大切すぎるがゆえに
手が出せない、触れることすら危うく
20:大切すぎて
バッタリと、そうそれは唐突だった。
「辰伶」
「…螢惑か」
広い陰陽殿の中、偶然にも出会った。それはまるで運命のように。
「何をしている」
仕事はいいのかと言外に訊かれているのを無視して螢惑は言葉を紡いだ。
「散歩? 俺も散歩中」
「螢惑! 貴様人の話を」
「一緒にしようか」
辰伶の言葉を無視して螢惑が手を伸ばす。
その手を辰伶は反射的に振り払った。それを後悔する。
「辰伶」
そんな顔をするな。辰伶は自責の念と気恥ずかしさに押しつぶされそうだった。
傷ついたような顔をして。
「だ、誰が貴様などと! 大体仕事が――」
「むー。ケチ」
一瞬見えた傷ついたような顔は消えて、螢惑は子供のように頬を膨らませた。
安堵感。螢惑の傷ついた顔が消えて辰伶は何故だか安堵感を覚えた。
「いいじゃん、散歩。しようよ」
離したくないな
螢惑の素直な気持ち。気付きもしないこの熱血漢は。
けれどその熱血漢に惚れたのは紛れもなく俺。
螢惑の顔がフッと笑んだ。辰伶の眉がぴくんっと跳ねる。
「散歩くらいいいじゃん」
好きなんだよ
無理矢理押さえつけて抱いたっていいって言うのに
嫌われるのが怖くて。
こんなこと初めてなんだよ
「…仕方ないな」
辰伶が折れて螢惑は心中で喝采をあげた。
仕事一本の熱血漢をついに一時とはいえ手中に収めることが出来るのだ。
これほどの幸せがあろうか。
「ほら、行くのだろう」
先に発って歩き出す辰伶の頬がかすかに赤くなっていて。
螢惑の笑みは深まった。
可愛いね
愛しいな
ずっとずっと手元においておきたいな
誰の目にも触れないよう
誰の想いにも邪魔されないよう
ずっとずっと、俺だけのものでいて
ずっとずっと、俺だけを見ていて
「螢惑!」
名前を呼ぶその声が愛しい。
「うん、今行くよ」
カランと高下駄の音がした。
当然のように手を取ると辰伶が血相を変えた。
「螢惑?!」
「いいじゃん、二人で散歩してるんだから」
手ぐらいつないだって、バチは当たらないよね
「…馬鹿者」
耳まで真っ赤になって言う辰伶素養すに螢惑は顔が緩みっぱなしだ。
あぁなんて愛しいのだろう
「…俺も馬鹿だな」
辰伶の言葉に螢惑は目を瞬く。
会話の流れから言って辰伶が自身を卑下する言葉など出てこようとは思えなかったのに。
「お前が、好きかもしれない」
螢惑の三白眼が見る見る見開かれていく。金色の目がじっと辰伶を見つめて動かなくなる。
「聞き流せ、馬鹿者ッ!」
その反応に辰伶が慌てたように叫んだ。その頬が首まで真っ赤になっている。
「それ、本当?」
確かめる螢惑に辰伶はぷいとそっぽを向いた。
「仕事など大事なことはいつも聞き流しているくせに…!」
仕事の話なんかと一緒にしないでよ
こんな、大事なこと
「嬉しいな」
「馬鹿者が…」
カランと高下駄の音を立てて螢惑は辰伶に近づく。後ろからギュウッと辰伶を抱きしめた。
「本当に、嬉しいんだよ」
真っ赤になった辰伶は何も言わない。
こんなこと初めてなんだよ?
この俺が。
大切すぎて手が出せないなんて。
「大好きだよ、辰伶」
無理矢理抱かなくてよかったと、螢惑は心中でコッソリとそう思った。
《了》