私は見つけた、愛しいものを
42:幾千年の時を経て
癒着していた体が分離する感覚に、体が震えた。一体感が離れていく。
上がりきって果てた熱の名残が気怠さとなって残る。
「どうした、ぼんやりしているな」
見透かされたように言われて一之瀬は目を瞬いた。
ガッシリとして、筋肉のついた体は強い雄の匂いがした。
その体と今まで繋がっていたのだと思うと照れくさいような、なんだか不思議な感じがした。
「いえ…」
狩矢の手がベッドに寝そべったままの一之瀬の体のラインをなぞる。
上から下へ。首筋を這う指先は肩を経て腰へと流れていく。
「狩矢様」
伸ばした腕の中へ狩矢の体が入り込む。近づいた狩矢に一之瀬が口付ける。
触れ合うだけの甘いキスに狩矢の口元が笑った。
「狩矢様、私は」
「私はお役に立てていますか」
律儀で真面目な一之瀬らしい、色気のない言葉に狩矢が肩を震わせて笑った。
それでも潤んだ鳶色の目は返事を求めていて狩矢は薄く笑うと口を開いた。
「くだらないな。気にすることじゃない」
その言葉に一之瀬の腕が狩矢の体をぎゅっと抱きしめた。
まるで、縋りつくように。逃がさないとばかりに縋りつき抱きしめる。
ベッドサイドの橙色の明かりが辺りを淫靡に照らし出す。
一之瀬の指先が、橙の明かり色に染まった狩矢の髪に触れる。
紅い瞳。魅入られる。
「狩矢様」
紅い唇が言葉を紡ぐ。その様子を見るのが好きだった。
白い肌。通った鼻梁と端整な顔立ち。情事で潤んだ目は鳶色に煌めき、髪は短い黒髪。
虚に襲われていたところを助けたのだった。出会いは衝撃。
ボロボロになっていた一之瀬をここまでよみがえらせたのは、狩矢に対する一之瀬の想いだった。それは体を求めても拒絶されない程度にはなっていた。
従順で、律儀で真面目で。これ以上ない駒だと狩矢は自身に言い聞かせてきた。
「なんだ、一之瀬」
これ以上は限度だと判っている。これ以上執着すれば切り捨てられなくなるだろう事も判っている。それでも狩矢はむさぼるように、一之瀬の体をかき抱いた。
それだけの魅力。侵されているのは自分だけではないと判っている。
「私は狩矢様が、好きです」
あぁ、なんて。甘美な言葉を吐くのだろう。甘い、言葉だ。体中を侵していく。
「私も一之瀬が好きだが?」
そう言うと一之瀬の顔がぼっと火のついたように赤くなった。耳まで赤くなって顔を俯ける。
初々しいその仕草すらいとおしい。ずっと手元においておきたいと、不謹慎にもそう思った。
「狩矢様、私を必要としてくださいますか」
「私は、お役に立てていますか」
「こだわるな」
懸命に答えを求めるその唇に口付ける。これを安堵させることなど簡単だ。
ただ、言えばいい。役に立っている、と。必要だと。
事実一之瀬の働きは目的のため、とても役立っている。
「そうでなければ、私は…」
憂いを含んだ目が濡れていた。狩矢はじらすように口元に笑みを浮かべた。
「役に立っているよ、一之瀬」
ばっと、一之瀬が顔を上げた。その表情は歓喜に満ちていて、それが何故だか嬉しかった。
抱きしめる腕の中、一之瀬の腕が狩矢の体に回された。
縋りつくように抱きしめていた腕に力がこもった。応えるように狩矢も一之瀬を抱きしめる。
「助かっているよ、一之瀬」
「狩矢様」
嬉しげなその表情が。
輝き煌めくその鳶色の目が。
執着させる。手放したくなくなる。
「…お願いが、あるんですが」
恐る恐る切り出された言葉に狩矢は目を瞬いた。今までこれは自分の要望など申し出たことはなかった。ただ享受するだけだった存在。それが申し出るなどとは。
興味が湧いた狩矢は言葉を紡いだ。
「なんだ、言ってみたまえ」
「…一度、一度で構いません。…下の名前を、真樹と、呼んでください…」
貴方に一度、そう呼ばれたかった
狩矢の口元に笑みが浮かんだ。全くこの存在は飽きさせない。
「わがままを言ってすみません。お願いしてもよろしいでしょうか」
鳶色の目が窺うように眺めてくるのを一笑に付した。
「構わないよ、真樹」
ピクリ、と一之瀬の体が震えるのが判った。
短髪の黒髪を掻き分け現れた額に口付けを落とす。
「真樹」
「…ありがとう、ございます…」
目元まで紅くなって礼を言う一之瀬の様子に狩矢の顔からは笑みが消えない。
「気にするな、真樹」
真樹、と呼ぶたびに一之瀬が赤面する。それでも嬉しがっているのだと抱きしめてくる腕が伝えてくる。応えるように抱きしめ返すと一之瀬が嬉しげに微笑んだ。
「ありがとう、ございます。狩矢様」
弾む声。微笑む表情。その全てがいとおしい。
幾千年の時を経て私は見つけた
無限とも思える生の中、私は見つけた。いとおしいものを。
「好きだよ、真樹」
もう離したりなどしないと誓いたくなるほどに、執着してしまった。
私は、見つけてしまった。
幾千年の時を、経て
《了》