ちょっとズレた貴方の
思考回路
32:どこをどうすればそうなるんだ
がっしと朝比奈が藤堂の腕を掴んで歩みを止めさせる。潜水艇、狭い廊下のど真ん中で。
朝比奈の眼鏡が明かりを反射して輝いた。その奥の目がきっと藤堂を見つめている。
「藤堂さん!」
「なんだ」
部下である四聖剣の一人である朝比奈からなんだか意味ありげに声をかけられて藤堂は歩みを止めた。一大決心をした顔だ。藤堂は真面目に聞いていた。
「好きです!」
「好きです藤堂さん!」
藤堂の耳に入った言葉は確かに明瞭で藤堂はその意味をじっくりと咀嚼した。
「朝比奈」
藤堂は至極真面目だった。
「お前も俺を超えたいのか?」
「はぃい?!」
一世一代の告白をした朝比奈の眼鏡がずり落ちる。
それでも残った理性が藤堂を逃がすまいと腕を掴み続けている。
「あの、それ、どういう意味ですか?」
純粋に朝比奈はそう訊いた。全然脈絡のない言葉を意味もなく吐く男でないことはよく知っている。それがここまで意味が通じてないのは初めてだ。天然にも程がある。
「いや、昔な――」
ズダンと音を立てて少年の体が畳に叩きつけられる。白い胴着の襟を乱しながらも少年の眼差しは目の前の男から離れない。碧色の大きな瞳。
「もう一本お願いします!」
すっくと痛みの名残を感じさせずに少年は立ち上がり願い出た。藤堂も何事のなかったかのようにそれを受ける。
日がくれる頃になってようやく稽古は終わりを告げる。
「あの」
胴着の紺袴の裾を少年が引く。
「どうした」
藤堂はおよそ子供に対する言葉遣いではなかったが、訊いた。少年は俯いたかと思うとその大きな目を潤ませて藤堂を見上げてきた。
「オレが貴方より強くなったら、オレと付き合ってください」
栗色の髪は毛先がクルクルとそっぽを向いている。大きな瞳は碧色でよく泣く。
稽古では何度も土をつけてきた相手だ。少年は真摯な瞳で藤堂を見つめていた。
フッと藤堂は優しく笑むとその髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「あぁ。強く、なったらな」
男としては目標があったほうがいいと思ったのだ。その問いの深い意味など考えもせずに藤堂は、そう返事をした。
「絶対ですよ!」
輝く瞳はキラキラと。まるで宝石のように輝いていた。
「――ということがあってな」
朝比奈はぽかんと口を開けたまま硬直した。この男は。
「――な」
朝比奈はあらん限りの声で叫んだ。
「何考えてんですかアンタはぁッ!」
藤堂は少し眉根を寄せて煩そうにした。
「声が大きい」
「声なんか問題にしてる場合じゃないでしょうがぁッ! アンタって人は!」
目上の人間に向かってアンタもないもんだと思ったが藤堂は黙って聞いていた。朝比奈のオーバーリアクションには良くも悪くも慣れてきた。
「それェッ! 絶対、ソイツ来ますって! 絶対オレが最初に告白しようと思ってたのに!」
「告白」
鸚鵡返しに呟く藤堂の方をギッと朝比奈が睨むように見た。眼鏡の奥の目が心なしか潤んでいるような気さえした。それは在りし日の少年のようで。
「だから、お前も同じなのかと」
俺を超えたら
付き合ってください
好きです
己より弱い男は興味がないといいたいのか。いやそもそも男の方に興味があってはいささか困るのではという思慮は朝比奈にはなかった。そもそも自分が男なのだから。
「オレは違います」
「そうか」
藤堂は飄々としたものだ。朝比奈のほうがその気づかなさに歯軋りしている。
「全くどこをどうしたらそんな結論になるんですか」
愚痴のように零した言葉を藤堂は聞き流した。朝比奈のほうも気にせず言葉を紡ぐ。
「藤堂さんのそう言うとこも好きですけどね、結構限度ってもんがあるでしょうに…」
この天然男
あちらこちらへ振り回したかと思えば過去に告白されたなどと爆弾発言を真顔でかます。
でも
好き
「藤堂さぁん」
気の抜けたような声に藤堂の眉が寄る。朝比奈は、ははっと笑っていった。
何度奪われたっていい
何度でも取り返してみせる
「オレ、やっぱり藤堂さんが好きです」
つ、と背伸びをして触れ合うだけのキスをする。
凛として他人を寄せ付けない藤堂の雰囲気がこのときばかりはちょっと崩れる。
「あさひ、な」
「藤堂さん」
在りし日の少年が成長して迎えに来る前に
オレが貰っちゃおう
早い者勝ちですよね?
「好きです」
茶褐色の髪も
浅黒い皮膚も
凛とした鳶色の瞳も
ちょっとズレた思考回路も
そのすべてが
愛しい
「好きです」
「言っていろ…」
その頬をわずかに紅くして藤堂が言い放つ。と同時に腕を振り解かれる。
「アァ待ってくださいよ、藤堂さん」
朝比奈は藤堂の後を子犬のように付いて回る。
いつもの光景。
《了》