あの人だけ


   43:あの人だけ

 キュッと鼻をつまむ。そして人工呼吸の要領で口付けた。十秒、二十秒と時間が経過していく。ガバッと布団から飛び出した手がオラトリオの顔を押しやった。
「――…ッはぁ、はぁ」
「ようやっとお目覚めだな」
ギッと紅い瞳がオラトリオを射る。寝巻きのままオラトリオに掴みかかる。
「貴様! 人を殺す気か!」
「殺すなんてそんなそんな」
けらけらと笑い飛ばしてパルスを寝床から引っ張り出す。
「ほれ、飯作ってあんぞ、食え」
「他の皆は?」
長い黒髪を背中に払いながらパルスが問うた。オラトリオはにっこり笑いながら時計を示した。
「今何時だと思ってんだ、お前?」
「…十時半」
「正解」
皆とっくに出かけたぜ、と言いつつパルスのための食事を用意する。
「お前今日、授業は」
「ない」
「なんだ、それなら起こさなきゃ良かったかな」
 ピンポーンとチャイムが鳴る。朝食をぱくついているパルスを横目にオラトリオがでる。
「オラクル?」
後ろでグフッとむせる音がしたのは聞かなかったことにしてオラトリオは扉を開けた。
「どうした」
「パソコンが壊れちゃって。貸してくれないか」
資料を片手にオラクルが人の好い笑みを浮かべる。従兄弟のくせに良く似たこの二人は組んで仕事をしている。
 「あれ、パルス、授業は?」
上がりこんだオラクルが声をかける。パルスはパンを咥えたまま首を振った。
「ないの?」
こっくんと頷く。オラトリオがオラクルをパソコンのある部屋に案内する。
「ほら、いいぜ」
「ありがとう」
しばらくパソコンが発する重低音が家に満ちる。オラトリオをがキィを打つ音。カチカチとオラクルがマウスを動かす音。一定の程度で流れる音にパルスは眠気を誘われた。うとうとしかけたところをオラクルの声が切って目覚めさせる。
「ねぇパルス」
「な、なんだ」
思わず眠りそうになっていたのを誤魔化すようにパルスは大声を出した。

 「パルスってさ、キスしたことある?」

オラクルからの問いにパルスは目を瞬かせた。ズッとオラトリオがずっこけている。
「私が、キス?」
「オラクル〜!」
オラトリオの声もどこ吹く風。オラクルの真っ直ぐな目がパルスを捕らえて離さない。
「私が…」
「今朝俺としただろ」
オラトリオの言葉にオラクルの機嫌が見る見る悪くなる。怪訝そうなパルスを置いてオラクルはオラトリオを睨みつけた。
 「どういうことだ」
「朝のキッスでっす」
オラトリオがたはははと笑いながら軽く受け流そうとする。だがオラクルがそれを許さない。真っ直ぐオラトリオを見つめる。
「あれはキスと言うのか?」
パルスの怪訝そうな声にオラクルの眉がキリキリとつり上がる。
「オラトリオ?」
「オラクル、今朝な――」
パルスは今朝あったことを一つ残らず話した。鼻をつままれて口をふさがれたこと。それで飛び起きたこと。平然としているパルスをよそにオラクルの機嫌は見る見る悪くなっていく。その目がオラトリオを射抜いた。
「オラトリオ〜!」
「なんだよッ」
そんなに怒られることしたか俺?! とオラトリオが逃げを打つ。
 
 「私は口をふさがれただけだぞ?」

「それをキスって言うんだよパルス」
オラクルの声が地を這うように低い。普段は大人しいこの従兄弟がへそを曲げたらどんな面倒が起きるか判ったものではない。オラトリオは慌てて弁解した。
「でもオレ達にそんな意識はなかったしィ? キスじゃねぇよそんなの!」
オラクルの機嫌が少し直る。
「ならいいんだ」

「でもオラトリオ」

「はい?」
自身とよく似た従兄弟のへそを曲げさせないようにと必死なオラトリオの耳朶を従兄弟の声が打つ。
「そんなキスまがいの起こし方ってどうかと思うよ」
「だろう?!」
パルスがそれに相槌を打つ。二対一かよ、とオラトリオがぼやいた。
 「パルスは私のものなんだから、勝手にキスされたら困るよ」
途端にオラトリオは目を瞬いた。今、なんと?
「は?」

「あれ、知らなかったかい? 私たち、付き合っているんだよ」

知らなかった。
「なんだとぉお?!」
ぐりんッとパルスの方を向くとバッとパルスが全力で顔をそむける。
その耳が真っ赤だ。
「聞いてないぞ!」
「なんて言わなきゃならないんだ」
ぷーとオラクルが頬を膨らませる。普段なら可愛らしいその仕草も今は憎らしい。
「パールスー!」
「…なんだ」
渋々といった体でパルスがオラトリオの方を向く。その頬が紅い。
 「お前ら、付き合ってるって」
「ねぇ、パルス?」
同じような顔が怒っていて笑っていてパルスがぐぅと言葉に詰まる。
「パルス」
オラクルの縋るような顔にパルスの頬はさらに紅まる。
「…パルス」
オラトリオの低い声。パルスは覚悟を決めたようにオラトリオを見た。
「あぁ、付き合ってる」
そう言ったパルスの頬は発熱しているように紅く。その目のように紅く。
オラトリオの肩ががくーんと落ちる。反対にオラクルはパァッと顔を綻ばせた。それはまるで花が咲くように。
 「嬉しいな、パルス」
ニコニコと微笑まれてはパルスも笑うしか後がない。沈みこんでしまったすぐ上の兄が気になるが今はそれどころではない。

「ねぇパルス、キスして」

オラクルの言葉にパルスは彫刻のように固まった。オラトリオがぐりんっとオラクルを振り向いた。
「オラクル!」
「何、オラトリオ。いいじゃないか、恋人同士なんだし」
恋人同士、の言葉にパルスの頬が紅く染まる。緩く結った黒髪の奥、白い頬が紅く染まっている。オラクルは子供のような無邪気さでパルスを誘った。
「ねぇ、パルス。いいだろう?」
 がたんっとパルスが席を立つ。ツカツカとオラクルに近づいてその頤を捉える。

チュッと音を立てて唇が触れ合った。

「これでいいだろうッ!」
「ウン、ありがとう、パルス」
やけっぱちになっているパルスをオラクルがギュウッと抱きしめる。それは愛しそうに愛しそうに。撃沈しているオラトリオなど無視して二人の世界は進んでいく。
 「愛してるよ、パルス」
「――…ッ」
真っ赤になって俯くパルスをオラクルは聖母のように天使のように優しく甘く抱きしめる。

「キスするのは、私だけにしておいてくれないか?」

「…判った」
オラトリオの小さな悪戯が呼んだ喜劇。残されたのは真っ赤な顔をしたパルスと、罪のない笑顔を浮かべたオラクル。撃沈したままのオラトリオ。

キスをするのは
あの人だけ
貴方だけ


《了》

やっちまった! ツインシグナル小説!
トリオ×パルスに見せかけて実はオラクル×パルスだったり
あっはっはっは〜    03/31/2007UP

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