気を抜いたら伸びてくる手は
油断大敵だよ?
06:要注意人物
食事も終えて一息ついていた時間、それは起きた。
「ねぇ、ゆんゆん」
螢惑の言葉が唐突なのはいつものことだ。遊庵は受け流しながら何とはなしに聞き流していた。その言葉を言われるまで、は。
「俺を男にして」
その意味するところに気付いた遊庵がぶぅッと飲んでいた茶を吹いた。
五つ子が慌ててそれを避ける。
「け、螢惑…お前それどういう意味…」
恐る恐る確かめる遊庵の心情を知らぬげに螢惑はさらりと言ってのけた。
「だから俺が遊庵を抱いていいかってこと」
投下された爆弾が炸裂した。
その威力に身動きすら取れなくなる。五つ子や他の兄弟達は関わり合いになるまいと、そそくさとその場を後にしている。ただ一人、庵曽新を残して。
「アニキ」
庵樹里華がその場を後にする前に一言言った。
「頑張って」
「待て待て待て!」
その場を後にする兄弟達。迫り来る螢惑。
遊庵は圧し掛かってくる螢惑を必死に押し返していた。
「ねぇ駄目? ていうか駄目って言ってもする」
俺がしたいから、と理不尽な要求を突きつけてくる螢惑を遊庵から引き剥がしたのは庵曽新だった。引き剥がされた螢惑は不満げに庵曽新を睨みつける。
一筋差した光明に遊庵は縋りつきたくなった。
「嫌がってんじゃねぇかよ、やめろ」
「庵曽新には関係ないよ」
「いいや、あるぜ」
庵曽新はビシッと親指で自身を示して言った。
「アニキは俺ンだ!」
「ちょっと待て!」
思わず突っ込む遊庵をよそに二人は火花を散らしている。
「へぇいつから? いつから庵曽新のモノになったのさ」
「最初ッからに決まってんだろ、諦めろ」
フフンッと螢惑が庵曽新を鼻で笑った。
「最初っていつ? 俺は遊庵が見つけ出してくれたんだよ」
グッと言葉に詰まる庵曽新。だがここで止まっては男がすたるとばかりに庵曽新も負けずに言い返した。
「お前を見つける前から俺とアニキは仲良かったんだよ」
今度は螢惑が黙る番だった。むぅーとその頬を膨らませる。
「兄弟愛って言うんだよそれ。俺のは愛だもん」
「ちげぇ!俺だって…!」
「ふざけんなお前ら!」
間に割って入る叫び声を二人が睨みつける。
「なに、ゆんゆん」
「なんだよアニキ」
「俺は誰のものでもねぇ! お前らいい加減にしとけよコラ!」
ビシッと指差して叫ぶ遊庵に螢惑はこともなげに言った。
「人のこと指差したらいけないって言ったのゆんゆんだよ」
「今はそんなこと言ってるんじゃねぇ!」
だぁぁッと遊庵が身悶える。それを庵曽新と螢惑は黙って見ているだけだ。
「判った」
螢惑の言葉に庵曽新と遊庵の顔が向く。
「ゆんゆんに決めてもらおうよ」
その意味するところを悟った遊庵の顔が青ざめ、庵曽新はにやりと笑った。
「上等だぜ…!」
「ちょ、ま、待て…ッ!」
螢惑の金色の目が意味ありげに煌めいた。
「ゆんゆん、覚悟してね」
「ワリィな、アニキ」
ジリ…と三人が距離を取り合う。
「ま、マジか…やめとけって、な?」
冷や汗ダラダラの遊庵が必死に縋るように言葉を紡ぐ。だが庵曽新と螢惑はどこ吹く風だ。
「ゆんゆん、覚悟ッ!」
「いくぜ、アニキ!」
「や、止めろお前らー!」
遊庵の叫び声と二人が遊庵に飛びかかるのが同時だった。
「ゆんゆんて名器だと思うな、俺」
素っ裸の螢惑の言葉に、同じく素っ裸の庵曽新が唸りながら頷いた。
「そうだな…」
「てめぇら…」
服をむしりとられた上に体をむさぼられた遊庵は息も絶え絶えだ。
「すっごい、よかったよ、ゆんゆん」
手を取ってしみじみ言う螢惑の顔を張り飛ばしてやりたかったが遊庵にそんな力は残っていなかった。庵曽新までもがしみじみ頷いている。
「あれは嵌まるな…アニキだってなんだかんだって愉しんでたじゃねーか」
庵曽新がさらりと言ってのけた。
「お前ら後で覚えてろよ、マジで…」
瀕死の遊庵の言葉など、どこ吹く風と二人は情事の気怠さを満喫していた。
遊庵の中で庵曽新と螢惑が要注意人物のリストに挙がったことなど知るはずもなく
「ねぇまたやろうね」
「誰がやるか!」
螢惑の言葉に遊庵はあらん限りの力で怒鳴り返した。
《了》