それはきっと見掛けとかそんな軽いものではなく
39:類は友を呼ぶ
「ルルー」
間延びした声。ルルーシュはため息をついて目の前の紙面から目線を上げた。
「ルル!」
思慮に耽るときに来ていた場所がいつの間にか二人の逢瀬の場所になっていた。
木漏れ日の中小冊子を広げていたルルーシュを見つけたマオの顔が喜びに溢れる。
「何か用か」
冷たく突き放して言うとマオはルルーシュのすぐそばに腰を下ろした。
「特にないけどさ。ねぇ遊ぼうよ」
小冊子に目線を戻してしまったルルーシュを責めるようにマオが言う。
「面白い? それ」
マオはヘッドフォンをしたままだ。その中ではマオの愛しいシーツーの声が溢れているはずで。特徴的なサングラスをひょいとずらしてマオがルルーシュの手元を覗き込んだ。
「お前と話しているよりはな」
「ひっどーい」
ぷーとマオが膨れる。その仕草はまるで無邪気な子供そのもので。愛らしい。
「ねぇねぇ、ナナリーからさぁ折鶴の折り方教えてもらったんだよ」
「ナナリーと会ったのか?」
責めるような声色にマオが肩をすくめた。
「うん、駄目だった?」
「いや…でも、あまり会うな」
「そう? ルルがそう言うならそうするよ」
ルルーシュが目線を書面に戻す。けれど同じ行を読んでいることに気付いてため息をついた。集中できない。マオは隣で大人しく座っているだけだ。
サングラスを外して素顔をさらしている。鼻歌まじりにサングラスをくるくると回して一人遊びをしている。紅く揺らめく瞳。そこには己と同じギアスの紋様が浮かび上がっている。潤んだように水面のように、マオの目は揺らめいている。
「ルルー」
「なんだ」
ルルーシュは書面から目も上げない。
「つまんないよぉ」
ルルーシュはため息をつくと鞄からごそごそと一冊の小冊子を取り出した。それをマオに押し付ける。マオは素直に素直にそれを受け取ってぺらぺらとページをめくっている。
「それでも読んでろ」
「えぇー!」
途端に不満げなマオの声が上がる。それでもマオは必死にその小冊子と格闘していた。
しばらく静寂がその場に満ちた。また同じ行を読んでいる。マオが隣に居るだけでこんなにも集中できないとは。マオの方をチラリと見れば難しい顔をして小冊子を見つめている。
「マオ、面白いか」
「つまんないよ!」
マオが堪えきれなくなったのか小冊子を投げ出した。マオの目がルルーシュの目を射抜いた。艶やかな漆黒の髪の奥、紫苑色の零れそうに大きな瞳を。紅く揺らめく、瞳。
「ルルだってつまんないくせに。なんで読むの? 遊ぼうよ」
読心の能力を持つマオの前に隠し事は不可能だ。あっさり見抜かれてルルーシュは肩の力が抜けた。
「仕方ないな」
ぱたりと小冊子と閉じて脇に置くとマオと向き合う。マオの容貌は猫を思い出させる。青灰色の髪。細い三白眼。長い手足と細い長身。長い手足は子供のように常にバタバタと動いている。首までガッチリと固められたチャイナドレスのように裾の長く深いスリットの入った服。薄い水色をしたその裾は長くマオが動くたびにドレスのように翅のように翻った。
「ルル」
マオの体が伸び上がってルルーシュに口付けた。男の体で数えるほどしかない柔らかな場所。マオの肌は白い。子供のように紅い唇がゆっくりと離れていく。
「マオ」
フッとルルーシュは笑んだ。聖母のように天使のように甘く甘く。
「お前もたまには気の利いたことをするじゃないか」
「たまには余計だよ」
ルルーシュの言葉にマオは膨れながらもケラケラと笑った。
「ルル、嬉しかったんでしょ? ねぇ、ルル?」
「あぁ」
こうして触れ合うことが。世界を確かめるように殺伐とした大地を潤すように。
ルルーシュの密かな助けになっていることをマオは知らない。
手を伸ばして体を傾ける。唇を触れ合わせる。それだけで。たった、それだけで。
この世のすべてが上手くいくような、そんな幻想を思わせた。
ルルーシュの手が伸びてマオの頬に触れる。もう青年といっていいほどの年齢なのにマオの体温は高く、その頬は暖かかった。子供体温。頬に添えた手をちょっと動かして。
キスした。
角度を変えて舌を絡めて唾液を混じり合わせて。深く深く深く。
「ルルのエッチ」
互いの舌先を銀糸がつないだ。絡めた舌は熱く、軟体動物のように蠢いていた。
「エッチで結構だ」
もっと先へ。行きたい体を必死に押しとどめる。無茶は禁物。獲物はじっくりと味わうように。手をかけて手間をかけて。最後の最後まで我慢して。
「マオ、愛しているぞ」
甘いお菓子のように優しくルルーシュは言葉を紡いだ。マオの頬が赤く染まる。
マオの手が自らヘッドフォンを外す。そこからシーツーの声が漏れ聞こえた。
「スイッチを切れ」
「ルル、嫉妬?」
クスリと笑ったマオが再度口付けた。触れ合うだけの軽く甘いキス。それはお菓子のように甘く優しく。
「ねぇもう一度言ってよ」
「もう一度愛してるって言ってよ」
「マオ」
ルルーシュが困った顔を見せるとマオは余計にもう一度とせがんだ。
マオの体は正直だ。全身で思いを表現している。紅い目を期待に揺らめかせてマオはルルーシュの言葉を待っている。甘く甘いお菓子のように優しい言葉を。
「マオ、愛している」
「くふふふ」
肩を震わせてマオが笑った。猫のように体を寄せてくる。
「マオ」
「ボクも。僕もルルのこと愛してるよ」
それはひどく甘く。ルルーシュの中で響いた。何度も何度も。甘く優しく。
甘ったるいけれどそれは確かに嬉しく。ルルーシュは満足げに笑んだ。
母親のように優しい、笑みで。
「それは、良かった」
「うん、そうだね」
ルルーシュの太股の上にマオが頭を乗せる。
「マオ?!」
「ルルの膝枕ー、いーじゃんたまには」
マオの髪が風になぶられてサラサラと流れる。しがみついたマオは引き剥がすのは手間になりそうでルルーシュは放っておいた。その耳をくすぐる。
「くすぐったいよ、ルル」
身をよじるマオにルルーシュは平然と言ってのけた。
「だったらどけばいいだろう?」
「やーだよー」
マオがルルーシュの太股にしがみつく。猫のように身を寄せて。愛しい。
あぁなんて愛しい
「ボクとルルって似てると思うな」
「どこがだ」
反射的に返した言葉にマオはうーんと唸った。
それはそう、見掛けとか趣味とか嗜好とかそう言ったものではなく
中身が。その根本が。
「似てるよ」
「そうか?」
純粋にそう問いただすルルーシュがひどく愛しい。
「ルル、ボクのこと愛してるでしょ?」
「あぁ」
恥ずかしげもなくルルーシュは言ってのけた。どちらにしろこの能力者の前で隠し事など無意味なのだ。
「ボクもルルのこと愛してるよ」
「だから」
「似てるよ」
ルルーシュは声を上げて笑った。けらけらと。それはルルーシュには似合わない類のものだったけれど。マオは黙ってその笑い声を聞いていた。それはどこか、寂しげで泣いているようだったから。
「それは結構な話だな」
キスした。ルルーシュの笑い声を止めるために。
もうそんな風に泣かなくていいのだと。
「うん、そうだね」
離れる唇。ルルーシュの泣き声はもう、聞こえない。
愛しいルルーシュ
愛しいマオ
お前のためなら
なんだって
《了》