その奥には、
何が、あるんですか?
24:中身は何
『足掻け藤堂! みっともなく足掻いて足掻いてそして死んでゆけ!』
ゼロと呼ばれる男の声がこだました。その声はまだ少年のような老人のような奇妙な響きを持っていた。
死ぬ覚悟などとうに出来ていた。
そう、思っていたのに。
「藤堂さん!」
子犬のようにそう名を呼びながら駆けてくるのは四聖剣の一人、朝比奈だ。
「朝比奈」
そう名を呼んでやると顔が見る見る緩む。
「朝比奈?」
「あッ、いえ、なんでもないです」
名前を呼ばれるだけでこんなにも。体中が歓喜する。腕を脚も踵も体中すべてが揺れているようだった。
その髪だとか皮膚だとか目の色だとかそのすべてが愛しい。
凛とした雰囲気。切れ長の瞳は鳶色をしていて見るものを惹きつける。
伝説の英雄。
伝説の英雄は無防備な顔で朝比奈を見つめている。
――あぁ、そんな顔しないでくださいよ
――襲いたくなっちゃうでしょう
軍に捕まっていた名残のような拘束服。細い腰がよく判る。
「捕まってた間、どうでした?」
「どうもこうもない。ただ少し不自由はしたがな」
興味深げにそう問うても答えはそっけないものだ。けれどそれがこの人の常態だと知っているから朝比奈は気にも留めず言葉を紡いだ。
「軍の連中に変なことされませんでした?」
「されとらん」
さらりと流されて朝比奈は頬を膨らませた。
「なら、いいんですけど」
「何故、そんなことを訊く」
不思議そうな藤堂の顔に朝比奈は緩んだ顔のままにへらと笑った。
「だって、藤堂さん、色っぽいですもん。軍の連中に変なことされてないかずっと気がかりで」
「…な!」
朝比奈の言葉に藤堂の浅黒い皮膚が紅くなる。朝比奈がおよ? と目を瞬いた。
「もしかして藤堂さん、照れてます?」
「馬鹿者め…!」
叱責すら甘く。朝比奈がにやぁと笑った。
「藤堂さんはオレが生きてる理由なんですから、いなくなっちゃあ駄目ですよ」
「人を勝手に理由にするな」
「そんなこと言ってぇ」
ケラケラと朝比奈が笑う。丸い眼鏡の奥の目がじっと藤堂を見つめていた。
「死んだりしたら許しませんよ」
朝比奈の眼差しが藤堂を射抜いた。
「足掻いて足掻いて、生きてください」
『足掻け藤堂! みっともなく足掻いて足掻いて死んでゆけ!』
朝比奈の言葉がゼロの言葉と被った。
お前もまた俺に生きろというのか。
「軍に捕まったって、オレ達が助けに行きますから」
バチッと片目をつぶる朝比奈に藤堂はぐうの音も出ない。
「能天気な…」
「あーヒドイ」
ハァッとため息まじりに言った言葉を朝比奈は聞き逃さなかった。
「オレ、藤堂さんのこと、愛してますから」
その体の中を何度覗いてみたいと思っただろう
その体を何度拓いてみたいと思っただろう
その意識を何度かき乱してみたいと思っただろう
「冗談はほどほどにしておけ」
本気にしていない藤堂の言葉に朝比奈は唇を尖らせる。
「本気ですよ」
パチリと、音を立てて藤堂が首の辺りの止め具を外した。
覗く鎖骨にドキリと心臓が高鳴る。浅黒い皮膚。茶褐色の髪。切れ長の目は鳶色。
「拘束服というだけはあるな。息苦しい」
笑ってそう言う顔は悪戯をした後の子供のように無邪気な。
愛しい。愛しい笑顔。
「着替えます? オレ達と同じ服ですけど」
気軽にそう問うと藤堂はコクリと頷いた。
「あるのか」
「ありますよー、藤堂さんの分くらい」
四聖剣をなめないでくださいよと軽々しく言うとスマンと真面目な返事がした。
「やだなーもう。藤堂さんは真面目なんだから」
ケラケラと楽しそうに笑って言う朝比奈を藤堂は真面目な顔で見ている。
背中がざわざわとざわめいた。凛とした雰囲気に背筋が伸びる。
アァ、これに惚れんたんだ
眼鏡の奥の目がじっと藤堂を見つめる。
乾いた唇を湿すように舌先が覗いた。それはひどく紅く。目に灼きつくような。
「ハイ、どうぞ」
にっこり笑って朝比奈は藤堂に服を差し出した。藤堂はそれを驚きをもって見つめる。
「準備がいいな」
「誉めてもらえて嬉しいです」
藤堂の眼差しは鋭い。それは見る者すべてを射抜くような。まるで刃物のような。
あぁ、痛いな。藤堂の視線が朝比奈に突き刺さる。
「ありがとう」
にっこりと、藤堂は笑んだ。それはどこか艶然とした笑みで。どこまでも妖艶な。
魅入られる。
「いいえ、藤堂さんのためなら」
だから朝比奈は笑み返す。にっこりと、無邪気に無垢に。何も知らないような顔をして。
「すまんな」
藤堂は微笑している。その顔が好きだ。
吊り上がった眦がほんの少し、このときばかりは下がる。それが珍しくて。
朝比奈の目はじっと藤堂を見つめて動かない。
藤堂は服を受け取ると困ったように辺りを見回した。
「アァ、着替えならこっちにスペースが…」
気付いた朝比奈が藤堂の手を取る。藤堂は導かれるまま朝比奈についていく。何も知らない子供のように。素直に。
「ここなら、ほら」
拘束服だった藤堂はほっと息をついたように見えた。
「すまんな、朝比奈」
その言葉に、声に。体が震えるような気がした。
「いいえ、どういたしまして」
語尾にハートマークを付けて言うと藤堂が戸惑ったような仕草をした。そんな初心さ加減すら愛しくて。すべてぶち壊してみたくなる。どうなるだろうか。
その中身をすべて曝け出して?
朝比奈の奥底で何かが蠢いている。どろどろとした何かが。
それは愛情だとか慕情だとか言ったそう言った類の。
ねぇ藤堂さん。
貴方の奥には何があるんですか?
《了》