手に負えない?
それでも
好きだって言う、事実
35:それもまた事実
「ルルー」
マオの声が響き渡る。どこか気の抜けたような飄々とした声。
二人だけが知る秘密の場所へ足を向けると果たせるかなそこにルルーシュはいた。
「ルル!」
喜んだ声にルルーシュがマオの方を向いた。
「マオ?!」
「探したんだよ、ルル」
「俺をか? 一体何の…」
喜色満面のマオが子供のように無邪気に手に持っていたものを目線まで持ち上げて見せた。
それは四葉のクローバー
「…良かったな」
「ナナリーにはもう見せたんだよ? 後はルルに見せようと――って」
マオの目が紅く煌めいた。
しまったと思った頃には既に手遅れで。
「ルル! 今面倒だなって思った!」
「…思ってない」
「ウソツキ! くだらない事だって思ったじゃないか!」
こうなるともう手が付けられない。ルルーシュはただ黙ってマオの言いなりになるだけだ。
「そう言う風にすぐ諦めるのはルルらしくないけど」
マオが唇を尖らせる。
ルルーシュの目がマオの目を射抜いた。ルル−シュはマオと違いギアスの能力を発動するときにのみ瞳が紅く煌めく。普段は静かな紫苑色の瞳をしていた。
手を伸ばして頬を膨らませて拗ねたマオの髪を梳く。薄く淡い青灰色の髪。
紅く揺らめく瞳は蠱惑的だ。
「拗ねるな。…良かっただろう、四葉のクローバーが見つかって」
「…うん。幸運を運んでくれるんだってさ」
ルルーシュに髪を撫でられているうちに機嫌が直ったのか、マオは素直にそう言って笑んだ。
「ねぇルル」
「なんだ?」
「ルルはどうしてボクの事が好きなのさ」
ブゥッとルルーシュが吹いた。
ゲホゲホと激しく咳き込んでいる。その背をマオがさすってやる。
「大丈夫? ルル」
「…ッ、お前、な…!」
咳き込んで涙目になったルルーシュがマオを睨みつける。マオがビクッと肩を震わせて一歩退く。恐る恐るマオがルルーシュに訊いた。
「変なこと訊いた?」
「当たり前だ…!」
ルルーシュはふうッと大きく息をついて呼吸を整える。
「ねぇルル」
「今度はなんだ、マオ」
「だーからー、なんでルルはボクのこと好きなの? なんで?」
子供のように純粋に無垢に、マオは訊いた。その目は逃さないと煌めきながら言っている。
「ねぇ、なんで?」
愛しいマオ
その理由なんて
りゆう、なんて
「…お前に関係ない」
プイとそっぽを向いたルルーシュの頬は紅く。
「えぇー」
マオは駄々っ子のように抗議の声を上げた。
可愛いマオ
愛しいマオ
その仕草や行動や言動やそのすべてが
世界と引き換えにしてもいいくらい、愛しい
ただそれだけの事実
「ルルって結構、ボクのこと想ってくれてるんだね」
満足げににやあと笑うマオにルルーシュはフンとそっぽを向いたままだ。
読心の能力を持つマオの前で隠し事は無意味だ。
心で想うだけで読み取られてしまうのだから。
「ありがと、ルル」
マオがヘッドフォンを外す。そこからはマオが愛してやまないシーツーの声が流れているはずだった。
「ボクもルルのこと、好きだよ」
あぁ、その言葉だけで
世界が軋んだような気がした
好きな人がいて好きな人が好いてくれていて
それ以上の幸せなんてあるだろうか?
「そうか」
「もうちょっと喜んでよー」
マオがつまらなさそうに言った。その様子があまりにも可愛らしくて、ルルーシュは思わず笑んだ。母親のように天使のように、慈愛の笑みで。
マオの手の中で少ししおれた四葉のクローバー。
幸運を運ぶというジンクス。
それはこのことかもしれないとルルーシュはふっと想った。
愛しいマオが
己を好きだといってくれる
これ以上の幸せが、一体どこに?
ただそれだけの事実が、泣き出したくなるほど嬉しい
「コップにでも生けておけ。しおれてるぞ」
「あ、ホントだ」
マオは素直に手の中でしおれた四葉を見つめた。
「ナナリーはすごく喜んでくれたよ? ルルは嬉しくないの?」
「嬉しい」
ルルーシュの顔にゆっくりと微笑が広がる。
聖母のような神々しさで、その顔は美しく。
マオは純粋にその笑顔に見惚れた。
「ルル、今の顔、すっごく綺麗」
「冗談を言うな」
マオの言葉にその微笑はサッと消えていつもの油断のならない表情になってしまう。
大きな紫苑色の瞳。それは零れそうなほど大きく潤んでいた。
「ルル、好きだよ」
ルルーシュの発展途上の体にマオは抱きついて言った。
細く、骨格が良く判る体。背中へ手を伸ばせば肩甲骨がコツコツと触れる。
伸びやかな手足はマオよりまだ、幾分小さい。
その足りない分を若さというものが補っていた。
「好きだよ」
「…俺もだ」
君が好き
ただ、それだけの事実
《了》