目に灼けつく紅、色鮮やかに
15:鮮やかな色
気がつけばそこに紅はあった。燃える炎。熱と共に見える色はいつだって紅く。
己が出す炎の熱とその紅さに酔いしれた。
頬を撫でるように風が吹く。キツく結った三つ編みが肩の上を跳ね上がる。
遊庵に稽古を付けてもらってその名残の傷から気付けば出血していた。そう血の紅さ。
親父が送りつけてくる刺客を皆殺しにした。吹き上がる血はいつだって炎のそれとは違って紅かった。血を見なくなって久しいと今更ながらに気付く。前はいつだって送りつけられてくる刺客の血を見ていたというのに。
「どうした、螢惑」
「ゆんゆん」
腕に負った傷から声の方へと視線を向ける。
短い白髪。紅い長い目隠しがよく映えた。
あぁ、ここにも紅がある
「ゆんゆん」
「なんだ?」
手招きすると遊庵はその気配を感じ取ったのか、歩み寄ってくる。その腕を取って隣に座らせると体をもたれかけさせた。温かなぬくもり。幼い自分は知らなかったぬくもりを遊庵は教えてくれた。
「一体どうした?」
甘えるように体を寄せてくる螢惑の様子に遊庵は苦笑しながら訊いた。
野良猫のように強い警戒心。おかげで飯を食うのに六日もかかった。そんな螢惑が体を寄せてきている。
「あの小屋」
「小屋?」
遊庵の問いかけを無視して言葉を紡ぐ。
「あの小屋、まだある?」
二人で暮らしたボロい小屋。物置だといっていたそこは確かに雨風はしのげたがそれ以上でも以下でもなかった。寒空の頃、二人肌を寄せ合って眠った。
――ゆんゆんが初めてだったんだよ
あの温かさ。けして手放したくないと思わせた。
人肌の温かさに初めて気付いた。
「物置の、あれか?」
こっくんと頷くと遊庵がうーんと唸った。
「…ある、と思うぜ」
「そう」
螢惑の手が遊庵の服の裾から中へと滑り込む。それを好きにさせているのは遊庵の余裕か。
それが気に食わなくて螢惑は遊庵の服の留め具を外した。
「螢惑」
ようやっとでかけられた声に螢惑は手を止める。
褒美のように唇が重なった。
「…ゆんゆん」
「感傷に浸るにはまだ若いんじゃねぇの?」
からかうようにベーッと出された舌にある魂の文字。この文字の由来を問うた事はない。
「もう一回して」
遊庵の両頬に手を添えて体を思い切り伸ばす。
子供体温の螢惑の唇は火照ったように紅く遊庵を禁忌の中へと誘った。
紅い唇が、重なる。
深くなる口付けに答える螢惑。
遊庵の舌先が螢惑の口腔内で好き勝手に動き回る。
歯列をなぞられたかと思えば上顎をなぞられてゾクリとする。たまらない感覚。
「…ゆんゆん、もっと」
離れた舌先の銀糸が切れないうちに螢惑は次をねだった。
その手が乱した服の中へ滑り込むのを遊庵は見ないふりをした。
「もっとしたい」
螢惑の唇が遊庵の唇を奪う。まだこんな、声変わりもしてないような少年に。
忍び込んだ手が遊庵の胸の上を這う。飾りを探り当てた指先は執拗にそこをつねる。
腰へ響く刺激に遊庵は体を震わせた。
「…ッ、螢惑」
「ゆんゆん」
「俺、ゆんゆんが好きだよ」
「そりゃあ、どうも」
受け流す姿勢の遊庵に螢惑はふくれっ面をした。
「冗談じゃ、ないよ」
螢惑の金色の目が煌めいた。なびく髪と同じ色の瞳。
けれどそれを遊庵は知らない。永遠に見ることはかなわないのだから。
「ホントだよ」
噛み付くような激しい口付け。遊庵の息が上がるのが嬉しくて。
唇を話した隙間に覗く舌は紅かった。
紅がある
螢惑は目を瞬かせた。
ここにも、紅がある
「ゆんゆんのなかも紅いの?」
「バカ野郎…!」
歳に似合わぬ言葉に遊庵のほうが赤面した。それを見て螢惑はフッと微笑んだ。
「ゆんゆんも紅くなるんだ」
紅はこんなにも周りにあった。
ただ、己が気付いていないだけだったのかもしれないと。
「ゆんゆん」
ただ名前を呼んだ。許しを請うように。許可を求めるように。
温もりを――求めるように
「ゆんゆん」
「俺はいるぜ?」
「うん」
その首にギュウッと抱きつく。
「ゆんゆんはいなくなっちゃ嫌だな」
「いなくならねぇよ」
螢惑の指先に、紅い目隠しの裾が絡まる。
目に灼けつく紅、色鮮やかに
「うん、知ってる」
ゆんゆんはいなくならない。
けして――離したりはしない
螢惑は腕の中の温もりを確かめるかのようにギュウッと、再度腕に力を入れて遊庵を抱きしめた。
《了》