仕組まれた仕掛けは
自然に、どこまでも自然に
42:わざとだ、絶対
ピンポンと軽いチャイムの音。扉を開けると良く似た従兄弟がいた。瞳と同じ茶髪。高い身長。自身とは違いどこまでも穏やかと言う言葉の似合う雰囲気を持つ。
「オラクル?」
パソコンは直ったはずだ。用などないだろうにと思うオラトリオにオラクルはいとも簡単に爆弾を落とした。
「パルスいるかい?」
にっこりと人の好い笑みを浮かべてオラクルは言う。そういえばこの二人は付き合っていると先日耳にしたばかりだった。
「…寝てるぜ」
授業があれば起きてくるだろうと踏んで起こしていない。そう言うとオラクルはあっさりと言い放った。
「起きるまで待つよ」
「へいへい」
にこにこと機嫌のいいオラクルを中へ通す。コーヒーメーカーのスイッチを入れる。こぽこぽと音を立ててコーヒーが出来ていく。
「お前らよく付き合う気になったな」
「私の一目ぼれだよ」
意外な言葉にオラトリオが目を瞬いた。上の姉と末弟と同じヴァイオレットの瞳。パルスだけは何故だか紅い瞳をして生まれてきた。
「お前の?」
「うん」
こっくんと頷く様子は優しげで儚げで。オラトリオがコーヒーを淹れるのを受け取ってオラクルは微笑んだ。
「おかしいかい?」
「おかしいつうかなんつうか…」
珍しい
物事に執着を見せないこの従兄弟が唯一執着を見せているのがパルスだとは。
フーフーと熱いコーヒーを冷ますようにオラクルが息を吹きかけている。その様子はどこまでも可愛らしく。愛らしい。
「あれで結構、可愛いところがあるんだよ」
にっこりと可愛く笑ってそういわれている張本人は夢の中だ。オラトリオは意外そうに目を瞬くのが精一杯だった。
「そうかぁ?」
「そうだよ、オラトリオは気付いてないだけ」
クスクスと微笑みながらオラクルはコーヒーをすすった。
「オラクル?!」
驚き一色の声にオラトリオは振り向きオラクルはにっこりと笑んだ。
「おはよう、パルス」
「起きたか」
「オラクル? どうして」
寝巻きのまま寝ぼけ眼のパルスが眼を瞬いている。兎のように紅い瞳。
「映画でも行こうかと思って。今日、授業ないって言ってたじゃないか」
「確かにないが…」
パルスは戸惑ったように頬を掻いた。オラトリオはパルスの朝食を作りながらオラクルを牽制する。
「なんだ。約束してたわけじゃねぇのかよ」
「でも付き合ってるもん。いいだろう、パルス?」
ぷーと頬を膨らませ、パルスには笑顔を向ける。パルスはぐぅと言葉に詰まった。
「ま、出かけるにしても飯食って行けや」
ほれ、とパルスの席に朝食を用意する。パルスは黙って席につくと食事を始めた。オラクルはそれを楽しそうに眺めている。
「…見ていて楽しいか?」
「楽しいよ」
フォークをぶすりと目玉焼きに突き刺してパルスが問うとオラクルはあっさりそう答えた。
オラクルの天然さ加減には誰もついて行けない。それはパルスも例外ではなかったようで。目玉焼きを片付ける顔が不思議そうだ。もぐもぐと口を動かしながら気まずそうにオラトリオへ視線を向けた。
「皆は」
「とっくに出かけたぜ」
決まり文句のように答えが返る。
「ねぇパルス」
オラクルがテーブルに肘を突いて手を組み、可愛らしいポーズで声をかけた。
「…なんだ」
「私のこと、好きかい」
途端にパルスはゲホゲホと咳き込みオラトリオはガチャンと皿を割った。
「オラトリオ何しているの」
「そりゃお前だ!」
割ってしまった皿を片付けながらオラトリオが怒鳴り返す。パルスは真っ赤な顔で咳き込んでいる。オラクルが席を立ってその背をさする。
「大丈夫かい?」
「…オラクル!」
ようやく咳の収まったパルスが非難がましい目でオラクルを見る。オラクルはその視線を当たり前のように受け止めた。オラトリオとよく似た、それでいてどこまでも穏やかという言葉の中にある顔が不思議そうにパルスを見つめていた。
「なに?」
「――…ッ」
途端にパルスは何も言えなくなる。
「チケットも取ったんだよ? 観たいって言ってただろう?」
ピッとオラクルが二枚のチケットをパルスの眼前に指し示す。それは今巷で話題になっている映画だった。
「オラクル…オメーどこからそんなもん」
「え? 編集のクオータからだけど」
さらりと言った名前にオラトリオの顔が歪む。
「おめーなぁ…!」
「出所は問題じゃないよ。問題はその目的地」
ヒラヒラとチケットを揺らしながらオラクルは天然でそう云ってのけた。
「ねぇパルス、見たいって言ってたじゃないか」
ニコニコと笑う笑顔に罪の意識は欠片もなく。確かに言った。見たいといった。けれど。
「オラクル、けど」
「パルス」
その頬にオラクルの唇が乗せられる。触れるその柔らかさにどきりとする。
「観たいって言ってたろう」
「…あぁ」
ついにパルスが根負けして頷いた。オラクルは鬼の首でも取ったかのように喜び勇んでいた。穏やかな、けれど油断のならない笑顔で。
「じゃあ、行こうよ。チケットもあるんだし」
「判った…」
朝食を片付けたパルスが席を立つ。オラクルがその背を手を振って見送った。恐らく出かける準備をするのだろう弟をオラトリオは合掌して見送った。
「ねぇオラトリオ」
純粋無垢な従兄弟には珍しく自嘲を含んだ口調にオラトリオは目を瞬いた。
「ズルイかな」
「…いいんじゃねぇの。付き合ってんだろ?」
仕組まれたそれはあくまでも
自然に
「…そうだね」
オラクルが笑う。どこか儚げなそれにオラトリオは不安を覚える。
「もっと自信持てよ。アイツは誰にでもなびく奴じゃねぇんだし」
「まさかオラトリオに慰められるとはね」
くすくすと笑いながらオラクルの笑顔は生き生きとしたものに変わっていく。
それに、安堵する
「どういう意味だそれ」
「あはは」
聞かなかったふりをしてオラクルが笑った。オラトリオもそれ以上意味を求めずため息をついた。そこに出かける支度をしたパルスが顔を出した。
「オラクル」
「パルス、出かけられる?」
「あぁ」
オラクルがコーヒーを一気に飲み下して席を立つ。オラトリオに向かって挑むような笑顔を見せて。
「じゃあ、パルス借りていくから」
「好きなだけ使って来い」
「オラトリオ!」
オラトリオの言葉にパルスが噛み付くがすぐにオラクルになだめられる。
「ほら、行こう」
パルスのその背を押して家を出る。
仕組まれたそれはあくまでも自然に
どこまでもどこまでも
わざと?
だからどうだっていうのさ
オラクルは心中で笑った。
《了》