確かに、それは


   51:見えない壁

 ルルーシュの気が抜けた。さんざんっぱら探した人物は二人しか知らない場所ですっかり眠りこけていた。足音も荒く歩み寄るが気付かずに眠っている。
「全く、こんなところで眠って」
眠っているもとへ屈みこむ。長身は今は全く意味がない。細く長い手足。
普段は伸びやかに動くそれらはすっかり眠りの奥にいるおかげで大人しい。襟までかっちりと閉まった服。ガードの固いその奥にはしなやかな体躯が眠っていることを知っている。
 「マオ」
反応はない。耳にはヘッドフォン。そこからはあの身勝手な女の声が流れているのだろう。
そう思うとなんだか腹立たしくなって乱暴に起こそうと肩に手をやる。
「…ん?」
ヘッドフォンのアームの所為か普段なら覗かない首が覗いていた。突き出た喉仏。細い首。白い肌。妙に官能的なそれらに目を奪われた。
 仰け反った白い首。
「苦しく、ないのか」
見ているだけで息苦しくなるほど反っているのに当人はスゥスゥと眠っている。
紫の色をしたサングラスは目の高さを全体的に覆っている。
静かに、規則正しく上下する胸。そこにそっと耳を当てても服の所為か鼓動は聞こえなかった。心の中で呟く。何度も何度も。

マオ
起きろマオ
マオ
愛している

マオ

 「まったく…」
さてどうしようかと思案に暮れる。寝込みを襲うのは趣味じゃない。だからといってこのまま指を咥えてみているのも性に合わない。
ハッと息を呑む。紅に揺らめいたマオの目がじっとルルーシュを見つめていた。
 「マオ、起きたのか」
ヘッドフォンをずらしながらマオがその背を起こす。同時にサングラスも外す。紅く水面のように揺らめく瞳があらわになった。ギアスの紋様が浮かび上がっている。
「起きたよ、ルル」
大きな紫苑色の瞳が和む。ルルーシュが安堵したように見えるその動きをマオだけが知っている。きっとその表情を見せているのだろうナナリーは残念ながら盲目だ。事情は詳しく知らない。ただ後天的なものなのだと聞いてそれっきりだ。車椅子にも乗っていた。
 「ルルの声が聞こえたよ」
女のように膝をついたルルーシュにしなだれかかる。ルルーシュはそれを振り払おうともしない。マオの長い指先がルルーシュの唇に触れた。ふよんとした柔らかな感触。マオが肩を震わせて笑った。
「触ればよかったのに」
マオが体を伸ばした。柔らかな場所が触れ合う。互いの温度。
「ルルならいいよ」
途端にルルーシュの顔に朱が上る。白い肌ゆえに赤面する様子は克明に判った。
マオがけたけたと楽しげに笑った。どこか人形染みたその仕草に目を奪われる。眠っているとき見えた喉は衣服に隠されてもう見えない。むしゃぶりつきたくなるような衝動を呼び起こす細い喉。
 「馬鹿を言うな」
「冗談じゃないんだけどなぁ」
睨みつける紫苑の目をものともせずマオは言の葉を連ねる。読心の能力を持つマオの前では虚勢など張るだけ無駄だ。隠し事など意味がない。それは壁のように立ちはだかる、事実。
「まったく、こっちがどれだけ探したと」
「ごめーん」
ちゅ、と唇が触れ合う。許しを請うようにマオは優しく口付けた。温い温度。融け合ってしまいそうなそれはひどく魅力的だった。
 「マオ」
「何、ルル」
目を輝かせる様子はまるで無邪気な子供だ。今はヘッドフォンも外している。それが何より嬉しい、なんて。マオの顔がにやりと笑んだ。
「そんなに嬉しい? ルル」
マオの紅い唇が動く。魅惑的な。目を、奪われる。
「ボクがシーツの声を聞いていないことが」
シーツーという言葉に思わず眉が寄る。それにすらマオは喉を震わせて笑った。
「ねぇルル」
近づくマオの顔。細い三白眼。紅い瞳。少年染みた白い肌。襟まで覆う服。肩を覆う布。深いスリットから覗く腰。しなだれかかってくるそれらはひどく目を引いた。
 「マオ」
言葉が見つからずに名前を呼ぶ。それだけでマオは嬉しそうに顔を歪めた。笑うと狐目になる。どこか猫に似た容貌。けれど性質は猫のように気まぐれだがどちらかと言うとよく懐く犬のようだ。一度心を許した人物には盲目的に。けれど裏切りを許さない厳しさも持ち合わせている。
 青灰色の髪。前髪をほとんど上げているがちらほら長い前髪がちらついている。
襟足で切られた短い髪。高い襟とあいまってうなじはほとんど見えない。
「マオ、好きだ」
うわ言のように紡いだ言葉にマオが目を瞬いた。ルビーのような、それでいて流動的に動く紅い目。魅入られるその目が不思議そうにルルーシュを見つめていた。
「ホント?」
「あぁ」
短い返事。けれど発熱したように紅いルルーシュの頬が何より雄弁に真実を語っていた。
マオが嬉しそうに微笑んだ。長い腕がガバリとルルーシュの体を抱き寄せる。少年期も終わろうというのにまだ細く不安定なルルーシュの肩にマオが抱きついた。その勢いでバタリと後ろに倒れる。押し倒された格好になるルルーシュが戸惑い気味にマオを見た。
 「マオ?」
「へへ、ごめん。嬉しくって」
悪びれない様子にルルーシュの肩から力が抜けた。子供のように無邪気なマオはそれゆえに素直だ。真正面からの言葉にルルーシュは再度頬を赤らめた。
「馬鹿な奴め…!」
「嬉しいくせに」
思わず言葉に詰まってマオが楽しそうに笑った。
「ルルになら抱かれてもいいな」
「…本当か」
思わず耳を疑うルルーシュが問い返すとマオがこくんと頷いた。
「ルルならいいよ」
ルルーシュの手が伸びてマオの顔を近づける。触れ合う唇。互いの温度が行き交うようなそんな幻想を抱かせる。
 「ルルってエッチだね」
「フン」
マオが笑って言うのを鼻で笑い飛ばす。いっそ開き直る様子にマオのほうが戸惑いを見せた。ルルーシュの本音にじかに触れる。頬を紅潮させながら、それでも優位に立とうとするルルーシュはひどく愛しかった。
なんだか自分が持っていないものを持っているようで。
 大きな紫苑色の瞳。整った顔立ち。端整ともいえるそれは美しかった。白い肌。まだ少年期にある細い体。歳の割りに動かない手足は滅多に心情を表したりしない。
冷静な思考もマオと会うときだけ崩れる。それがマオをひどく喜ばせていることをルルーシュは知らない。
読心の能力だけではないそれにルルーシュは気付いていない。

 「マオ」

確かに在った。

「お前を」

確かに崩れた。

「愛している」

見えない壁。

マオは答えずにただ、喉を震わせた。


《了》

いやもうあのその    04/14/2007UP

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