さて、どうしようか
19:期限は5日
「ねぇゆんゆん」
声変わりもしていない高い少年の声。遊庵は顔を向けずにその先を促がす。
「俺、もうすぐ誕生日なんだよね」
「へぇ、じゃあ何が欲しいか考えとくんだな」
庵奈辺りが準備してくれるぜと嘯く。螢惑がじっと遊庵の顔を見つめる。
「ゆんゆんは? 俺のために何かくれないの?」
「俺からか?」
んーと遊庵が考え込む仕草をする。思わず浮き足立つ螢惑をよそに遊庵はさらりと言った。
「いいぜ、できる範囲内で、だけどな」
「うん!」
螢惑の声が明るく華やいだ。その変化の意図に気付かない遊庵の代わりに気付いたのはすぐ下の弟、庵曽新だった。
「馬鹿アニキ!」
「なんだと」
「庵曽新、邪魔しないでよ」
突っかかる物言いに遊庵が拳を握るがその前に螢惑が言葉を発した。
「邪魔?」
「螢惑お前な」
「ゆんゆんがいいって言ったもん」
三人の声が被る。遊庵の心に懸念が宿る。それを知ってか知らずか言質を取った螢惑は胸を張って喜んでいる。庵曽新はしまったとばかりに今にも舌打ちしそうだ。
「おいお前ら、何の話…」
「誕生日の話!」
庵曽新と螢惑が同時に声を発する。そんなところだけ息の合う様子にこの二人は案外仲がいいんじゃないかと遊庵は思った。
ふわり、と。
触れる感触。
それが口付けだと気付くのに少し時間がかかった。
「約束だからね」
螢惑の声が浮かれている。その異常な喜びように遊庵はなんだかとんでもないことをしてしまったかのような感じを覚えた。恐る恐る確かめる。
「俺の、出来る範囲内だぜ?」
「うん、できるよ。ゆんゆんの心しだいだもん」
遊庵の懸念を吹っ飛ばすかのように明るい螢惑の声。庵曽新が歯噛みする音がかすかに聞こえた。
「本当にか?」
「ウン、本当」
螢惑は素直に頷いている。一方の遊庵は庵曽新が何故そんなに歯噛みしているのかが判らない。この差はなんなのだ。螢惑は浮かれているが庵曽新は歯噛みして悔しがっている。
何があるんだ?
首を傾げる遊庵をよそに螢惑はスキップでも始めそうなくらい明るく浮かれていた。
「今年の誕生日、楽しみだな」
「…そうか」
遊庵の返事を聞くと螢惑はスッと立ち上がった。
「寝てこようっと」
ということは庵曽新の部屋へ行くのだろう。庵曽新はここに留まったままだ。
「なぁ庵曽新」
「この馬鹿アニキ!」
螢惑がいなくなった瞬間道場中に響く声で罵倒された。
「何なんださっきから?! お前は!」
いい加減いらついた遊庵の言葉に、さらにいらついている庵曽新の言葉が被る。
「螢惑が誕生日に何を頼むか気づかねぇのかよ!」
「当日まで俺が知るわけねぇだろ!」
それが当然だと思っている遊庵は自信たっぷりに言い切る。それを見て庵曽新はハァッと大きくため息をついた。
「俺、螢惑の奴がなに頼むか見当がつくぜ」
「なんだよ」
純粋な興味で言った言葉を遊庵は後悔した。
「アニキの体」
「…マジか」
ザーッと音を立てて血の気が引いていくような気がした。庵曽新はそんな遊庵の様子も無視してため息をついている。
「尻軽」
「そう言う問題か?!」
ボソッと呟かれた言葉に遊庵が反応した。
庵曽新の推測が正しければ螢惑の浮かれようも判るというものだ。
願って願ってやまなかった好きな人が誕生日に何でもくれるといわれたのだ。
ここぞとばかりに最高のもの、すなわち体を頼むのは当然といえば当然といえた。
「…どうすりゃいいんだ」
頭を抱える遊庵の様子に庵曽新は冷たく突き放した。
「アニキが軽率だからだぜ」
ぐうの音もでない。
「…どうする」
「しらねぇぜ、螢惑の奴、本気だからな」
庵曽新の言葉が追い討ちをかけた。遊庵は今度こそ本当に頭を抱えた。
「やっべぇ…!」
まさか男に生まれた自身が貞操の心配をする日がこようとは。
期限は後5日。
「どう誤魔化すか…」
「下手うつと悪化するだけだぜ」
庵曽新は冷たく助言した。
庵曽新の部屋ではすっかり浮かれた螢惑が夢の中を漂っていた。
「ゆんゆん…」
もうすぐ。後5日で欲してやまなかったものが手に入るのだ。
泣いても笑っても
期限は5日
さぁ、どうする?
《了》