人のものだけど唐突に始まる事だってありますよね?
01:こんな始まり方
シュン、と音をさせて姿を現す。上司から命じられた一言のままに此処にいる。
持っている杖をこつんと鳴らして辺りを見回す。目的の気配を探して近くに出現したつもりだったのだが少し的が外れていたのか見当たらない。
「おや」
感じる気配に声が出る。的外れだけは免れたようだ。
トンと地面を蹴って二人組みの目の前へと着地する。切り揃えられた紫の髪がさらんと揺れた。燃えるような紅い長髪の男はゼロスの出現にも、顔色一つ変えない。
「お久しぶりですね」
「会いてぇとは思わねぇがな」
ゼロスの軽口に男は余裕で返事をする。その後ろからひょこりと顔が覗いた。
頭に生えた角が目を引く。豊かなエメラルドの色をした髪が長くうねっている。ぱちくりした目は金色で魅入られる。脇腹と両頬に走るニ本線の傷痕。三白眼が珍しそうにゼロスを見ていた。
「魔族…?」
「ちっと黙ってろ、ヴァル」
名前はヴァルと言うらしい。魔竜王のかばうような仕草にゼロスの目が煌めいた。
「彼は?」
「ちょっとした拾いモンだ」
ガーヴの口元に笑みが浮かび言葉を濁す。その様子にゼロスは驚きすら覚えていた。
「部下を増やして戦力でも増強しますか」
「そんなんで拾ったんじゃねぇがな」
ゼロスの言葉をガーヴはゆるりと否定した。
「じゃあ、可愛い猫でも拾いましたか」
「そう思っとけ」
ゼロスは目を瞬いた。ガーヴにここまで執着させる存在があったとは。
魔族に反旗を翻し人間へと何度もの転生を繰り返した男だ。いわくありげな男が拾ったと公言してはばからない。それほどの何があるのだろうか。
「お名前は?」
にっこり笑って小首を傾げてみせる。ガーヴの後ろから興味深げにゼロスを見ていた彼が答えた。金色の目がキョロッと動いてゼロスを映し出す。
「ヴァル…ガーヴ」
慣れない名前を口にするようにおずおずと、だがしっかりとそう言った。
「ヴァルガーヴさん、ですか」
魔竜王ガーヴの名を冠す者。やはり新しく入った配下かとゼロスは息をついた。
それにしてもガーヴの名を受ける者を拾ったなどと公言するガーヴの底が知れない。
「お前は?」
子供のように無垢に訊かれてゼロスは思わず自身を指差して問い直した。
「僕、ですか?」
こっくんと頷く様子に知らず胸がときめいた。可愛らしい仕草をする人だ。
「ゼロスと申します。以後お見知りおきを、ヴァルガーヴさん」
まさか自身を知らない者がいるとは思わなかった。度重なる神に連なる者たちとの戦争で名をはせているというのに。ヴァルガーヴに興味が湧いた。
ガーヴの後ろからヴァルガーヴが出てくる。背丈はゼロスと同じ程度か。うねる髪は背中までのび、艶やかに日の光を反射した。蠱惑的な金色の目がゼロスを捕らえている。そう思うだけで心が躍った。
ガーヴが止めないのをいいことにヴァルガーヴはゼロスをじろじろと観察している。
睨みあげてくる目は煌めいていて魅了される。ゼロスの手が伸びてヴァルガーヴの長い髪を梳いた。ヴァルガーヴはゼロスにさせるがままになっている。それをいいことにその頬に触れる。ビクリと震えたのは一瞬で、すぐ金色の目が威嚇するようにゼロスを見た。
「可愛い人だ」
言うが早いか口付ける。少し乾いた唇の感触とほのかな体温。ヴァルガーヴの目が驚きに見開かれていく。角度を変えて舌を潜り込ませる。
「んッ…!」
ヴァルガーヴの鼻声にゼロスは心中で笑んだ。本当に、可愛い人だ。
「はぁ…ッ」
解放する止まっていたかのように息を吸う。初々しいその様子が愛しかった。
喘ぐヴァルガーヴの体をガーヴが引き寄せる。
「そこまでだ、コイツは俺のなんでね」
黙ってみていたガーヴの執着心。ゼロスの紫苑色の目が覗いた。その口元が笑む。
「大事な猫、なんでしょうね」
「まぁな」
ゼロスの言葉にガーヴが口元を歪めて笑う。
「まぁなんにせよ収穫はありましたよ」
ガーヴの新しい飼い猫。初々しい仕草と子供のような興味深さに目を見張る。
ゼロスは一歩引いた。ヴァルガーヴの目がそれを追う。
「次はキスの先までいけると嬉しいですね」
ピッと人差し指を立てて片目を瞑る。意味深な言葉の、それでも意味を読み取ったヴァルガーヴの顔に朱が上る。慌てて口を拭う様子すらいとおしい。
「お前の上司によろしく言っとけ。二度と来るなよ」
ガーヴの言葉にゼロスはいつもの笑顔で答える。
「お伝えしておきますよ…ガーヴ様」
新しい猫。その虜になっていると自覚があった。
ヴァルガーヴ、その名を刻み込む
「それでは、また。ガーヴ様…そして、ヴァルガーヴさん」
ヴァルガーヴの名を舌先で転がすだけで歓喜が体を襲う。
あぁ嵌まったな
ガーヴもこうして嵌まったのだろうか。金色の瞳に。その優美な肉体に?
「てめぇにはやんねぇよ」
ガーヴの言葉に思わず口元が引きつる。
「やだなぁ、もう。そんなこと言わないでくださいよ」
見透かしたかのような言葉に軽口で返事をしながら内心では冷や汗をかいていた。
「こんな可愛い人、独り占めなんてしたらバチが当たりますよ」
唇を尖らせて言う言葉にガーヴがにやりと口元を歪めた。
「可愛いから独り占めすんだろうが」
「かッ、可愛いとか言うな!」
突然の発声にガーヴとゼロスの二人が面食らう。話題の種になりながら会話に参加できていなかったヴァルガーヴの言葉に二人が同時に目を瞬かせる。
「とんだじゃじゃ馬だな」
それでも満足げなガーヴの言葉にヴァルガーヴは唇を尖らせた。
「さっきから人のこと猫だとかなんだとか言いやがって」
「気にすんな、ヴァル」
くしゃくしゃと髪をかき混ぜられてヴァルガーヴは拗ねたように頬を膨らませる。
そんな全てが目を引き、愛しさを感じる。
「僕にだってチャンスはありますよね、ヴァルガーヴさん」
「うるっせぇ!」
駄々っ子のようにガーヴの手を振り払ってヴァルガーヴが地団太を踏む。
あぁ、可愛いな
もっとからかってみたい
もっと愛してみたい
もっと見ていたい
こんな始まりも、ありですよね?
ゼロスは笑んだままヴァルガーヴの様子を見ていた。
《了》