この男に付き従うと決めた
50:そして、永遠…
「――ッ…」
突き刺さる槍の音、燃えるような焼け付くような痛み。吹き上がる血液と仲間の倒れていく音。レーザーブレスが辺りをなぎ払い、戦場は修羅場と化す。
ゴールドドラゴンの殺戮の手はまだ孵化もしていない卵にまで及んだ。
体中が燃えているようだった。それほどの痛み。だがそれ以上に仲間たちが傷つき倒れていくのが悔しく哀しかった。
俺たちが何をした!!
「ぅあぁあぁぁ…ッ!」
ほとばしる叫びにハッと目が開く。己の体は戦場ではなく柔らかなベッドの中にあった。
目から耳へ、涙の痕が残っていた。それを拭いながらヴァルガーヴは体を起こした。
見慣れない天井と柔らかなベッド、調度類も上品にそろえられた広い、部屋。
己の体を省みると傷の手当てがされていた。
あの殺戮は夢ではないのだと。ヴァルガーヴは拳を握った。
「目が覚めたか」
響いた低音にヴァルガーヴがハッと辺りを見回す。
燃えるような紅い髪。魔竜王の名を冠すこの男は。
「ガーヴ…」
「様くらい付けろ。お前はオレの配下なんだぜ?」
夢ではない。
傷ついて竜化も出来ずにいた自分を一度、その剣で殺し魔族に転化させた男。
夢ではない証拠が己の体に残っている。頭に生えた角。
「ずいぶんうなされてたな、悪い夢でも見たか」
優しげな言葉にとろけそうになる。それでもヴァルガーヴは警戒を解かなかった。
「…あんたに関係ねぇ」
「はッ、とんだじゃじゃ馬を拾っちまったみてぇだな」
言いながら笑うガーヴをヴァルガーヴは見ていた。騙まし討ちが当たり前の戦場にいたのだ、警戒心は容易に解けない。
「そこにあるのはお前の服だ、着ろ」
ベッドサイドを示されてヴァルガーヴは素直にその服を着た。
「いいじゃねぇか、似合うぜ」
丈の短い上着とマント、白いズボンと足首まで覆う灰色の布と靴。
「何でこんなことをする」
「お前には敬語って奴を一から教えなきゃなんねぇのか?」
ガーヴの言葉にヴァルガーヴがうっと言葉に詰まる。しばらく黙り込んだ後にヴァルガーヴは恐る恐る口を開いた。
「…ありがとう、ございます」
「やれば出来るじゃねーか」
ガーヴが歩み寄りヴァルガーヴの髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「な、なんだよッ」
父親のようなその仕草に心が温まった。それを隠そうとしてヴァルガーヴはさらに深みに嵌まった。堪えきれず涙がポロリと、零れた。
堰を切ったように涙が零れてきた。仲間を討たれ、死にぞこなったヴァルガーヴを優しく扱ってくれたのはこの男一人だった。
「泣きたいときは思いっきり泣けよ」
そう言われて、ぎゅうッと抱きしめられる。がっしりとした体とロングコート。
その奥のぬくもりが。暖かかった。
「感謝しろよ、魔竜王様直々なんだからよ」
「うるせぇよ、くそ…ッ」
後から後から溢れてくる涙に、ヴァルガーヴ自身が戸惑い制御できなくなっていた。
ただ、子供のように泣いていた。
その下顎を捕らえられた、と思うと唇が重なっていた。
「お前が可愛くなっちまったよ」
笑いながら言って再度口付けてくる。ヴァルガーヴはそれを受け入れた。
「俺を、抱くのか」
今までそういう輩はいた。もちろん実力で叩きのめしてきたが。
だが、この男なら。そう思った。
「抱いて欲しいのか」
ガーヴが微笑した。ヴァルガーヴはサッと頬を赤らめて俯いた。
「傷が癒えたらな」
揶揄いを含んだ口調に安堵を感じてヴァルガーヴも微笑した。
戦場から生き残ったこの体。自棄になっていたヴァルガーヴを救ったのは紛れもなくガーヴだった。だから。この男にならと。
「ありがとう、ございます…」
ヴァルガーヴの唇が動いた。
「ガーヴ様」
この男に付き従う。そう決めたヴァルガーヴの心情を見透かしたようにガーヴが口付けを落とす。永い時になるだろう。それでも。
安堵できる場所を見つけられたから
それはきっと永い時になるだろう、それでも。
この男に付き従う。
ヴァルガーヴはそう決めた。誓いのような口付けを。
「ガーヴ様」
魔竜王ともあろう人が死にぞこないのドラゴン一匹を。
それがひどく嬉しくて。
貴方との関係が永久に続くと信じて――
ヴァルガーヴはガーヴと唇を重ねた。
《了》