だってそんな
そんな顔しないで
30:魔法の呪文
目の前に広がる光景にルルーシュのそれまでの思考はすべて吹っ飛んだ。
鮮やかに目に灼きつく黄緑色の長い髪。白い、拘束服にも似た服。低い背。楽しげに談笑しているその相手は。
――マオ
青灰色の髪。今は外されているヘッドフォン。肩を覆う布と首までガッチリと固められた服。細い体。細い腰。長い手足。
今はその長い手足がバタバタと動き回って楽しそうに。そう、楽しそうにシーツーと話している。シーツーもいつもの無表情ではなく薄く微笑んで。幼子に接するように優しく。
楽しげな、二人。
ルルーシュの眉がキュッと寄る。その目付きが険しくなった。紫苑の目が怒りに燃えた。
ツカツカと、足音高く二人に近づく。
マオ
マオ
マオ!
心の中で大きく叫ぶと気づいたようにマオが顔を上げた。次いでシーツーが顔を向ける。
「ルル?」
「どうした、ルルーシュ」
「お前に用はない、シーツー。俺が用があるのは」
がっとマオの腕を掴む。そのままずるずると引きずっていこうとする。マオが慌ててそれに反抗した。長身を生かしてその腕を振り解く。
「ルル?」
「俺が用があるのはお前だけだ」
怒りに燃えた目に睨みつけられてマオが怯えた声を出した。その迫力にマオが後退る。
「来い、マオ!」
鋭い声。マオがビクリと肩をすくめた。
「何、ルル? 怖いよ、怒鳴らないでよ」
「マオ!」
「待て、ルルーシュ」
「貴様は黙っていろッ!」
あまりの剣幕に怪訝そうなシーツーが間に入ろうとするがルルーシュがそれを許さない。
ルルーシュの目に滅びの刻印が浮かび上がる。
「ルルーシュ、私にギアスの力は効かないと言っただろう」
フンとルルーシュの怒りの矛先を鼻で笑い飛ばしてシーツーが気付いた。
「ルルーシュ、お前」
「それ以上言うな。言ったら相手がお前でも容赦はしない」
シーツーの口元が笑いに歪んだ。
「フン、せいぜい努力することだな…青少年」
そういい捨てるとシーツーはあっさりとマオを手放した。
「じゃあな、マオ」
「シーツー?!」
怒りに燃えるルルーシュと二人きりにされるのが純粋に恐ろしく、マオは抗議の声を上げたがシーツーは聞く耳持たずに去っていった。
「マオ」
びくんっとマオの肩が跳ね上がる。シーツーの去っていった方向から、ギギギと音がしそうな動きでマオが振り向く。怯えた表情にルルーシュがようやく自身の行き過ぎた剣幕に気付いた。ハァッと大きく息をついて目を閉じる。こめかみに指先を当て、ふぅと息をつく。
「マオ」
「なッなに? ルル」
ルルーシュの思考はただ怒り一色に染まっていて、原因が判らないマオは怯えたままだ。
「…すまん、少し頭に血が上っていたようだ…」
ルルーシュの思考にようやく静寂が帰ってくる。マオ、と心の中で名を呟く。
それを読み取ったマオがようやく怯えた表情を消した。
「それで何、ルル」
「お前とシーツーが話しているのが見えて」
それで
それで
それがあまりにも楽しそうだったから
それは自分が見たこともない顔だったから
つい
怒りが
怒りがが止められなくなって
「ふぅん」
マオが鼻を鳴らした。思考を読まれたのだと気付いても後の祭りだ、もう遅い。
「それってルル、嫉妬って言うんじゃないの」
ルルーシュの顔がサァッと紅くなる。
「し、嫉妬?! 俺が?!」
にやぁとマオが笑んだ。怯えていた頃の殊勝さはどこへやら、今は楽しげにルルーシュの顔を覗き込んでいる。真っ赤になったルルーシュをマオがニヤニヤと見つめている。
「ルル、嫉妬したんだ。シーツーと話してるボクを見て」
言われた言葉の正しさは身に余るほどよく判っていた。それだけに気恥ずかしさからルルーシュはプイと顔を背けた。
「可愛いね、ルル」
「それは…!」
お前だ、という言葉が喉の奥で摩滅する。
可愛いマオ
愛しいマオ
「それはお前だ…」
気恥ずかしさから真っ赤になったままだったが、ルルーシュははっきりとそう言い放った。
「ボク?」
マオはしぱしぱと目を瞬かせた。滅びの刻印の浮かび上がった瞳は紅く、水面のように揺らめいていた。
「あぁ。可愛いのはお前だ、マオ」
開き直ると気恥ずかしさはどこかへ吹っ飛んだ。堂々とそう言い放つルルーシュにマオのほうが赤面してしまう。
「愛しているぞ、マオ」
「ルル」
甘い甘い呪文
魔法の呪文のように
ルルーシュは繰り返した
「愛している、マオ」
その細い体を抱いて。いつもそう思っている。
食事をしているときも目覚めたときも眠るときも。
いつもそう、思っていると。
「ルルの馬鹿…」
真っ赤になったマオの言葉にルルーシュは笑んだ。
そうだ、それでいい。あんな女のことなど考えさせないほどに。
お前の中を俺で埋め尽くしてやる
「愛している、マオ」
甘い、甘い呪文
魔法の呪文
《了》