此処が今、俺のあるべきところ


   41:在るべきところ

 「藤堂さん」
「ねぇ、藤堂さん」
「藤堂さぁん」
子犬のようにまとわりついてくる朝比奈を藤堂は無情にもべりっと引き剥がした。
「藤堂さん!」
「朝比奈…」
非難の声を上げる朝比奈を無視してソファへ腰を下ろす。その隣のソファへすかさず朝比奈が座る。眼鏡の奥の目がキラキラと宝石のように煌めいている。
 ザッと音がして影が落ちる。小柄だが圧倒的な存在感。藤堂が目を上げるとゼロがそこにいた。
「調子はどうだ」
「なかなかだ」
ゼロの声は少年のようなそれでいて老獪な老人のような奇妙な響きを持っていた。
「それは結構なことだ」
黒いその仮面の下、どんな顔をしているのだろうか。少年なのか、老人なのか、大人なのか。小柄な身長から察するには子供だ。だが戦略といい作戦といい判断力といい、それは子供と評するにはあまりにも複雑で。簡単には判断の下せない。
 「ゼロ」
藤堂が言葉を紡ぐ。ゼロはそれを黙って聞いていた。

「何故俺を助けた」

「必要だったからだ! それ以外に理由が欲しいか? 藤堂よ」
哂うように宣言するようにゼロははっきりと言い放つ。
「厳島の奇跡の責任だ、藤堂」
牢獄から助け出されたときもそういわれた。責任を取れと。奇跡の責任を。
「俺は助けになっているのか、ゼロ」
「今のところは役に立っているさ」
仮面の下でゼロが哂ったような気がした。老獪な、老人のように。
 「役立たなければ捨てるだけか」
「そうだな」
吐き捨てるようにいった言葉にすらゼロは律儀に返事をする。きっとそうなのだろう。
役立たなければ捨てられる。そう言った世界で生きている。今も過去もそしてこれからも。
「あぁ、そうだ」
藤堂は呟いた。そんな世界で生きてきたのだ、それは当たり前に転がっている石ころのように。必要だから生かす。邪魔だから殺す。そんな駆け引きの中で。
 ゼロはそれを判っていて。誰よりも何よりも理解して、いて。
自分はそのために生かされたのだと。
「不必要となれば俺を殺すか、ゼロ」
凛とした瞳。鳶色の。誰もがそれに魅入られるという。どこまでも真っ直ぐな。その瞳。
茶褐色の髪。浅黒い皮膚。他者を寄せ付けない凛とした雰囲気。それはどこまでも清冽に。
 「そんなこと、させませんよ」
割り込んできたのは朝比奈の言葉。眼鏡の奥の目が危険に煌めいていた。
「藤堂さんを殺すなんて」

「オレ達四聖剣が決してさせませんよ」

「だいぶ慕われているようだな、藤堂」
「あぁ」
クッと笑ってそういうとゼロも笑んだような気配がした。仮面の、その下で。
バサリとマントを翻してゼロが去っていく。その後ろ姿を見つめながら彼の年齢を推し量る。それは無意味だと知りながら。純粋に知りたかった。彼は一体いくつなのだろう。
 「藤堂さん!」
朝比奈が身を乗り出して迫ってくる。
「なんだ」
「あんなこと、言わないでくださいよ!」
「あんな、こと?」
目を瞬く藤堂に朝比奈はハァッと深いため息をついた。眼鏡をつんと中指で持ち上げて朝比奈は責めるように言った。
「捨てる、なんて。オレ達は藤堂さんが必要なんですから」
「だが、事実だ」
「えぇそうでしょうとも。でも」

「事実でも嘘でも捨てるなんて、言わないでください」

オレ達四聖剣はどうなるんですと朝比奈は嘯いた。
「オレ達には少なくとも、貴方は必要なんですから」

あぁ
俺の居場所は
此処にある

藤堂の顔が笑んだ。
 吊り上がった目尻がわずかだが下がり、他者を寄せ付けない雰囲気が薄まる。
「藤堂さん」
朝比奈が腰を浮かした。そのまま抱きついてくるのをされるがままになっている。
ギュウッと抱きしめてくる朝比奈の体。温かな、温もり。
「必要なんです、オレ達には」

あぁ
なんて切ない
愛しい

朝比奈は抱きしめる腕に力を込めた。そうでないとこの体は消えていってしまいそうで。
筋肉質で引き締まった体は細く。無駄な肉など一片もない。けれど消えていってしまいそうな不安。捕まったときですら。拘束服を着ていたときですら。消えていってしまいそうで。
抱きしめていたかった。

 「オレの居場所は、藤堂さんがいるところなんですから。いなくなっちゃ」

朝比奈の言葉を藤堂は黙って聞いている。

「駄目ですよ」

ギュウッと抱きしめる。この体が消えてしまいませんようにと。神に祈るように。

あぁ、
俺の居場所は
此処に、ある

「判った」
抱きついてくる朝比奈の体を抱きしめ返す。小柄な体はいまだ少年のようなしなやかさを持っていた。軍服の上から背骨をなぞるように抱きしめる。真っ直ぐ頚骨へと続く背骨。
 「好きです、藤堂さん」

「だから」

「死なないでください」

祈りにも似た言葉が。空気の中へ融けていく。藤堂はそれを黙って受け止めた。
「あぁ、死なない」

『足掻け藤堂! みっともなく足掻いて足掻いてそして死んでゆけ!』

ゼロの声が頭の中で響いた。

俺の居場所は、ここにある。


《了》

なんだか不完全燃焼…    03/25/2007UP

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