ねぇ俺だけに言って欲しいって
贅沢ですか?
31:最高の殺し文句
伝説の英雄の周りには人が絶えない。誰もが興味を持ちそして魅入られる。そんな人を惹きつける何かが藤堂にはあった。そしてその隣をいつも占拠しているのは藤堂の部下である四聖剣の一人、朝比奈だ。丸い眼鏡の奥から藤堂を見つめている。その視線はなかなかよろしくない雰囲気を含んでもいたのだが藤堂自身が気付いていない。目の上を縦に走る傷痕。
朝比奈の視線は鋭く、時に藤堂に近づこうとする無鉄砲者を牽制していた。
がたりと席を立つ藤堂の後ろを朝比奈は当然のようについていく。
「朝比奈」
「はい?」
にっこりと微笑んで朝比奈が人好きのする笑みを浮かべる。いつだったか軽薄だといわれた笑顔を顔に貼り付けて。
「俺は一人になりたいんだが」
「駄目ですよ、一人になんてなったら」
狙われて、食べられちゃいますよ
朝比奈の言葉に藤堂は明らかに困惑していた。小首を傾げる様子がまた愛しい。
「俺のような男を前にして食われると言うことはないと思うんだが」
真っ正直で真っ直ぐで物事を真正面からしか見ない人。それゆえに生まれる隙をついてこようとしている輩は山ほどいるというのに気付いていないのだ、この人は。
天然
「例えばあの金髪のブリタニア人だとか」
「あぁ」
藤堂が思い出すような仕草をする。だが小首を傾げる様子は変わらない。
「確かにスキンシップ過多だと思うがな。…食うか? 俺を?」
それが狙っているというのに。スキンシップ過多だなんて片付けられては困る。
この天然男
「まぁそこが藤堂さんの可愛いとこなんですけどね」
「可愛いとか言うな、こんな親父に」
鋭く切り返されて朝比奈はあははと笑った。
「…まぁ、お前たちには心配もかけたしな」
フッと遠くを見るような目で藤堂が笑んだ。物憂げな顔。魅入られる。
朝比奈の体が動いた。藤堂の顎を捕らえ下を向かせる。不思議そうな顔をしている藤堂を尻目に唇を、重ねた。少し乾いたそこは発熱したように熱く、甘美な。
隙間から潜り込ませた舌が藤堂の歯列をなぞる。
「…ッは」
離れた舌先、繋がった銀糸がきらりと光を反射した。
「これでチャラですよ」
あは、と朝比奈が笑う。藤堂はあっけに取られたまま顔を赤らめた。
「馬鹿者が…」
「やだなぁ、キスくらいで」
楽しげに朝比奈は笑う。なんでもないことのような顔をして。笑う。
優しく、体中が軋むような、そんな。そんな顔をしないで。
「照れないでくださいよ」
もっともっと、いろいろなことをしたいのに。キスくらいで止まってなんか、いられない。
「まぁ…」
藤堂は照れながらも笑んだ。目元が紅い。ほのかな色香を感じて朝比奈は抱きつきたくなる衝動を必死に堪えた。
「お前たちがいればいい」
「…それって」
他の誰でもない。
お前たちが、いればいいと
この人は
「複数形で言わないでくださいよ」
ずるいなぁと朝比奈が笑った。それは世界が軋んでしまいそうな言葉だったから。
「ずるくないだろう」
藤堂のほうはいけしゃあしゃあと言ってのける。朝比奈はプゥと頬を膨らませた。
「ずるいですよ、俺は藤堂さんの事こんなに好いているのに」
藤堂の切れ長の目が見開かれていく。鳶色の目が瞬いた。
「朝比奈」
「ねぇ、藤堂さん」
四人一緒くたなんて許さない
俺だけを
見ていて?
「俺は――」
朝比奈の頭を藤堂の手がくしゃりとかき混ぜた。切りそろえられた毛先がぱらぱらと視界を動き回る。
「お前がいて助かっている」
あぁなんて
なんて甘い、言葉
朝比奈は目蓋を閉じた。そのまま藤堂の体に抱きつく。筋肉質で硬質だが意外と細い体だ。抱きついて初めて判った。こんな細い体で今まで戦ってきたのだと。
「朝比奈」
「嫌です」
朝比奈は先を制していった。猫のように体を擦りつけながら抱きつく。
その腕の中の細い体は拒絶もせず、ただされるがままになっている。
「…お前達には感謝している」
「だからー、複数形にしないでくださいってば」
膨れる朝比奈の様子に藤堂が微笑んだ。優しく甘い、笑み。
体中が軋んで壊れてしまいそうな。
それは甘い、言葉
甘く響いた
最高の殺し文句
《了》