後になって気付いた?
02:だから言ったのに
広い城を抜け出してうっそうとした森を散策する。魔竜王ガーヴの配下へと転化されてまだ日は浅い。その所為か魔族のしきたりにはまだ、どうも馴染めない。それでたまにこうして城を抜け出しては好き勝手している。ガーヴがそれを咎めないのをいいことに、行動半径は広がる一方だ。
「楽勝だな」
口笛すら吹きながらヴァルガーヴがそう嘯く。どこまでが我慢の範囲内なのか試している。それを知っているかのようにガーヴのほうも何も言わない。言葉の水面下での駆け引きは、まだ続いている。
頭に生えた角はヴァルガーヴが人外のものであると教えてくれる。
背中まで伸びたエメラルド色の長い髪をなびかせ歩く。豊かな髪は日の光を反射してキラキラと輝いた。蠱惑的な金色の目に宿るのは未熟な精神から生まれる無鉄砲さだ。
丈の短い上着とマント。白いズボンに足首を覆う布と靴。露な脇腹と両頬には二本線の傷痕が走っている。
足取りも軽く森を歩くうちに開けた場所に出る。泉の湧いたその場所は、ヴァルガーヴの隠れた憩いの場になっていた。泉の水を手ですくって口に含む。キンと染みるような冷たさは心地好くヴァルガーヴの体を冷やした。
「珍しいところで逢いますね」
気配の感じないところからの声にばっと身構えるとゼロスが立っていた。
肩で切りそろえられた紫の髪。にっこり笑った線目は紫苑色だと知っている。微笑んだ顔は彼の常態で油断がならない相手だということも。
「…ゼロス」
「そうですよ、僕の名前覚えてくれたんですね」
嬉しげに笑うゼロスの本心は窺い知れない。ガーヴからも忠告を受けていた。
ゼロスは一筋縄でいく相手ではない、と
フンと顔を逸らして歩き出すヴァルガーヴの後をゼロスが何故だか追ってくる。
「ヴァルガーヴさん、そっちは行かないほうが良いと僕は思いますよ?」
「お前に関係ねぇだろ」
ゼロスの言葉を無視してずかずかと歩を進める。その少し後ろをゼロスがついて来る。
「やっぱり戻りませんか? 行かないほうが良いと、僕は本当に思うんですけどねぇ」
ゼロスの杖がこつんと鳴った。ヴァルガーヴが歩を止めようかとした瞬間。
今まで歩いていた地面が抜けた
落下する感覚と縦に落ちる視界が落下を教えてくる。
ズボリと抜けた穴の縁に手をかけ体を跳ね上げる。地面に手をつき体を反転させようとした刹那。しゅるんと言う音と共に縄がヴァルガーヴの両手首を捕らえた。
力任せに切るまもなく縄に引っ張られ、哀れ体は宙吊りに。
「ね? だから言ったでしょう。コッチはこない方が良いって」
両手首を頭の上に捕らえられて身動きの取れなくなったヴァルガーヴを前に、ゼロスはいけしゃあしゃあとそう言った。
「さっき、人間がわなを仕掛けているのをこの目でしっかりと見たんですから」
「じゃあさっさとそう言えッ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐヴァルガーヴを前にゼロスは平然としたものだ。
「恐らく獣用に仕掛けたんでしょうねぇ」
その所為か縄はえらく丈夫だ。ヴァルガーヴはじたばたともがくことしか出来ない。
落とし穴と宙吊りのヴァルガーヴを交互に見てゼロスはさらりと言ってのけた。
「まさか魔族が引っかかるなんてねぇ、あははは」
「テメェ後でぶっ殺す! ぜってぇぶっ殺す!」
宙吊りのままヴァルガーヴがじたばたともがく。ゼロスはそれを楽しそうに見ているだけだ。ゆっくりと歩み寄ってくると、ぱちんと片目を閉じて言った。
「獣用の罠に引っかかるなんてヴァルガーヴさんもすごいですね」
「マジで殺す!」
自由な足が蹴りでも食らわそうかと元気良く動いている。そのギリギリ届かない場所でゼロスはにっこりと微笑んだ。
「それとも…罠に引っかかった獲物をいただいちゃいましょうかねぇ」
意味ありげに片目が開いて小首を傾げてみせる。その意味を悟ったヴァルガーヴの顔色が青くなる。つまりそれは。
「ま、待て」
ヴァルガーヴの両手は頭の上に固定されたままびくともしない。
「ねぇ、どうしましょうかね?」
開いた片目が意味深だ。ヴァルガーヴの背中を冷や汗が伝い落ちた。
「だから言ったでしょう、コッチは行かないほうが良いって。なのに来たんですもんねぇ」
だったら了承済みって事ですよねぇとゼロスの紫苑色の目が煌めいた。
「いただきます」
「わーーー! やめ、や…ッ!」
ゼロスの手はあっさりと腰紐を解き熱をもてあそび出した。
ヴァルガーヴの体が愛撫に応え、熱に急かされるままヴァルガーヴはゼロスの思うがままになった。
「大丈夫ですか?」
ゼロスが片手を空間に溶け込ませ出現させた黒い錐が縄を切断した。
ドサリと体が落ちるまま身動きも取れないヴァルガーヴを、ゼロスは可愛らしく膝を抱えて覗き込んだ。
「テメェな…」
ヴァルガーヴはこめかみに青筋を浮かべるがそれが限度だった。もてあそばれた体はいまだ熱の余韻でままならない。
「だから言ったでしょう。人の忠告は聞くものですよ」
いけしゃあしゃあと言い放つゼロスが人差し指をピッと立て、それをフリフリと振ってみせる。ヴァルガーヴのこめかみがピククッと痙攣した。
「ヤる必要はねぇだろうが…!」
「だって据え膳食わぬは男に非ずって言うじゃないですか」
ぶちりとヴァルガーヴの堪忍袋の緒が切れた。
「ぶっ殺す!」
ズドォンと凄まじい爆音をさせて光弾が炸裂した。
「やだなぁもう、そんな怒らないでくださいよ」
ゼロスの体は無傷で空中に出現する。ヴァルガーヴはさらに光弾を出現させた。
「愉しんだくせに、もう」
「失せろ、くそゼロスゥゥッ!!」
放つ光弾をゼロスはヒョイヒョイ避ける。
「だって最初に言ったじゃないですか、こっちはこない方が良いって」
炸裂する光弾をものともせずゼロスは言い放つ。
「それに、嫌だったら今みたいにして抜け出せばよかったじゃないですか」
言われてヴァルガーヴの動きがぴたりと止まる。そういえばそうだった。
頭に血が上ってそこまで考えが至らなかったらしい。
「人の忠告は聞くものですよ」
「テメェが言うなぁぁ!!」
ヴァルガーヴは再び光弾を出現させた。
凄まじいまでの森林破壊が行われたとか行われなかったとか。
《了》