そうじゃなくちゃ、面白くないでしょ?
13:一つ、賭けをしようか
うなりを上げる拳。それを避けるまもなく直撃した。痛みに怯むまもなく次が来る。
それを必死に避けようと体をひねる。頬を掠める拳。拳を避けたとみるや、まもなく次の打撃が螢惑を襲う。蹴りを避け刃を向ける。それをあっさりかわされた上に、返す刀で蹴りが飛んでくる。その直撃に、たまらず螢惑の体が吹っ飛んだ。がぁんと音を立てて、壁にぶつかり、止まる。
稽古の中だ、それでも手加減されていると思うのにこの差は。
まだまだ、追いつけない。強くなれていない。目の前の男一人、いなせないのだ。
螢惑が血の混じったつばを吐く。
「まだまだ、だな」
遊庵の言葉には頷くしかない。螢惑は刃を持っているというのに一撃だって遊庵に当てられないのだから。
「まだ!」
螢惑の高下駄が地を蹴る。空を切る刃と襲い繰る蹴り。横っ腹に食いこむ足に螢惑は血を吐いた。吹っ飛ぶ体。それを止めようと地面に爪を立てる。
ギャギャギャと耳障りな音がした。
螢惑の肩が荒い呼吸に上下に揺れる。遊庵は息も乱していない。
「は、…はぁ」
「どうしたよ、螢惑。それだけかぁ?」
余裕の遊庵。螢惑はそれ以上攻撃のすべを持たなかった。
「…ねぇ、ゆんゆん」
血反吐を吐きながらも螢惑は笑っていった。
「賭け、しない?」
「賭け?」
明らかに劣勢の螢惑の言葉に遊庵の肩がピクリと動いた。長い目隠しの裾がひらんと宙を舞った。
「勝ったらご褒美頂戴」
「おーいいぜ? ただし、この俺に勝てればの話だけどなッ」
ガキッと拳をぶつける音が響く。遊庵は服装の乱れすら起こしていない。
「やっぱりなしは、なしだよ」
螢惑の言葉に遊庵は胸を張って言った。
「おーよ! おもしれぇじゃねぇか!」
「絶対だよ」
同時に螢惑の足が地を蹴った。ぶんッと空を切る刀。遊庵は余裕でそれを避ける。
返すえ刀で柄尻の刃が遊庵の顔を狙う。
「おっと!」
仰け反って避ける遊庵の体を刀が狙った。それを蹴りで牽制して遊庵は体勢を立て直す。
「絶対、一発入れてやるから」
螢惑の言葉に遊庵の脳裏を嫌な予感がよぎる。
「なぁ、螢惑…お前の望みって」
「ゆんゆんを抱くことに決まってるじゃん」
ブッと遊庵が吹いた。螢惑は平然と言い放ったままだ。
「なに、ゆんゆん。汚いね」
「おま…それ、マジか?」
思わず確かめる遊庵の不安は的中した。螢惑は自信満々に頷いていった。
「マジだよ。やっぱりなしは、なしだからね」
螢惑の刃が本気で遊庵を狙う。遊庵は本気でそれを避けざるを得なかった。
自身の貞操がかかっているのだ
思わず本気になる遊庵など知らぬげに螢惑は刀を振り回して遊庵を倒そうと目論んでいる。
気付いた螢惑の口元が笑みを浮かべる。
「ゆんゆん、本気になったね」
「なるわ!」
叫び返す遊庵の様子に螢惑は満足げに笑った。
「絶対、ゆんゆんのこと、抱くからね」
「抱かせるかよ!」
刀を振り回しながら螢惑が言い放ち、遊庵はそれを余裕の動きで避ける。
次の日から遊庵が螢惑の稽古のときだけ本気になったのは言うまでもなかった。
《了》