まさか、先に
47:それはこっちの台詞
貸し与えた携帯は黙って呼び出し音を鳴らしている。むなしく響く呼び出し音にルルーシュは暴れ出したくなった。何もないはずの相手が何故でないのかが判らない。授業などの拘束もないはずの、相手。
マオ
心中で何度その名を呼んだか知れない。
読心のギアスの能力を持つ、男。かつては銃口を向けたことすらある相手だが今はいいように扱っている。その能力は確かに魅力的だった。
「マオ!」
『えッな、なに?』
どうせ聞こえていないと踏んで叫んだ途端にマオの返事がしてルルーシュの気が抜けた。
「マオ?」
『そうだよ、何? ルル』
何か作業でもしているのだろうか、声が時々遠くなる。愛しい、マオの声。
「いいからいつもの場所にすぐ来い。いいな」
『えェッ、やだよ! もうちょっと待ってよルル!』
いつになく渋る声にルルーシュの機嫌は急降下する。
こっちはお前のことをこんなにも考えているというのに!
「何か用事でもあるのか」
『用事? うーん用事、かな、多分』
曖昧な受け答えにルルーシュの頭に一気に血が上った。
「いいから早く来い! オレは待ってるから――」
『だからやだってば! もうちょっと待ってよルル』
断れてルルーシュはまた冷静な判断力を失う。かっちーんときた気分そのままに返事をしていた。お前のことばかり考えているというのに!
「お前はそればかりだな! 一体何してるんだ!」
『ルルにはいえないよー、いいからもうちょっと待ってよ』
苛立たしげにルルーシュは舌打ちした。マオはどうあっても己の主張を曲げないらしい。
「じゃあ、もうちょと待ったら体は空くのか」
ためしに囁いた言葉にしばらく考え込んだらしい間を置いて返事があった。
『…うん、そう、かな』
「じゃあ待つからいつもの場所に来い。いいな」
『うん、いいよ』
遠くで響く声はどこか聞いたことのある響きだったが良く聞こえなかった。
苛立たしげに通話を切り上げる。ボタンを押す指先が乱暴に動く。
「何を考えてる…」
シーツーからマオが孤児だと聞かされて。己の誕生日すら知らないと。だから。
せっかく誕生を祝ってやろうと
している、のに
「あの馬鹿が…!」
苛立たしげな横には贈り物を包んだ箱。
「何が、もうちょっとだ…」
上ってしまった血を何とか収めようと苦心する。眉間に寄ったしわを取り、いつもどおりの笑顔を取り戻す。それはどこかよそ行きの笑顔。
もうちょっとというには十分すぎる時間がたったころ、ルルーシュはいつもの場所へと向かった。思案に耽るその場所が何故だかマオと密会する場所に変わっていた。
「いないじゃないか」
見る見るルルーシュの機嫌は悪くなる。そこには誰も待っていなかった。手の中で箱が軋んだ音を立てる。ルルーシュは再度電話をかけようと携帯を取り出した。
その途端、パンパンという爆発音が耳をつんざいた。
飛び散る紙吹雪と紙テープの嵐にルルーシュの思考回路は完全に閉鎖された。
「ルル、誕生日おめでとー!」
爆発音の後にくる愛しい人の声。
しかもその内容が。ルルーシュは目を瞬いた。
「誕生、日?」
「違った?」
マオが心配そうにそう訊ねる。ルルーシュは朝からの行動を頭の中で振り返る。そういえば朝からナナリーが何か言いたげだった。学校で会ったスザクも何か言いたげだった。
「オレの、誕生日?」
「そうだって聞いたんだけど。違った? ルル」
マオの言葉にピースが嵌まっていくのが判った。そういえばそういえば。
思い当たることはいくつもあった。そういえばそういえば。
ルルーシュの口元が歪んで笑みをかたちどる。まさか愛しいこの人に、先を越されることになろうとは。
「マオ、どうやって今日がオレの誕生日だと知った?」
「周りの人に聞いて回っただけだけど。違った、ルル?」
確かめるようにそう問いかける愛しい人。ルルーシュは腕を伸ばしてマオの体を抱き寄せた。
「お前って奴は…!」
目頭がつんと熱くなった。涙が溢れてきそうで目蓋を開けない。まさか誕生日を祝ってもらえる日がこようとは。けして恵まれてはいない出生。けれどそれを祝ってもらえる日がこようとは。マオの高い背が疎ましい。だがそれが助けにもなっていた。泣きそうな顔など、見られたくはなかった。
「ねぇ、違った? ルル」
ルル、と愛称を呼ぶ彼の声が愛しい。その響きはどこまでも甘く。
「違ってない。どうして知ったんだお前が」
「だからー周りの人に聞いて回っただけだってば、なんだかルルらしくないよー」
ぷーと頬を膨らませる様子すら愛しい。子供のようなそんな仕草に、救われる。
「ボクが誕生日プレゼントだよ、何でも言うこと聞くから」
甘い甘い言葉。ルルーシュの口元が知らずに笑んでいた。
「いいのか、そんなことを言って」
「いいよー、今日だけだけど」
マオが猫のように喉を鳴らして笑った。しなやかな体はどこか猫を思わせる。
「じゃあ何を頼むかな」
ルルーシュの心が子供のころのように躍った。こんなに楽しみなプレゼントはほかにない。
「ルル!」
マオの声が悲鳴のように響いた。
「エッチなこと考えてる!」
「あぁ悪いか」
いっそ開き直った様子は男らしい。悲鳴のようにマオの甲高い声が響いた。
「ルル!」
不器用に巻きつけられたリボンはピンク色だった。その姿すべてが愛しい。
「お前が悪い」
ルルーシュはそう言い切ってマオの体を抱き寄せた。細い腰。しなやかなその長身の体を、抱き寄せる。それはどこか猫を思わせるような。体。
「俺の言うことを何でも聞くと、言っただろう」
「言ったけど…」
マオは渋々と己の言葉を認めた。ルルーシュは悪魔の笑みでそれに答える。
「言っただろう。だッたら言うことを聞け」
「でもルル…!」
マオの顔が紅い。白いその肌は赤くなるのがひときわ早い。その様はまるで白猫のようで。
魅入られる。紅い瞳。ギアスの文様揺らめくその紅い瞳に、魅入られる。
「エッチなこと考えてる…」
「悪いか?」
ルルーシュは挑むように笑う。手に持った包み箱にマオが気付いた。
「ねぇそれ何?」
「お前にやろうと思ってたんだ」
「ボクに?」
マオが子供のように問い返す。
「あぁ」
お前が孤児だと知ったから
お前が誕生日も知らないと知ったから
お前のために祝おうと
用意した小さな、箱
ルルーシュの手が小さな箱の包み紙を破る。現れた箱を開く、そこには。
「キレー…」
マオが思わす声を上げた。それはどこか子供染みた。けれど血のように紅い石の嵌めこまれた指環。マオの目が歓喜に輝きを増す。
「ホントに? ホントにこれ、ボクにくれるの、ルル」
マオの声が楽しげだ。それにルルーシュはひどく満足する。
「あぁ」
箱を捨て指輪をつまみ上げると、姫に付き従う騎士のようにマオの手を取る。
「お前に、やる」
左手の薬指にそれを嵌める。
「わー…」
マオがそれを日に透かすように手をかざす。明るい日の光に銀色の部分がちかちかと光を反射しているのが見えた。紅い血の色をした石が嵌めこまれた指環。手をかざしたマオの表情は確かに嬉しげで楽しげで。ルルーシュはそれだけでひどく満足だった。
「いいの? ルル! やったぁ」
マオが邪魔そうにリボンを裾を払う。それを取り上げ口付ける。ピンク色のリボン。
「お前が誕生日プレゼントだといったな」
「言ったけど。ルル、エッチなこと考えてる」
クッと口元を歪めてルルーシュは笑った。
「それはおあいこだ」
マオの顔がサッと朱に染まる。
「ボクはそんなこと考えてない!」
「全くお前に」
先を越されるなんて
思ってもみなかった
「先を越されるなんてな」
「へへー、誕生日おめでとうルル!」
満足げなマオの笑み。それはどこか子供染みた。けれど愛しいその笑みにルルーシュは微笑んだ。
「それはこっちの台詞だ、マオ」
「誕生日おめでとう、マオ」
自身の誕生日すら知らぬ孤児だと。シーツーは確かにそう言っていた。
「今日がお前の誕生日だ」
言い切るルルーシュにマオはケラケラと笑った。体を震わせて笑っている。
「シーツーの誕生日プレゼントより嬉しいよ、ルル」
「あの女に何を貰った」
「貰ってない。ボクがいらないって言ったんだ」
へへーッとマオが笑う。その長い腕がルルーシュを抱き寄せた。温かな鼓動。
押し付けられた胸から聞こえるその鼓動。とくとくと確かに生きている、証。
お前が今日まで生きていて
確かに幸せだったと
言えるかどうかは判らないけれども
マオ
今日まで生きていてくれてありがとうと
言いたくて
「まったく」
ルルーシュの目尻から涙が伝った。紫苑色に揺らめく瞳。濡れて輝きを増した紫水晶にマオはキスの雨を降らせる。
「ルル」
触れる唇は確かに熱く。ルルーシュはコッソリ涙を拭った。
「泣いてるの」
「泣いてない」
速攻の速さで言い切る言葉にマオは笑みを深めた。
「じゃあいいよ」
クックッと喉を震わせて笑う。その様はひどく美しく。ルルーシュの目に映った。
「お前は最高だ、マオ」
ルルーシュは確かに心からそう思ったと。マオは微笑みながらそう思った。
「ありがと、ルル」
マオの言葉にルルーシュは笑った。それはどこか壊れるものを持つ危うさにも似た。
ルルーシュは黙ってマオの薬指に唇を寄せた。
触れ合うその温度にマオはケラケラと声を上げて笑う。
まさか先に言われるなんて
思ってもいなくて
どこまでも愛しい、その中に。
マオはいた。
《了》