貴方の為に
39:失うものなど何も無い
触れ合う体の末端。ほのかに熱を帯びたその感触に酔った。
乞われて応じる、それだけだった。
ただ一人と心に決めた男は死んだ。
彼を殺した男にも抱かれた、その時はあんなに抵抗したと言うのに。
狩矢に体を求められたとき、一之瀬は何故だか抵抗なく受け入れた。
「考え事とは、余裕だな」
「いえ…!」
離れた唇が言葉を紡ぐ。その内容に一之瀬は慌てて首を振った。
さらに言い訳をつのろうとした口を狩矢が再度唇でふさぐ。
フワリとして柔らかな感触。そこに男女の差はなかった。ほのかに感じる体温。
油断した隙をつくように、開いた歯列の間に舌が潜り込んでくる。
戸惑い、何も出来ない一之瀬を哂うように、狩矢の舌は一之瀬をもてあそぶ。
動けない舌を絡めとり、吸い上げる。顎の裏を舌先でなぞられてゾクリとした感覚を一之瀬は覚えた。
「…ッは、ぁ」
ようやく離れた唇と舌先に解放されて一之瀬が息をつく。
その肩を軽くおされてベッドに腰を落とす。
一之瀬の体の重みをベッドのスプリングが吸収する。狩矢の手が腰紐に伸びた。されるがままに腰紐は解かれ、斬魄刀が落ちてガシャンと音を響かせた。
袖のない死覇装の襟をくつろげると白いフードつきのシャツが現れる。
そのシャツをたくし上げて狩矢が一之瀬の肌に舌を這わせる。
その重心の赴くままにベッドに押し倒される。
「…従順だな」
「お気に召しませんか」
一之瀬の言葉に、狩矢は自身のロングコートを脱ぎながら笑って言った。
「少しくらい抵抗された方が面白いことは面白いんだがな」
嫌ではないのかね、と問われて一之瀬は即答した。
「貴方に抱かれるのは幸せですから」
嫌ではありませんと答える。その答えに狩矢がフッと笑った。
「初めてではない奴がよく言う」
言い当てられて一之瀬の心臓がどきんと鳴ったような気がした。
「抱けば判る。初めてではないな」
「…申し訳ありません」
「謝ることはない、ただ事実なだけだ」
起き上がろうとした一之瀬の肩を狩矢が押さえた。
「あいにく私は初めてかどうかに興味はないのでね」
そう云って答えようとした一之瀬の唇を重ねる。優しい口付けに一之瀬は何故だか泣きたくなった。触れるだけの甘いキス。そんな狩矢の優しさが。
「君だから抱きたい、それだけだ」
「ありがとうございます」
心からの言葉だった。
何も持たない私を拾ってくださった
その時からは私は貴方を
狩矢の愛撫に体が応える。狩矢が言ったとおり初めてではない体は手順にさえ気付けば決まりきったように熱を上げていく。忌々しく思った体を狩矢は抱きたいとさえ言ってくれる。
それはこれ以上ないほど幸せな。
一之瀬の目が潤んで目尻から一筋流れ落ちる。
「…どうかしたか」
気付いた狩矢の言葉に一之瀬は首を振る。
私はこんなにも幸せなのだと。
私はこんなにも求められてそれが嬉しいのだと。
至上の幸福。
「…好きです、狩矢様」
零れでた言葉に狩矢が微笑んだ。
「珍しいな、一之瀬。お前がそんなことを言うとは」
白いフードつきのシャツを脱ぎ捨て目元を拭う。まっすぐ見つめた先にある狩矢の表情は穏やかに微笑んでいて、それがひどく嬉しかった。愛しかった。
貴方のためなら何でもできる
失うものなど、何もない
貴方のためならなんだって
「嬉しいことを言ってくれる」
狩矢の微笑に一之瀬も笑って応えた。
「…好きです、狩矢様。心から」
貴方に従います。貴方になら額づいたって構わない。それほどまでに。貴方を。
貴方のために私はいる。そのために失うものなど何もない。
髪の毛一本から爪先に至るまで全てが。
あなたのためにある。
微笑した一之瀬に狩矢が口付けを落とす。
裸の胸に唇を落とす。
固くなった粒を口に含み舌先でもてあそべば、一之瀬は仰け反って喘いだ。
触れられる場所、その全てから狩矢の熱が流れ込んでくるようで。
それはたまらない幸せ。幸福。
盲目的で、馬鹿げていてもいい
私は貴方のためにいる
そのために失うものなど
何もない
《了》