あぁ、なんて

   48:失って気が付いた

 朝陽が刺し貫くように部屋を照らし出す朝。ヴァルガーヴの目蓋がぴくぴくと震えた。
ベッドの中で微睡んでいるとガーヴが覗き込んできた。燃えるような紅い髪が透けて見えてキレイだと思った。
「おい、起きろ、飯だぜ」
ガーヴの指先がヴァルガーヴの前髪を払った。その優しい手付きが嬉しくてヴァルガーヴはわざとベッドに潜り込もうとする。柔らかな布団が素肌の上をサラサラと滑る。
 「昨日頑張りすぎたか?」
ガーヴの言葉にヴァルガーヴがカァッと赤面する。昨夜の痴態が思い出されてヴァルガーヴは真っ赤な顔をして跳ね起きた。
「ガッ、ガーヴ様…ッ」
「なんだ起きてんじゃねぇか」
しれっと言い放つガーヴは悪びれた様子もない。ヴァルガーヴは赤い顔で黙り込むしかなかった。
「――…ッ」
「お? いっちょ前に恥ずかしがってんのかよ」
「ガーヴ様…」
唇を尖らせるヴァルガーヴの髪をガーヴはその大きな手でくしゃくしゃとかき混ぜる。
乱雑だが切りそろえられたエメラルドの色をした髪がサラサラと揺れた。
 ヴァルガーヴはブツブツ文句を言いながら脱ぎ捨てられたままの服をかき集めて身に付けた。腰の奥がずきんと痛む。ガーヴの言うとおり確かに無理をしたかもしれないとヴァルガーヴは思った。
けれど此処はこれ以上ないほど居心地のよい場所だった。
 食事を済ませてしまうと特に何をするでもない、微睡みのためのような時間だ。
その時、ヴァルガーヴはガーヴの表情に憂いを読み取って首を傾げた。
「ガーヴ様」
「あ? なんだ、ヴァル」
この声でヴァルと呼ばれるのが好きだった。心地好く響く低音。
 「あの、何か…?」
粗相でもしたかと気がかりそうに訊ねるヴァルガーヴにガーヴは呵呵大笑した。
「お前が気にすることじゃねぇ、気にすんな」
そう云ってガーヴは席を立った。ヴァルガーヴが慌ててその後に続く。
「どちらへ」
「野暮用だ、お前は待ってろ」
やんわりと拒絶されてヴァルガーヴは足を止めた。
拾われた身だ、無理矢理ついていくなんて差し出がましい真似、できる訳がなかった。
それでもよぎった不安は予感のような。
ヴァルガーヴは思わず手を伸ばしてガーヴのコートの裾を掴んでいた。
 「ヴァル」
たしなめるような言葉にヴァルガーヴは慌てて言い訳を紡いだ。
「ガーヴ様…、お帰りに、なりますよね?」
「あぁ、だから離せ」
ヴァルガーヴはコートの裾を離した。
なだめるようにガーヴはヴァルガーヴの体を抱き寄せた。そのまま唇を重ねる。
「じゃあな」
ガーヴはそう言って出かけていった。そして。

 ガーヴが帰ることは二度となかった

主のいなくなった城でヴァルガーヴはまだ暮らしている。

いつ帰るだろう。
今日帰るだろうか、明日帰るだろうか。

 意識の端でそれはありえないと判っていた。
風の噂で聞いた。ガーヴ様は消滅したのだと。それでも。

『ヴァル、帰ってきたぜ』

そんな風に扉を開けてくれるんじゃないかと。
縋るように幾度もの夜を明かした。
夜中に何度も目が覚める。
どうして帰ってこない、何故帰ってこない。
こんなに信じているというのに祈っていると言うのに。
 あの心地好さに未練がましくすがり付いている。
体を丸めて眠る癖がついた。怯えたように布団の中体を丸めて眠っている。
それでも何度も目が覚める。
ガーヴがいつ帰ってきてもいいように、いつか帰ってくるかのように。

そんなことはないと知りながら。

「…ガーヴ、様…」
何度も目覚める寝床でヴァルガーヴは呟く。城の主の名を。
それはそう、祈りにも似た気持ちで。祈るように縋るようにただ一途に。
またあのぬくもりが戻ってきますようにと。
またあの心地好さがこの手の中に戻ってきますようにと。
ヴァルガーヴは猫のように丸くなって眠った。


 「ガーヴ様が、死んだ?」
噂は事実だった。一人の魔導師がきっかけになってガーヴは消滅したと。
「リナ・インバース…」
その魔導師の名を呟く。それは呪いのように。
ふつふつと内側が燃えるように熱く湧き上がってくるものがあった。
 「ガーヴ様…」
ガーヴが復讐を求めているとは思えなかった。それでも。
その事実はヴァルガーヴの中では許しがたく。
ヴァルガーヴは立ち上がった、復讐の為に。
金色の目が煌めいて虚空を睨む。
 死にぞこなっていた自分を生き返らせ名まで与えてくれたガーヴを倒した魔導師は許しがたく。ただ怒りだけがふつふつと。ヴァルガーヴを動かした。

――これは復讐だ

ヴァルガーヴは城を出た。

――ガーヴ様を殺したことに対する、復讐だ

俺はまた一人になってしまった。
ヴァルガーヴがぎゅっと拳を握り締めた。
 あの安らぎはもう過去のもので戻ってこないのだと。それに対する怒り。
復讐だ。ただ怒りだけが湧き上がってくる。
ガーヴ様を倒した魔導師に死を。
 ガーヴがそれを望んでいるとは思えなかった。だがそれでも。
「リナ・インバース…!」
俺から温もりを居場所を奪った罪をあがなってもらう。

無くなって初めて身に染みる孤独は。これ以上ないほど苦しくて痛くて哀しくて。
貴方と共にいた頃がひどく、ひどく幸せであったと。
その安らぎは殺戮で傷ついたヴァルガーヴを心身ともに癒していたのだと。

その安らぎを奪った罪。
「ガーヴ様」
握り締めた拳がギリッと音を立てた。
 ヴァルガーヴは歩き出した。城を出て世界へと。
復讐には準備が必要だ。俺はそのためだけに生きていく。

――ヴァルガーヴという名のもとに

金色の瞳が潤んで煌めく。
さァ準備を始めよう、復讐の始まりだ。

失って初めて気付いた
そのぬくもりと安らぎに

ヴァルガーヴの目は真っ直ぐ前を睨みつけていた。


《了》

もう別人過ぎて何も言えません…!(汗)
すいませんほんとごめんなさい   12/16/2006UP

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