言えるか…!」
まさか。

自分もそんなルシードを
好き、だなんて

「まったく」
気付くこともなく終わったのだろうそれは、けれど気付いてしまったらもう離れられない。
喉に刺さった骨のように突っかかるそれは。
喉の筋肉が動くたびに内側から引き裂かれていく。
 「好き、か」
解放してしまった方がいいのかもしれない。解放するべきなのかもしれない。
ゼファーは紅くなった顔に誰も気づかないといいのだが、と思いながらそっとそこを離れた。どこまでも真っ直ぐなルシードがうらやましくそれゆえに。憧れる。
「好き、だな」
ゼファーの口元が静かに笑んだ。


《了》

微妙   04/15/2007UP

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!