酒の所為?
それでも
真実の言葉
36:そういうことは早く言え
扉を開けた藤堂を迎えたのは潰れた四聖剣だった。
「あぁ、とうどぉさぁん」
へろへろと笑うのは四聖剣の一人、朝比奈だ。その顔が酒の所為か紅い。
残りの三人は既に酔いつぶれて正体もなく眠りこけている。
「一緒にどうれすかぁ? 日本酒ですよ? 珍しいでしょ?」
「お前達…」
藤堂の呆れた様子に気付くこともなく朝比奈はへろへろと笑っている。
それはいつだったか千葉が軽薄だと評した笑顔で。
「いい加減にしておけ」
朝比奈の手から酒瓶と猪口を奪う。
「あぁ、そんなぁ」
朝比奈が女性のように藤堂にしなだれかかる。
「藤堂さんも飲みましょうよぉ」
耳朶で囁かれてふぅっと吐息がかかる。ゾクリとする感覚に藤堂は思わず朝比奈をはねつけた。それでも朝比奈はめげずに藤堂にしがみついてくる。
「ねぇ、とうどぉさぁん」
鼻にかかったような声。丸い眼鏡の奥の目は酒の所為でとろんとしている。
とろとろと、とろけそうな、目。
それでいて、酒の所為かどこか据わったような目をしている。
「朝比奈、もういい加減に」
そこで藤堂の言葉は呑みこまれた。
触れ合う唇は酒の所為かほのかに温んでいた。温かな唇。
緑色を帯びた黒髪を目の上で切りそろえ襟足も切りそろえられている。丸い眼鏡のその奥、縦に目の上を走る傷痕が。酒の所為かそこだけ肉色に浮き上がって見えた。
「朝比奈!」
「怒らないでくださいよぉ、たまにはいいでしょ?」
だってオレはこんなに好きなのに
いつもいつもつれない態度
たまにはこうして壊れてみたく
なる
「とーどぉさぁん」
甘い声で朝比奈はしなだれかかりながら藤堂の名を呼んだ。
「オレ、藤堂さんのこと、大好きですよぉ」
その茶褐色の髪も。
浅黒い皮膚も。
凛とした鋭い眼光の鳶色の瞳も。
他者を寄せ付けない雰囲気も。
そのすべてを
愛していると
神に誓うように朝比奈は謳った。
「藤堂さん」
朝比奈の目が凛とした光を帯びる。
酒の酔いも消えたようなその力に、藤堂は惹きつけられた。
「好きです」
フッと藤堂が微笑んだ。
「俺もだ」
藤堂の言葉に朝比奈はだらしなく笑った。そのすべてがとろけてしまいそうなくらい。
「えへへへ、えへ」
「気持ち悪いぞ、朝比奈」
藤堂の固い体に抱きつきながら朝比奈は笑った。
筋肉質で無駄な肉などついていない、細い体。われた腹筋。真っ直ぐな背骨は頚骨へと綺麗な直線を描いていた。そこへコツコツと指を這わせながら朝比奈の目がとろんとする。
「好きです、藤堂さん」
その台詞を最後に朝比奈の目蓋が閉じられた。
「…俺もだ、朝比奈」
藤堂の返事を認識する前に朝比奈の意識は落ちた。
スゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。
「…全く」
藤堂は部屋の惨状を見つめる。
酔いつぶれてしまった四聖剣。空になって転がっている酒瓶は片手では足りないほどの数だ。
ため息をついて、朝比奈を引き剥がすとその場を片付け始める。
酒瓶をまとめ、猪口をまとめてテーブルの端へ寄せる。
一人一人の肩を抱き上げ抱えて部屋へ運んでやる。
最後の一人朝比奈を抱えあげると朝比奈がかすかに呻いた。
「とーどぉさぁん…」
「なんだ」
酔っ払いの戯言だと笑い飛ばしてしまえばいものを藤堂は真面目に聞いた。
「大好きです」
「…そう、か」
「愛してます」
愛していると恐れもなく言うこの部下が
可愛らしいと想うのは罪だろうか
藤堂の顔が知らずに笑んでいた。
「そうか、俺もだ」
「へへ…嬉しいです」
うっすら開いた瞳は酒の所為でとろけていて。潤んでいた。
翌日。朝比奈が恐る恐る藤堂に問うた。
「あの、藤堂さん」
「なんだ」
「昨日のことなんですけど」
「あぁ、四人で酔いつぶれていたな」
ぐさりと突き刺さる言葉にめげず朝比奈は言葉を紡いだ。
「オレ、何か言いました?」
「なんか嬉しいことがあったのは覚えてるんですけど…って、藤堂さん!」
その場を立ち去ろうとする藤堂にしがみついて朝比奈が止める。
「すいません、ホントすいません、だから、教えてくれませんか?」
「オレ、何言いました?」
藤堂の鋭い目がしばらく朝比奈を睨むように見つめる。
『愛してます』
その言葉に嘘はないと信じて
「…覚えてないなら、構わない」
「えぇえぇ?! そんな、気になるじゃないですかぁ!」
藤堂はつれなくフイと顔を背ける。そこに朝比奈が泣きついた。
「藤堂さぁん!」
「何か嬉しいことがあったのは覚えてるんですよ! ただ、何が嬉しかったのかが判らなくって…!」
「だから、覚えてないならそれでいいと言っただろう」
酒に酔って覚えてない?
そんなこと
そんな言い訳
だったら真面目に返事などするんじゃなかった
「藤堂さん、怒ってません?」
朝比奈の鋭さに藤堂は舌を巻いた。確かに怒っていた。
酒の所為ですべてを忘却のかなたへやってしまった朝比奈を。
「…怒ってない」
「うっそ、怒ってますって! 本当にすいません! だから、教えてくださいよぉ!」
浅黒い皮膚がかすかに赤味を帯びている。
藤堂を照れさせる何かがあったのだと朝比奈は直感した。
「ねぇ、何があったんですか?」
「忘れているならいい」
藤堂はそっけない。そのくせ照れているのかその頬が紅い。
「藤堂さん」
「愛してます」
どくん、と藤堂の心臓が脈打ったような気がした。
「だから」
「何があったか教えてくださいよ!」
酒の所為で記憶が飛んじゃって、と朝比奈が縋りつく。それを無慈悲に引き剥がして藤堂は言った。
「だから、覚えてないなら良いと言っただろう」
「あぁあぁ気になる! ねぇ、本当に教えてくださいよ!」
朝比奈が往生際悪く縋りつく。
もう二度といえない
あんな、言葉
『愛してる』
忘れるならさっさと、そう言え!
「藤堂さぁん!」
最早泣き声になっている朝比奈を引き剥がして藤堂は部屋を出た。
「…言えるものか」
『愛してる』
なんて
酒に酔った勢いで言った言葉に返した言葉は本気だった。
扉の向こうで朝比奈が泣きついている。
藤堂は赤らんだ頬を誤魔化すように肩で風を切って歩き出す。
もう二度と言わんからな!
『愛してる』なんて
もう二度と
《了》